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第214話 夏休みが終わっても

「お邪魔しました! また来ても良いですか?」


 直哉と話しているうちに時間は過ぎ、玄関で桜が溌剌とした笑顔を浮かべつつ尋ねてきた。

 桜とはあまり話せておらず、美羽が悠斗の部屋に連れて行ったきりだ。

 しかし、気付けば家に来た当初の緊張は無くなっており、むしろ悠斗に対して妙に気安い接し方になっている。

 怒るつもりはないものの、疑問を覚えた。


「それは良いけど、俺、何かしたか?」

「いいえ、何もしてませんよ。でも、芦原先輩が信用出来る人だというのは分かりました!」

「は、はぁ……」


 どうやら、悠斗の知らぬ間に株が上がったらしい。

 間違いなくその原因である恋人に、怪訝(けげん)な視線を向ける。

 すると、唇に人差し指を当て、魅力的な笑顔で片目を閉じた。

 男心を(くすぐ)りつつも話すつもりはないという態度に、大きな溜息をつく。


「……まあいいや。いつでも歓迎だ。でも、来る前には連絡してくれると助かる。連絡先は――」

「美羽先輩の連絡先をいただいたので、大丈夫です!」

「分かった。なら美羽か直哉に連絡してくれ」

「はい!」


 いくら信用されたとはいえ、直哉以外の異性と連絡先を交換するのは気が引けるのだろう。

 美羽が交換しているようなので、深くは踏み込まずに頷いた。

 桜との話が一段落し、今度は桜の隣に居る男子へと視線を向ける。

 桜と同じく帰る用意を済ませた直哉は、いかにも面白くなさそうに顔を顰めていた。


「直哉もまた来てくれ。歓迎するぞ」

「あ、あぁ。なら今度も頼りにさせてもらうよ」


 直哉が慌てたように表情を取り繕い、柔らかな笑顔を浮かべた。

 その顔の裏に押し込めた思いに気付き、直哉にバレないように細く息をはく。


(俺と松藤が仲良くなって、しかもまた家に行きたいって言ったんだから、そりゃあ面白くないよなぁ……)


 おそらく、直哉自身が自分の気持ちを分かっていないのだろう。

 悠斗からすればバレバレなのだが、あえて指摘はしない。

 直哉に嫉妬の感情をぶつけられた訳でもないし、何か被害に遭った訳でもないのだから。


「別に大した話はしてないんだけどな」

「それでも滅茶苦茶助かったんだ。また来るよ」

「気軽に来てくれ。……もちろん、隣の家には気を付けてな」


 どうあがいても、隣に茉莉が住んでいるという状況は変えられない。

 直哉達が来てくれるのは嬉しいが、いつ鉢合わせするか分からないのだ。

 桜がこの事を知っているか分からないので、美羽に挨拶している桜に聞こえないように小声で伝えた。

 直哉も重々承知しているからか、真剣な顔で頷く。


「分かってる。俺だって会いたい訳じゃないからな」

「同感だ。ああ、それと、松藤は直哉の家に行った事があるのか?」

「え? 桜の家に連れて行かれた事はあるけど、逆はないな。それがどうしたんだ?」


 唐突な話題転換に、直哉が眉をひそめながら首を傾げた。

 お節介を焼くつもりはなかったが、これ以上嫉妬されては堪らない。

 直哉の肩を軽く叩き、唇の端を吊り上げる。


「なら、今度は松藤を直哉の家に招待したらどうだ?」

「……昔よりかは本が増えたけど、桜は喜ばないんじゃないか?」

「いいからいいから。物は試しだって。な?」

「わ、分かった」


 悠斗の勢いに押され、直哉が目を瞬かせながらも納得した。

 これで直哉へのフォローも終わったので、二人に別れの挨拶を告げる。


「さてと、それじゃあまたな」

「また来てねー!」

「はい、また来ます!」

「お邪魔しました」


 直哉と桜がゆっくりと歩いていく。

 小さくなっていく背中は、つかず離れずの距離のままだ。

 もどかしい気持ちが沸き上がり、声を掛けたくなってしまう。

 しかしぐっと堪え、直哉と桜の姿が見えなくなるまで見送った。

 すぐに家の中に入り、美羽へとじとりとした視線を向ける。


「……余計な事を言ってないだろうな?」

「もっちろん! 仲良くお喋りしてただけだよ!」

「珍しく信用出来ねぇ……」


 そもそも、悠斗の部屋に行ったのは本を読む為だったはずだ。

 それが、なぜか楽しい女子会に変わっている。

 もちろん美羽が楽しんでくれたのは嬉しいのだが、ある事ない事吹き込んでいそうだ。

 がっくりと肩を落としつつ呟けば、美羽が心外だとでも言うように腰に手を当てて胸を張った。


「失礼な。私はありのままの悠くんを伝えただけだよ」

「……ありのまま、ね」


 悠斗は美羽へと近付こうとする度に時間を掛けているのだから、美羽が桜に何を言ったのかは大体予想がつく。

 しかし確かめた所で悠斗に得はないと判断し、美羽に背を向ける。


「まあいいや。あんまりアドバイスし過ぎるなよ。俺も注意するからさ」

「はぁい。気を付けまーす」


 明るく間延びした声が、背中に届いた。

 本当に分かっているのか少しだけ怪しいが、聡明な美羽ならきちんと線引きはしているだろう。


(次に家に来る時には進展してると良いな)


 心の中で直哉を応援しつつ、美羽と共に自室へ向かうのだった。





 直哉達が帰った後はこれまでと変わらない一日を過ごし、夜になった。

 後は寝るだけとなったタイミングで、ベッドに寝転んでいた美羽がぽつりと零す。


「もう夏休みも終わっちゃうね」

「だな。色々あり過ぎてあっという間だったけど」

「いっぱい遊んで、おじいちゃんと正臣さんと結子さんが仲良くなって、お母さんに反抗して……。本当に色々あったねぇ」

「何事もなくて、本当に良かったよ」


 遊ぶだけでなく頭を悩ませる事もあったが、結果的には良い方向に転がった。

 しみじみと呟けば、美羽が瞳にからかいの色を見せる。

 

「もし私がお母さんに連れて行かれてたら、どうする?」

「絶対に取り戻す! ……ってのが無理なのは分かってるから、高校卒業後に美羽を奪いに行く、かな」


 悠斗の力など些細なものだ。少なくとも、今は強引に行動出来る力などない。

 現実的な案を口にすると、美羽が不服そうに唇を尖らせた。


「そこは断言して欲しかったなぁ」

「無茶言うなって。でも、仮に離れ離れになっても、どれだけ時間を掛けてでも、美羽を迎えに行くつもりだ」

「ならよし。まあ、結局はこうして一緒に居られるんだけどね。それに、もしお母さんに連れて行かれてたら、私の方が我慢出来ずに逃げ出してたよ」


 あっさりとご機嫌になった美羽が、蕩けたような笑みで悠斗の枕に頬ずりする。

 愛らしい仕草に胸が高鳴るが、何かが違えば美羽がこの場に居なかったと、今更ながらに不安を覚えた。

 美羽の存在を感じたくて、ベッドへと向かう。


「ん? もしかして、ぎゅーしたくなった?」

「……まあ、そういう事だ」

「寝る時以外に悠くんが甘えてくれるのも久しぶりだね。ほら、おいで」


 美羽が体を起こし、手を広げた。

 悠斗の全てを受け入れるような態度に、遠慮する事なく体を委ねる。

 当然ながら美羽では悠斗の体重を受け止められず、ベッドに倒れ込んだ。


「よしよし。大丈夫だよ。ここに居るからね」


 細い指が悠斗の髪を梳くように撫でる。

 美羽の体温と心臓の鼓動、そして優しい手つきに、悠斗の中の不安はあっさりと溶けて消えた。

 ただ、離れる気は起きず、美羽の胸に顔を埋めたままだ。


「……ありがとな、美羽」

「私の方こそ、だよ。もうすぐ夏休みが終わっちゃうから、あんまりお泊りは出来ないけどね」


 この約一ヶ月の間、美羽がほぼ毎日泊まりに来ていたせいで、既にそれが当たり前だと思うようになってしまった。

 しかし、もうすぐこの生活は終わる。

 美羽も寂しいのか、普段なら鈴を転がすような声が少し沈んでいた。 


「週末には泊まりに来れるし、その時はいっぱい羽目を外そうな」

「ふふっ、そうだね。夏休みが明けても、悠くんと一緒に過ごすんだもんね」


 羽目を外すという意味が、美羽には分かっているはずだ。それでも美羽は嬉しそうに笑う。

 いつまでと期限を決めない日々が、これからも続いていくのだと美羽は信じている。

 その願いを現実にする為に、華奢な背中に腕を回して美羽との距離を更に縮めた。


「当然だろ。夏休みが明けてもよろしくな」

「こちらこそ、よろしくね」


 まだ夏休みは少し残っているのに挨拶するのがおかしくて、美羽と共に笑い合う。

 ベッドの上で体を密着させ、いつの間にか寝てしまうのだった。

残り10話です。

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― 新着の感想 ―
[一言] せっかくだから擬似的な結婚式体験な話があったらいいなと思います!! 通りすがりに見かけた結婚式最中の名前が九条家と二ノ宮家とw
[良い点] 桜は美羽に懐いたから『美羽のいる』芦原家にまた来たいって感じだろうけど、言い方的にまた悠斗に会いたいって言ってるように聞こえるから直哉は脳が破壊されそうになってる。嫉妬の根底にある感情を理…
[良い点] 経験者からのアドバイス。さすが通ってきただけのことはあるな悠斗 [気になる点] カウントダウンはいりまーす! [一言] いよいよラストスパートですねっ ワクテカしつつ寂しく思いながら応援し…
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