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第178話 小さな箱の中で

「わぁ……!」


 黄昏に染まる空の中、観覧車の中から、少しずつ明かりを灯していく街並みが見える。

 溜息が出る程の美しい光景を見下ろし、美羽が目を輝かせて弾んだ声を上げた。

 

「時間ピッタリだな」


 夜でもなく、昼でもない。どこか寂しさを覚える空模様は、このデートの締めにふさわしい。

 一番良いタイミングで観覧車に乗れた事に、ホッと胸を撫で下ろす。

 周囲の景色を取り敢えず堪能したのか、美羽が悠斗を真っ直ぐに見つめた。


「こんなに良い景色を見せてくれて、ありがとう」


 夕焼けに照らされながらの、幸せが零れたような笑みがあまりに美しく、どくりと心臓が鼓動する。

 最初から決めてはいたものの、ここが最後で本当に良いのか少しだけ不安だった。

 しかしこの笑顔を見られたのだから、大成功だろう。


「俺の方こそ、デートしてくれてありがとな」

「そんなの当たり前だよ。悠くんとのデートは最優先だからね」

「そうだとしても、この気持ちは忘れない」


 美羽がデートをしてくれるのは、当たり前の事ではないのだ。

 感謝の気持ちを忘れる事など、あってはならない。

 思いを言葉にして誓うと、美羽の唇が弧を描く。


「本当に、悠くんは最高の彼氏だよ。……改めて、ありがとね。こんなに楽しい遊園地、初めてだったよ」

「俺も楽しかったよ。偶にはこういうのも良いもんだな」


 どうやら、美羽は遊園地に来た事があるらしい。

 仁美が連れて来たとは思えないので、おそらくは学校行事だろう。

 本当のところは分からないが、何にせよ今回が一番楽しめたのだから、些細な事だ。

 これほどまでに喜んでくれるのなら、毎週連れて来たくなる。

 けれど金銭的にも辛いし、こういう場所は偶に来る程度でちょうど良い。

 美羽も同じ気持ちのようで、美しい笑みを浮かべて頷いた。


「うん。こんな贅沢を休みの度にするのは、ちょっと大変かも」

「違いない」


 どこまで行っても庶民的で同じ考えに、美羽と共に笑い合う。

 会話が途切れてしまったが、悠斗達の空気は気まずいものではなく、温かで柔らかい。

 悠斗も周囲の景色を眺めていると、もう少しで観覧車が頂上に着きそうになっていた。


「綺麗だねぇ……」


 美羽が呆けたような声を漏らし、瞳に明かりの灯った街並みを映す。

 確かに綺麗な景色だが、今の柔らかな笑顔を浮かべている美羽の方が綺麗だ。

 美しい恋人の姿を焼き付けつつ、観覧車がちょうど頂上に来たところで、音もなく立ち上がった。


「……悠くん?」


 外に夢中で気付かないと思ったが、観覧車の僅かな揺れで気付いたらしい。

 美羽が無垢な表情で首を傾げる。

 そんな美羽を無視して近付き、滑らかな頬に触れた。


「実は、今日のデートで一番やりたい事は、最初から決まってたんだ。……幻滅したか?」


 この状況でやりたい事と言えば一つだけだ。美羽とてそれを分かっているだろう。

 あまりにも即物的で自分勝手な行動に、今更ながらに罪悪感が沸き上がる。もしかすると、嫌われたかもしれない。

 せめてもの懺悔(ざんげ)として正直に告げると、美羽の顔がとろりと蕩けた。


「そんな事ないよ。むしろ、もっと悠くんが好きになった」

「…………いいんだな?」


 ここから先に進めば、悠斗は止まれなくなる。

 最後の確認を取ると、美羽は淡く頬を紅潮させて、緩んだ口元をそのまま曝け出した笑みを見せた。


「もちろん。私の初めてを、悠くんにあげる」

「大切にするよ」


 ゆっくりと顔を近付ければ、美羽は長い睫毛を震わせて目を閉じた。

 いくらこの為に頑張ってきたとはいえ、悠斗の心臓は緊張で暴れ狂っている。

 しかし、ここでリードするのが彼氏の役目だ。

 覚悟を決め、瑞々しい唇に自らのものを触れさせた。


「ん……」

「ふ……」


 初めての行為が成功して達成感と幸福感が沸き上がり、胸が温かなもので満たされる。

 緊張と感動であまり分からないが、美羽の唇はとても柔らかく、ずっとこうしていたい。

 しかし、悠斗の頭を徐々に困惑が占めていく。


(いつ離せばいいんだっけ? というか、息の仕方ってどうすればいいんだ?)


 悩んでいるうちに呼吸が苦しくなり、体が勝手に酸素を求め始める。

 本能には逆らえず、弾かれるように唇を離した。


「ぷはっ! はぁ……、はぁ……」

「ふぅ……、ふぅ……」


 どうやら美羽も苦しかったらしく、肩で息をしている。

 二人して呼吸を整えるのがなぜか面白くて、笑いが込み上げてきた。


「ははっ。結構難しいんだな」

「ふふっ。そうだね。どうやって息をすればいいか分かんなかったよ」


 観覧車がゆっくりと降りていく中、美羽と共に笑い合う。

 下で待つ客に悠斗達が見えそうになると、美羽が瞳を潤ませて小首を傾げた。


「ね。もう一回だけ、いい?」

「喜んで」


 もう一度立ち上がって美羽へ近付き、淡く色付いた頬へと触れる。

 夕焼けが闇へ染まっていく中、もう一度唇と唇が触れ合った。





「あーあ。終わっちゃった……」


 観覧車を降りた後は真っ直ぐに帰り、家で普段通りに過ごした。

 とはいえ美羽はずっとご機嫌で、晩飯は少し豪華だったのだが。

 そして美羽を東雲家へと送ると、美羽が名残惜しそうに顔を曇らせ、ぽつりと零した。


「日曜日なんだから、仕方ないさ」

「……うん。そうだね」


 美羽を送り届けた際の暗黙の了解として、悠斗は毎回華奢な体を抱きしめて頭を撫でている。

 いつもならこれで元気になるのだが、今日の美羽の顔は曇ったままだ。

 デートが楽しかった分、名残惜しさが強いのだろう。

 だからなのか、美羽が瞳に期待を込めて悠斗を見上げた。


「ねえ、悠くん。……して欲しいな」


 二回もしたのだから、三回も四回も変わらない。

 悠斗としても、美羽の唇の感触が素晴らしかったので望むところだ。

 とはいえ、欲望に素直な美羽にくすりと笑みを落とす。


「分かった。今日からこれも追加だな」


 観覧車の時とは違い、今は身長差が思いきり出てしまう。

 その差を埋める為に、美羽が悠斗の首に手を回してきた。

 思いきり抱き着かれて一瞬だけ戸惑ってしまったが、すぐに美羽の脇に腕を差し込んで支える。


「ん……」


 三回目であっても、未だにキスは慣れない。

 極上の感触に溺れていたかったが、息が切れて唇が離れた。


「まだ慣れないなぁ。ごめん、み――」

「やだぁ……。もっと……」

「んー!?」


 謝罪の言葉を、美羽が唇を塞いで止める。

 驚きに目を開けば、キスを続けようとする恋人は淡く頬を染め、瞳を蕩けさせていた。

 

「もっと、もっとぉ……」


 確かな熱のこもった声が重なった唇から洩れ、ぐいぐいと押し付けて来る。

 この様子からすると、美羽は悠斗以上にキスの感触に溺れてしまったようだ。

 恋人の家の前で何をやっているのだと冷静な思考が囁くが、可愛らしいおねだりは断れない。


「み、う……」

「ゆう、く……」


 結局、キスは息が切れても続き、美羽に何度も求められたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日の砂糖配給所は遊園地か、ゴンドラ一つ砂糖が詰まって使用禁止になってる…。
[良い点] 夕日に愛される夫婦。そういや告白の時も綺麗な夕日に照らされてたような。庶民的な感覚で同じことを考える二人が笑い合うのいいな。美羽が過去に行った遊園地は学校行事だけだったら夕日が見れる時間ま…
[良い点] タイミング完璧シュガーワールドにご招待だぁ!! [一言] さぁ一線を超えた二人は果たして止められるのか! 頑張って悠斗!あなたも溺れたらだれが正気に戻すの! 次回「悠斗の理性しす」デュエ……
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