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第177話 お化け屋敷

「ひゃぁぁぁぁ!?」


 顔に赤いものがべったりと着いた人形が天井から落ちてきて、隣から大きな悲鳴が上がった。

 それだけでなく、腕に思いきりしがみつかれる。

 悠斗としては作り物感が強すぎて怖くないのだが、初心者には大ダメージのようだ。

 これぞ正しい怖がり方と言うべき対応に、苦笑を落とす。


「大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫……」


 お化け屋敷は候補に入れていたものの、ホラー系が大丈夫なのか分からなかった。

 なので入る前に美羽へ尋ねると、「大丈夫!」という元気な返事が返ってきたのだ。

 その結果がどうなったのかは、体を震わせて怯える恋人がこれでもかと証明している。

 お化け屋敷に入ったばかりなのだが、溌剌とした姿と声は見る影もない。


「……引き返してもいいんだぞ?」


 あくまで候補の一つだったのだから、強がって入る必要はない。

 それに、無理矢理お化け屋敷に入れるつもりもなかった。

 流石に見ていられず、マナー違反と分かっていても助け船を出す。

 しかし美羽は顔を若干青くしつつも、瞳に強い意志を秘めて首を振った。


「し、しない! 悠くんが提案してくれたんだから、続けるに決まってるでしょ!」

「本当に駄目なら、目を閉じてていいからな?」

「やだ!」

「変な所で律儀だなぁ……」


 どうやら、入った以上はきちんと楽しまなければと思っているらしい。

 こういう時ですら真面目な姿に呆れつつ、腕にずっとしがみついている美羽を引き摺って歩き始めた。


「うぅ……」


 いかにも風が出てきますよ、と言わんばかりの仕掛けを通り過ぎようとする。

 案の定、生暖かい風が悠斗の頬を撫でた。


「いやぁぁぁぁぁ!」

「ここまで怖がられると、作った側は嬉しいだろうな」


 美羽からすれば、たまったものではないのだろう。

 だが、ある意味ではこれが全力でお化け屋敷を楽しんでいる姿なのかもしれない。

 とはいえ、非力であっても美羽が全力で腕を締め付けるので、流石に痛くなってきた。

 ホラー系の事をするのは注意しようと思いつつ、隣からの悲鳴を耳に届かせるのだった。





 お化け屋敷を抜け、美羽をベンチに座らせた。

 散々声を張り上げて疲れたのか、美羽がぐったりと力を抜く。


「はへぇ……」


 美羽は納得の上で入ったようなので、気にしないつもりだった。

 しかしこんなにも憔悴(しょうすい)した姿を見ると、罪悪感が沸き上がって来る。


「悪い。あんなに怖いのが駄目だとは思わなかったんだ」

「謝る必要なんてないよ。これは流されてじゃなくて、私が選んだ事なんだから」


 疲れを顔に色濃く宿し、けれど美羽は笑顔を浮かべた。

 本心なのが分かってしまい、再び謝る事が出来なくなる。

 ならば悠斗に出来るのは、美羽を休憩させる事だけだ。


「ちょっと飲み物を買ってくる。美羽は休んでてくれ」

「うん。気を付けてね」


 小さな頭を一撫でし、少し離れた自動販売機に向かう。

 飲み物を持って帰ってくると、美羽が数人の男性に絡まれていた。

 僅かな時間離れただけでナンパされる美羽の可愛らしさに感心と呆れを混ぜ込んだ笑みを落とし、迷惑そうにしている美羽に近付く。

 

「お待たせ。はい、美羽」

「ありがとう。悠くん」


 美羽が一瞬で表情を変えて柔らかく微笑み、飲み物を受け取った。

 その後美羽を背中に隠しつつ、彼らに対峙する。


「悪いな。この子は俺の彼女なんだ」

「あ? 彼氏なら何で彼女を放っておくんだよ」

「彼氏失格じゃねえのか?」


 やはりというか、男が割り込んで来たのが面白くないらしい。

 彼らが露骨に不機嫌になり、悠斗を睨みつける。

 多対一なので有利と思ったのかもしれないが、悠斗は最近まで陰口を叩かれたり睨まれたりしていたのだ。

 この程度の悪意など少しも怖くない。


「彼女が疲れてたから休憩させて、飲み物を買いに行くのがそんなにおかしな事か? それとも、まさか疲れた恋人を連れ回すつもりか?」

「そ、それは……」


 何の反論も出来ないのか、彼らが呻き声を漏らしてたじろいだ。

 あと一押しだと、正論を突き付ける。


「そもそも、ナンパをするなら相手の表情くらい見たらどうだ? 明らかに嫌そうだっただろうが」

「う……。わ、分かったよ!」


 彼らがばつが悪そうな顔をしながら、悠斗達に背を向けた。

 逃げるように去っていき、ホッと胸を撫で下ろす。


「一人にしてごめんな?」

「ううん、気にしないで。ありがとう、悠くん。凄くかっこよかったよ」


 美羽が蕩けたような笑みで、悠斗を見上げた。

 真っ直ぐな褒め言葉に羞恥が沸き上がり、悠斗の頬を炙る。


「……まあ、彼氏だからな」

「えへへー。私の彼氏さんは最高だよー」

「はいはい。とにかくゆっくりしようぜ」


 ふにゃふにゃな笑みの美羽を促し、再びベンチに座らせた。

 隣に座ると、すぐに小さな頭が肩へ乗せられる。

 小さな手を握って指を絡ませると、隣から小さな笑みが聞こえた。


「こういうのもいいねぇ」

「ああ。あちこち回るのもいいけど、こうしてゆっくりするのも最高だ」


 様々なアトラクションではしゃぐのも悪くないが、この穏やかな空気は癒される。

 

「……でも、もう帰らないといけないね」


 これまで迷路やお化け屋敷だけでなく、様々な所を回った。

 その全てを全力で楽しんだからか、あっという間に時間は過ぎ、もう少しで日が傾く時間だ。

 デートの終わりを感じさせる空気に、美羽が名残惜しそうに呟いた。


「ああ。でも、最後にどうしても行きたい所があるんだ。いいか?」


 最後と言った事で美羽の顔が少し曇る。

 しかし、瞳を可愛らしく細めて頷いた。


「うん。もちろんだよ」


 休憩を終え、美羽と共に最後のアトラクションへと向かう。

 盛り上がるようなものではないが、カップルとしてここは外せない。

 悠斗と同じ事を考えているカップル達の列に並ぶ。


「観覧車が最後だなんて、ロマンチックだね」

「……恥ずかしいから言うなって」


 悠斗の目的を果たす為、そしてデートの締めに相応しいからと選んだが、指摘するのは勘弁して欲しい。

 そっぽを向きつつ零すと、美羽がくすくすと軽やかに笑うのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お化け屋敷も遊園地デートっぽい。大丈夫! からの怖がりが可愛い。もう悠斗には怖い怖くないなんて関係なくてただ美羽を眺めて楽しむアトラクションになってる。 ちょっと目を離したすきに、いつも…
[良い点] メンタル激強になってる悠斗さんかっけー [一言] くるぞ、砂糖の貯蔵は十分か!
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