第176話 久しぶりに、二人きりで
二年生最初のテストが無事終わり、悠斗と美羽の順位は変わらなかった。
美羽は全く気にしておらず、悠斗の方はこれまで毎回順位が上がっていたが、流石に今回も上がる程テストは甘くない。
とはいえ、あくまで今の成績を維持するのが目標だったので、悔しくはないのだが。
そしてテストを終えた週末。いよいよ美羽と共にデートだ。
「晴れて良かったねぇ」
「ああ。それに温かいし、絶好のデート日和だ」
五月の中旬ではあるが、今日は長袖が煩わしいくらいに良い天気だ。
だから悠斗は腕を捲れるように長袖シャツだし、美羽も長袖のワンピースを着ている。
ただ、美羽の服装はいつにも増して気合が入っている気がした。
「いつも可愛いけど、今日は一段と可愛いな」
淡い水色のワンピースは清楚さと可愛らしさを両立し、美羽の魅力をより引き立てる。
そして、僅かに美羽の肌や唇が艶やかだ。
おそらくだが、薄く化粧をしているのだろう。
それほどまでに楽しみにしてくれていたのが伝わってきて、悠斗の頬が緩む。
ありきたりな褒め言葉に、美羽が頬を朱に染めてはにかんだ。
「えへへ。今日は頑張ったから、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「そんなに頑張ってもらったのは嬉しいけど、俺は特に何もしてないんだよな……」
流石に身だしなみは整えているものの、新しく服を買った訳ではないし、当然ながら化粧もしていない。
これでは、美羽とのデートを期待していないように見えてしまう。
申し訳なさに顔を曇らせれば、美羽が勢いよく首を振った。
「気にしないでいいんだよ。悠くんはいつもかっこいいんだから!」
「……まあ、それならいいか」
悠斗は納得していないが、美羽がそう言ってくれるのならと悔しさを飲み込む。
気持ちを切り変えて、美羽に手を差し出した。
「それじゃあ、行くか」
「うん!」
最終目的はあるが、正直な所、願いが叶わなくても良い。
最後に美羽が満足してくれたのなら、デートは成功なのだから。
満面の笑みを浮かべる恋人と、指を絡ませて歩き出すのだった。
電車に揺られて四十分で、今回の目的地に着いた。
ゴールデンウイーク等の連休中ではないが、それでも休みだからか、人はそれなりに多い。
とはいえ人混みで歩けない訳ではないので、不都合はないだろう。
「わぁ……! 色んなものがあるね!」
中に入ると、美羽が目を輝かせてきょろきょろと周囲を見渡す。
聞きはしなかったが、これまでの美羽の生活からすると、今まで遊園地に行った事はないと思う。
美羽を楽しませようと内心で改めて誓いつつ、小さな手を引いた。
「目一杯楽しもうな」
「そうだね! もちろん、悠くんもだよ!」
「ああ」
こんな時でも悠斗への気遣いを忘れない美羽に小さく笑み、まずは昼食を摂る。
フードコートに入って、お互いに注文した物はラーメンだ。
味こそ違うものの、同じ考えをしている気がして含み笑いを漏らす。
「ラーメンを選んだ美羽の考えを当ててみようか?」
おそらく、悠斗の考えも読まれているのだろう。
美羽が悪戯っぽい目で悠斗を見つめた。
「私も、悠くんの考えが分かる気がする」
「なら、一緒に言おうか」
「うん。いくよ――」
同時に息を吸い込み、口を開く。
「「家で食べられないから」」
紡がれた言葉は、全く同じものだった。
なぜだか胸がくすぐったく、美羽と共に笑みを零す。
「ふふ、こういうの、いいね」
「ああ。早速食べようぜ。麺が伸びる」
「そうだね。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
穏やかで楽しい食事をあっという間に終え、フードコートを出た。
いよいよアトラクションを回る形となり、まずは立体的な迷路に来ている。
こんなものがあるのが意外だったようで、美羽が呆けたように目の前の建物を見上げた。
「へぇー。遊園地に迷路ってあるんだ」
「子供向けのものだけじゃないんだってのが分かっただろ?」
「うん、楽しみ!」
「それじゃあ俺は何も言わないから、美羽が俺をゴールまで案内してくれないか?」
「ん? まあ、いいけど……」
他の遊園地にこういうのがあるのか分からないが、少なくともここはただの迷路ではない。
悠斗は事前に調べたので知っているが、これは視覚と感覚を利用した迷路だ。
当然、単に歩くだけではゴールに辿りつけない迷路になっている。
どうせなら美羽に悩んでもらおうと思って提案すると、美羽が首を傾げつつ承諾した。
そうして、美羽に引かれて迷路を歩き始める。
「迷路に扉なんてあるんだねぇ」
「面白いよな」
入口からすぐの扉をくぐり、美羽が迷う事なく進んでいく。
そして悠斗の予想通り、入ってきた扉の前まで戻ってしまった。
「あれ? 一本道だったのに何で?」
「まあまあ。もう一度回ってみようぜ」
訳が分からないと無垢に首を傾げる美羽があまりにも可愛らしく、悠斗の唇が弧を描く。
よくよく見れば入ってきた扉のすぐ近くに別の道への扉があるのだが、上手く壁のように見せていた。
美羽のテンションが上がっているのと、この迷路が三階建てで屋内をわざと暗くしているからだろう。
聡明なはずの美羽が、綺麗に罠に引っ掛かっていた。
美羽を促してもう一度回っても、再び入ってきた扉の前に辿り着いてしまう。
「なんでー!?」
「も、もう駄目だ! あははは!」
「笑わないでよー! これ、どういう事なの!?」
我慢出来ずに声を出して笑うと、美羽が眉を吊り上げて睨んできた。
流石に意地悪し過ぎたので、ここでヒントを出す。
「この迷路は普通じゃないんだ。もしかして、扉がこの一つだけと思ってないか?」
「え? まさか……」
美羽が何かに気付いたようで、きょろきょろと周囲を見渡し始める。
そして、先程あえて指摘しなかった隠し扉へと近付いていった。
「あー! こんな所にあったー!」
「そういう事だ。上手く隠してるよな」
「そんな言い方をするって事は、最初から気付いてたんだね!? というか、分かってて私に案内させたんでしょ!?」
「まあ、1周目で気付いたし、こういう罠があるって事前に知ってたな」
「ひきょう! ひきょうだよ!」
美羽が唇を尖らせ、悠斗の胸を叩いてくる。
少しも痛くなく、むしろ可愛らしい怒り方に笑みが零れた。
「でも楽しかっただろ?」
「う、それは……」
先程驚いた際、美羽は天真爛漫な笑顔をしていた。あの笑顔は、本当に楽しんでいないと絶対に出来ない。
ぐっと言葉を詰まらせた美羽を優しく撫でる。
「美羽に悩んで、でも楽しんで欲しかったんだよ」
「……ずるい。そんな風に言われたら、怒れないよ」
美羽が怒りを消し、嬉しさと申し訳なさを混ぜ込んだ呟きを落とした。
そして悠斗の胸からゆっくりと体を離し、勝気な笑みを浮かべる。
「ならいっぱい楽しんで、悠くんをゴールまで連れていってあげる!」
「その意気だ。期待してるぞ」
「任せて!」
美羽が気を取り直し、悠斗を引っ張っていく。
ヒントを与えたからか、頭の回転が速い美羽は多少引っ掛かりつつも、難なく迷路をクリアした。
「やったぁ! クリアだよ!」
「おめでとう、美羽」
余程嬉しかったのか、美羽は何度も跳ねて喜びを体中で表す。
子供っぽくも可愛らしさが溢れる仕草に、周囲の客や係員が笑顔になった。
感極まったのか、美羽が悠斗の腕に抱き着き、頬ずりしてくる。
「ありがとう、悠くん。遊園地、楽しいね!」
「こういう迷路はこれきりだけど、そう思ってくれたら良かったよ。それじゃあ、次のやつに行くか」
「うん!」
美羽が明るくて真っ直ぐな太陽のような笑顔で頷いた。
初めての遊園地でこれほど喜んでくれるのなら、彼氏冥利に尽きる。
はしゃぐ美羽と共に、次のアトラクションへ向かうのだった。