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第68話 悠斗へのご褒美

「ねえ、悠くんのご褒美は何がいい?」


 ひとしきり美羽の頬と髪を堪能して手を離すと、穏やかな笑みを浮かべた美羽が尋ねてきた。

 以前忠告されていたにも関わらず、何も考えていない後ろめたさにすっと視線を逸らす。


「……別にいらないけど」

「駄目。私がもらったんだから、悠くんももらわないと」

「そうは言っても、ほんの少し順位が上がっただけだしなぁ……」


 前回よりも勉強する時間が増えたからか、悠斗の順位は確かに上がった。

 しかし偶々と言えるくらいに微々たる上昇だったので、ご褒美と言われても罪悪感がある。

 何とかしてこの場を乗り切ろうと適当な言い訳を述べるが、美羽に不満気な顔をされた。


「上がったならご褒美をもらえるじゃない。さあ、何でもどうぞ」

「何でもって、あのなぁ……。不用意な事を言うな。警戒しろって言ったの忘れたのか?」

「だから、二ヶ月以上一緒に居る人の何を警戒しなきゃいけないの?」

「……はぁ」


 きょとんと無垢に首を傾げる美羽に、重い溜息を吐き出す。

 やはり、美羽の中では悠斗への警戒心というものがまるで無いらしい。

 信用されている嬉しさと、無防備過ぎて心配が混ざった苦笑を落とす。


(どうするかな……)


 いくら美羽に触れる事を許されたとはいえ、先程よりも過剰な接触は駄目だ。

 そうなると準備も何もなしの今の状況では、頭や頬とは別の場所に触れるくらいしかない。

 嫌がられたらどうしようと、少しだけ不安になりながらも右手を差し出す。


「分かった。じゃあ手を出してくれ」

「別にいいけど、手を出すのってご褒美でも何でもないよね?」


 何の気負いもなく美羽が小さく白い手を重ねてきた。

 無垢な美羽を汚すようでズキリと胸が痛むが、既に頭や頬に触れているのだから今更だと言い聞かせる。

 覚悟を決めて目の前の手を両手で包むと、華奢な肩がびくりと震えた。


「ひゃっ、何?」

「何って、ご褒美だよご褒美」

「……これ、ご褒美になるかなぁ」


 驚きはされたが、美羽の顔には嫌悪感など欠片も浮かんでいない。

 むしろ悠斗の唐突な行動の理由が分からず、しきりにうなっている。


「なるさ。俺みたいなやつが女子とこうして手を合わせるなんて事、まず有り得ないからな」

「……気を悪くしたらごめんね。篠崎さんは?」

「……」


 完全に茉莉の事を忘れてしまっていたせいで、美羽の指摘に思考が固まった。

 これはまずいとフリーズした頭を必死に回転させる。


「多分、ない。……いや、小さい頃、ホントに小さい頃にあったような」

「むー。うそつき」


 曖昧な悠斗の返答に納得がいかないのか、美羽が頬をぷくっと膨らませた。

 滅多に言わない悠斗への罵倒すら口に出しているのだから、嘘を吐いたのが相当ご立腹らしい。


「いや、小学校低学年の頃の詳しい出来事なんて覚えてないって」


 言い訳がましいとは思うが、幼い頃の詳細を思い出せる人はそういないはずだ。

 顔を引きらせながら告げると、美羽も否定出来ないのか視線が僅かに逸れる。


「それより先は?」

「ない。これは断言出来る」

「……ならいいかな」


 むくれた顔のままだが、どうやら許してくれたようだ。

 しかし無条件で許す気はないらしく、不機嫌そうに細められた瞳が悠斗を射抜く。


「でも納得出来ないから、上書きしていい?」

「上書きって何のだよ」

「悠くんの手に触れた私以外の女性の感触を、私の手で上書きするの」


 そう言うやいなや、美羽が両方の手で悠斗の手の平を触りだした。

 怒っているような態度の割に、指先はそっと優しく触れてくる。

 むしろあちこちをくすぐられているようで、背中にぞくぞくとしたものが這い上がってきた。


「感触なんて覚えてないって。というか本当に篠崎と接触したのかすら分からないんだぞ?」

「それでもやる! やるったらやるの!」

「えぇ……」


 むず痒くて止めさせようとしても、美羽がむっと唇を尖らせて手の平をなぞってくる。

 それだけでなく指先や手の甲すらも感触を確かめるように撫でてくるので、何かに目覚めてしまいそうだ。

 何を言っても駄目そうなので必死に我慢していると、美羽の溜飲りゅういんが下がったらしい。楽し気に目を細めている。


「私と違って、ごつごつしてるね」

「男の手だからな。全員がこうじゃないとは思うけど、俺はこんなだぞ」

「それに、大きい……」


 唐突に、美羽が手の平同士を重ね合わせた。

 悠斗の手は美羽よりも明らかに大きく、掴んだだけでおおえてしまいそうだ。

 もちろんそんな事はないが、ふと悪戯心が沸き上がり、指先をずらして美羽の指に絡ませる。


「こうしたら美羽の手を包めそうだな」

「わあ、ホントだ」


 何が楽しいのか、美羽が顔を綻ばせてにぎにぎと悠斗の手を握ってきた。

 負ける訳にはいかないと、こちらも力を強める。

 勝負などしていないはずなのに妙に楽しく、握りあいをしているとふと美羽と目が合った。


「えっと……」

「あー」


 無性に恥ずかしくなり、絡んでいた指を同時に離す。

 美羽が白磁の頬をほんのりと薔薇色に染めて、花が咲くように微笑んだ。


「悠くんのご褒美は、あれでいいの?」

「……あんまり感触が分からなかったって言ったら、触れさせてくれるのか?」


 胸がむずむずして、込み上げる熱のままに口から言葉が出た。

 何て事を言ったのかと後悔するが、美羽は瞳をへにゃりと緩めて再び手を差し出してくる。

 はしばみ色の奥には、期待が揺らめいている気がした。


「はい、どうぞ」

「失礼します……」


 先程とは違い、悠斗が指を動かして美羽の手の感触を堪能する。

 すべすべとした肌には程よい弾力があり、女性という実感をこれでもかと叩きつけてくる。

 美羽の言う通り悠斗の骨ばった手とは全く違うのだなと感心していると、美羽がくすぐったそうに体を揺らした。


「んっ……」

「まあ、何だ。こんな風になるから、不用意な事を言うなよ?」


 当初の目的からずれてしまったが、これで悠斗を警戒してくれるはずだ。

 終わらせる為に美羽の手から指を離そうとしたのだが、きゅっと指先が掴まれた。


「全然大丈夫だから、もっとして?」

「……分かったよ」


 潤んだ瞳に見つめられては、断る事など出来はしない。

 再び白魚のような手を撫でると、美羽が甘い笑顔を浮かべる。

 とっくに悠斗へのご褒美などではなくなっているものの、どちらも言い出さずに妙な時間は過ぎていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ッッかッぁ~~えっちかばぃっ!! 「それに、大きい……」 お巡りさんまた、この作者です。 小柄な人の手はクリームパンみたいですよね。
[良い点] やっぱり悠斗はご褒美を特に考えてなかったんだなぁ。美羽のご褒美が頭撫でだったから悠斗も似たようなことをご褒美にしたのか。そして唐突に挟み込まれる幼馴染みの話。もしやシリアス突入かと思いきや…
[一言] 攻撃力が、高過ぎる…。 恋人通り過ぎて家族の距離になってる気がする。
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