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第198話 プールを楽しむ恋人

「東雲は大丈夫なのか?」


 美羽を水に慣れさせ、一時間後に蓮と合流した。

 そして昼食を摂り終え、今はウォータースライダーに並んでいる。

 泳げない美羽を心配した蓮に、美羽が柔らかく微笑んだ。


「うん。悠くんが居てくれるから、大丈夫だよ」

「ならいい。悠、ちゃんと助けてやれよ?」

「分かってるっての」


 蓮に言われるまでもなく、悠斗の役割は理解している。

 胸を張って応えると、美羽が嬉しそうに表情を崩した。


「お願いね、悠くん」

「任せてくれ」


 その後は蓮達の競争の結果を聞いたり等の雑談をし、順番待ちの時間を潰す。

 そして、それほど時間を掛ける事なく、ウォータースライダーの開始位置に着いた。

 滑るのを一人か二人で選べるようだが、どちらかなど決まっている。

 係員に伝えると、穴が二つ空いている浮き輪を浮かべてこちらを見た。


「前にはどちらが乗りますか?」

「そうですね……。怖くないのってどっちでしょうか?」


 いくら美羽がある程度水に慣れたとはいえ、いきなり驚かせてトラウマになるのは避けたい。

 悠斗の質問に、係員が柔らかく目を細める。


「どちらかというと、後ろの方が怖くないですよ」

「じゃあ俺が前に乗ります。美羽、それでいいか?」

「うん。ありがとね」

「はーい。それじゃあ、彼氏さんからどうぞー」


 係員が先程よりも弾んだ笑顔になり、悠斗を誘導した。

 ウォータースライダーには何度か乗った事があるので、戸惑う事なく準備を終える。

 そして、次は美羽の番だ。


「次は彼女さんですね。どうぞー」

「は、はい」


 覚悟を決めていても怖いようで、美羽がおっかなびっくりという声を発した。

 それでもゆっくりと浮き輪へ乗り込み、視界の両端に細く白い足が見えるようになる。


「それでは、ごゆっくりー」


 係員が悠斗達を押し出し、ウォータースライダーが始まった。

 美羽の想像以上のスピードが出ているのか、後方から困惑した声が耳に届く。


「い、勢いが凄いねぇ……」

「こういうもんだ。怖くないか?」

「ちょっと怖いけど、それ以上に楽しいよ!」

「なら良かった」


 美羽が楽しめているというのなら、ウォータースライダーに誘って正解だ。

 右へ左へと浮き輪が揺れ、その度に美羽が悲鳴を上げる。

 とはいえ、その悲鳴には楽しさが込められているのだが。


「ひゃー!」


 美羽の悲鳴に笑みを落とし、悠斗もウォータースライダーを楽しむ。

 だが、その時間も長くは続かず、あっという間に水面に着いた。


「っ!」


 視界が水で遮られ、着水した勢いで浮き輪から落ちる。

 水の深さは悠斗の腹までであり、美羽が溺れる事はないと思うが、万が一があっては大変だ。

 急いで美羽を探すと、ちょうど美羽も水面から顔を出した。


「美羽、大丈夫か!」

「うん、大丈夫だよ!」


 どうやら悠斗の心配は杞憂のようで、美羽は天真爛漫な笑顔をしている。

 美羽も足が着くのだが、それでも近くに寄ると、勢いよく抱き着いてきた。

 僅かな膨らみと滑らかな肌の感触に、悠斗の心臓が鼓動を早める。


「えへへー。運んで運んでー」


 甘く蕩けた笑顔でのおねだりに、悠斗の拒否権はない。

 それに、ここでもたもたしていると、後から来る蓮達に迷惑が掛かる。

 浮き輪を掴みつつ、美羽に正面から抱き着かれながら、プールサイドに辿り着いた。

 華奢な肩を叩くと、美羽が名残惜しそうな表情をしつつも、あっさりと離れる。

 だが、愛しい恋人の表情がすぐに弾んだ笑顔に変わった。


「もう一回! もう一回やりたいな!」

「おう。じゃあ、蓮達を待ってから行くか」

「うん!」


 どうやら、何度も乗りたいくらいに楽しかったらしい。

 美羽が瞳を輝かせ、大きく頷いた。

 すぐに蓮と綾香が、そして意外にも哲也と紬が二人で降りてきて、もう一度全員でウォータースライダーに向かうのだった。





「はふー」


 美羽が浮き輪に腰を落とし、充実したと言わんばかりの溜息をついた。

 あれから同じウォータースライダーだけでなく、他のものにも乗り、今は各自で休憩中だ。

 とはいえ、悠斗は美羽と共に流れがあるプールに来ているのだが。


「滅茶苦茶楽しんでたなぁ」

「うん、すっごく楽しかった。でも、その分疲れたけどね」


 美羽がぐったりと力を抜き、水の流れと悠斗の操縦に身を任せる。

 美羽にしては珍しくずっとハイテンションだったので、その反動が来ているのだろう。

 疲れによって物憂げな表情が、水によって顔に張り付いた髪と合わさり、色っぽさを引き出していた。

 その姿に、僅かだが心臓の鼓動が乱される。


「うん? もしかして、見惚れちゃった?」


 動揺を表に出したつもりはなかったのだが、美羽にあっさりと見破られた。

 はしばみ色の瞳には、期待とからかいの色が浮かんでいる。

 どうせ水着を見た際に見惚れていたのだからと、もう隠す気も起きず口を動かす。


「そうだな。今の美羽は凄く綺麗だ」

「……普段は?」

「もちろん可愛い。だから、そんな顔すんなって」


 不安と不満に彩られた頬を撫でると、美羽の顔がすぐに穏やかになる。


「……ん。ならいいかな」


 美羽が満足そうに喉を鳴らし、悠斗の手に頬ずりした。

 周囲の客から微笑ましい視線をいただいている気がするが、気にもならない。

 ただ、ずっとこうしていると浮き輪の操縦が難しくなる。

 ゆっくりと手を離せば、美羽の頬が僅かに膨らんだ。


「むー。うー」

「他の人にぶつかるのは駄目なんだから、仕方ないだろ?」

「そうだけど……。うー!」

「ちょ……、美羽!」


 理屈では分かっていても、それでも甘えたかったらしい。

 美羽が感情をぶつけるように、足で水面を叩いた。

 流石に他の人にかからないように加減はしているが、続けさせられない。

 強引に足を掴み、止めさせる。


「美羽、駄目だって」

「……ごめんなさい」

「分かればよろしい」


 すぐに大人しくなり、しゅんと眉尻を下げる美羽に、苦笑を零した。

 怒っている訳ではないし、むしろ、ころころと感情を変える美羽が愛しい。

 そして、美羽の足首を掴んだ事で、その細さを今一度実感した。


「やっぱり美羽の足は細いなぁ。ちょっとした事で折れそうだ」

「そんなにひ弱じゃないよ。今日だって、沢山遊んでるんだし」

「確かにな」


 今日沢山遊んでいるだけでなく、普段から家事や掃除をしてくれているのだ。

 いくら足が細過ぎるとはいえ、簡単に折れるはずがない。

 美羽の足から手を離すと、美羽が再び体の力を抜いた。


「皆で遊ぶのも悪くないけど、こういう時間も良いねぇ」

「俺達はあんまり運動が得意じゃないしな。ゆっくり過ごすのが性に合ってるんだろ」


 美羽はまだ泳ぐ事が出来ず、悠斗も泳ぎは人並みだ。

 そもそも、普段から悠斗達はハイテンションで過ごす事はない。

 そのせいで、こういう場所でものんびりした空気に落ち着くのだろう。

 悠斗の言葉に、美羽が眠たそうな目をして頷いた。


「だねぇ。ずっと、こうしていたいくらい、だよ」

「その気持ちは分かるけど、寝るなよ? 危ないぞ?」


 いくら悠斗が傍に居るとはいえ、浮き輪の上で寝るのは危な過ぎる。

 もちろん美羽を溺れさせるつもりはないものの、悠斗が助けるまでの一瞬で美羽がプールをトラウマになる可能性だってあるのだから。

 真っ当な指摘だったのだが、美羽が不満そうな顔をして唇を尖らせた。


「えー。悠くんが居るから大丈夫でしょ?」

「それでもだ。ほら、上がるぞ」


 これ以上こうしていては、美羽が本当に寝てしまうかもしれない。

 少し残念ではあるが、浮き輪をプールサイドに運ぶ。

 しかし、悠斗の手をほっそりとしたものが掴んだ。


「もう少しだけ。絶対に寝ないから、もう少しだけ、いい?」

「……仕方ないなぁ」


 甘いという自覚はあるが、可愛らしく小首を傾げられて、あっさりと悠斗の意思は折れてしまった。

 仮に美羽が寝てしまっても、その度に起こせばいいと思いなおす。

 苦笑を零し、浮き輪をプールの流れに任せた。


「んー。しあわせぇ……」


 ゆらゆらと揺れつつ、実にのんびりした口調で美羽が呟く。

 その後は案の定うとうとする美羽を起こしつつ、のんびりとした時間を過ごすのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人でウォータースライダー。さすがに係員さんはカップルが来ても慣れてるな、もう誰も彼もが温かい視線を向けてる気がする。そういや意外にもナンパされてないな、やはり先制の砂糖ばら撒きが効いてる…
[良い点] 存在感が消えてるぞ柴田ァ! [一言] シュガーワールドが常時展開されるようになりましたなぁ。 大人な方達が多いおかげかまったりほのぼのしてるのいいですねぇ
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