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第174話 男の恥

「悠、くん……」


 頬を薔薇色に染め、潤んだ瞳で美羽が悠斗を見上げる。

 女を強く感じさせる姿に、どくりと心臓が鼓動した。

 膝に乗られているので、逃げるなら美羽を退かさなければならない。

 しかし、なぜか指一本動かせなかった。

 完全に固まる悠斗を、はしばみ色の瞳が見つめる。

 澄んでいるはずの瞳の奥に、どろりとした何かが渦巻いている気がした。


「ふふ、どこにも逃げられないよ?」

「み……う……?」


 美羽が今まで見た事がないくらいの、妖艶な微笑を浮かべる。

 名前を呼ぼうとしても、喉から出るのは掠れた声だけだ。

 何も出来ない悠斗の頬へ、ほっそりとした指が伸びる。

 

「なぁに? ゆうくん?」

「なに、か……へん、じゃな、い……か?」

「変? 変なのは悠くんでしょ? どうして私から逃げるの? おかしな悠くん」


 美羽が軽やかに笑い、ゆっくりと悠斗の頬をなぞった。

 慈しむような、品定めをするような触れ方に、背筋がぞくぞくと震える。

 目の前の少女が、まるで美羽の姿をした別人のように思えてしまい、せめてもの抵抗として顔を逸らそうとした。

 しかしそれすら出来ず、勝手に体が後ろへと倒れ込む。


「あれ? 自分から準備してくれるなんて思わなかったなぁ……」


 美羽が膝から悠斗の腹へと移動し、思いきり圧し掛かってきた。

 普段着だからか、真っ白な太ももがバッチリ見えてしまう。

 ズボン越しのはずなのに柔らかな感触をしっかりと感じ、体の芯が熱くなった。


「……もう、限界なの」


 一瞬だけ切なさを表情に出し、美羽がだぼだぼのシャツに手を掛ける。

 耳まで真っ赤にしつつも、美羽はあっさりと上着を脱いだ。

 美羽が着けるとは思わなかった、黒の大人びた布地が悠斗の感情を揺さぶる。

 これ以上見てはいけないと、咄嗟(とっさ)に目を瞑った。


「あー。だめだよ、悠くん。ちゃんと見ないと」

「……っ!」

「もう、強情なんだからぁ。そんな悠くんには、お仕置だよ」


 必死に首を振って意思を示すと、不満そうな声が耳に届いた。

 ミルクのような甘い匂いが濃くなり、美羽の声が近くなる。 

 それだけでなく、美羽の肌が悠斗に触れ、熱い息遣いが耳のすぐ傍から聞こえ始めた。


「ゆうくんを、ちょうだい?」


 理性を乱す甘い声に、つい目を開けてしまう。

 すると、視界が美羽に埋め尽くされていた。

 ゆっくりと、瑞々しい唇が近付いてくる。


「ぜんぶ、ぜんぶ、わたしのもの。いただきまぁす」


 お互いの唇が触れ合いそうになり――





「うわぁ!?」


 びくりと体を震わせ、跳ね起きる。いつの間にか、美羽は悠斗の上から居なくなっていた。

 状況がよく分からずきょろきょろと周囲を見渡し、早鐘のように鼓動する心臓を抑えて大きな溜息をつく。


「夢だったのか……」


 あまりにも心臓に悪く、そして都合の良い夢だった。

 ようやく思考が落ち着き、頭が回転し始める。


「ゴールデンウイークが終わったとはいえ、あんな夢を見るなんてな……」


 今日はゴールデンウイーク明けの初日で、美羽は東雲家に帰っている。

 昨日まで春休みと同じく悠斗の家に泊まりに来ていたからか、別れ際の美羽は顔にこれでもかと寂しさを出していた。

 もちろん悠斗も寂しかったのだが、それが理由で美羽が夢に出てきたのかもしれない。

 とはいえ、夢が完全に暴走していたのだが。


「……いや、俺がああいう事を望んでたのか?」


 夢を整理するというのもおかしいが、冷静に考えると、悠斗は美羽との関係を先に進めたいのかもしれない。

 そうでなければ、夢の中の美羽はあんな事をしないはずだ。

 自分自身の欲望を浮き彫りにされ、大きく肩を落とす。


「多分大丈夫なんだろうけど、タイミングって大事だよなぁ」


 もちろん、いきなり体を求めるつもりはない。その前にやるべき事があるのだから。

 そして、悠斗が望めば美羽は受け入れてくれるはずだ。

 ただ、悠斗は初めてだし、美羽も同じなので、出来る事なら良い思い出にしたい。

 少し考えたが良い案は思いつかず、はあと溜息を零す。


「……取り敢えず、起きるか。二度寝する気分じゃないし」


 いつも起きている時間より早いが、もう眠気は吹き飛んでいる。

 再び横になる気にもならず、ベッドから出ようとした。

 しかし、下半身に違和感を覚えて体が固まる。


「………………マジか」


 欲望的な意味では最高の夢だったが、まさかこちらが暴走――むしろ暴発と言うべきか――するとは思わなかった。

 下半身の情けなさに愕然(がくぜん)とするが、ゆっくりしている余裕はない。

 なぜなら、ぱたぱたと軽いスリッパの音が大きくなってきているのだから。

 足音は悠斗の部屋の前で止まり、軽いノックの音を響かせた。


「悠くん? 凄い声がしたけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫! 変な夢を見ただけだから!」


 扉越しの幼げな声に返事をし、必死に頭を回転させる。

 この状況を恋人である美羽に見られたら、一巻の終わりだ。

 何とかしなければと思っているうちに、美羽がドアノブ捻って顔を覗かせる。

 鍵など必要ないと言った、以前の悠斗を殴りたい。


「本当に大丈夫? 気分悪かったりしない?」

「本当の本当に大丈夫だから! 悪いけど、美羽は朝飯の準備をしてもらっていいか?」

「朝ごはんの準備は終わったよ。でも時間あるし、ちょっとゆっくりしようかなって思ったら、悲鳴が聞こえたの」

「……最悪だ」


 悠斗が悲鳴を上げた時点で、既に手遅れだったのだろう。

 ここで悪態をつくと、心配そうにしている美羽を傷付けてしまう。思わず舌打ちしそうになるのを必死に堪えた。

 とはいえ、その間にも状況は更に悪くなり、美羽が悠斗の部屋に入ってくる。


「ねえ、顔色悪いよ? やっぱり――」

「お願いだ、美羽! 何も聞かずに一階へ行ってくれ!」


 もうどうにでもなれと、自棄になりながら頼み込んだ。

 突然の懇願に、美羽が目をぱちくりとさせる。


「急にどうしたの?」

「それは悪いと思ってる! でも頼むよ!」

「え? でも悠くんが心配だし、学校の準備しないとだし……」

「俺は健康だから! 健康過ぎて困るくらいだから! 準備も今日は大丈夫!」


 口で言ってもどうしようもならないと、美羽の肩を掴んで回れ右をさせた。

 下半身の冷たさが気持ち悪い。

 出来る限りそこから意識を外しつつ、顔に困惑を浮かべる美羽を、ぐいぐいと扉へ押していく。


「え、えぇ!? 今日の悠くんは変だよ!?」

「変でいい! それでいいから!」

「……っていうか、何か変な匂いがしない? これ何――」

「あーもう! 頼むから、一階に行ってくれー!」


 強引に美羽を廊下へ押し出し、勢い良く扉を閉めた。

 焦りに焦った事で、心臓が痛いくらいに跳ねている。

 美羽はというと、取り敢えず悠斗の言う通りにするらしく、一階へと降りていった。


「……疲れた」


 後処理に美羽へのフォローと、やる事は山積みだ。

 寝起きからのトラブル続きに、今ですら疲労を感じるのだった。





「ホントに大丈夫?」


 何とか後処理と学校の準備を終え、ようやく朝食にありつけた。

 ただ、先程の奇怪な行動のせいで、美羽に思いきり心配されている。

 もう美羽にバレる事はないので、笑みを浮かべつつ頷いた。


「ああ、大丈夫だ。騒がしくてごめんな」

「あんなに悠くんが取り乱すなんて普通じゃないよ。何かあったんでしょ?」

「……あえて言うなら、男ならではの失態ってやつです。これ以上は秘密にさせてください」


 あんな事、美羽には口が裂けても言えない。口にするのは男の恥だ。

 額を机に擦り付けると、美羽の顔が曇った。


「は、はぁ……。まあ、私に言えない事はあるだろうし、悠くんが平気ならいいよ」

「ありがとうございます」


 本当は聞きたいのだろうが、悠斗のただならぬ様子から聞いてはいけない事を感じ取ったようだ。

 再び深く頭を下げ、食事を再開する。


(キス、か)


 美羽と付き合ってもうすぐ二ヶ月。

 ゴールデンウイーク終わりの寂しさはあれど、たったそれだけの期間で、悠斗はあんな夢を見て暴発するくらいに溜まってしまった。

 そして、あの夢のせいで美羽を求める気持ちが強くなっている。

 となれば、次はキスだ。しかし、悠斗はどうやって雰囲気や状況を作ればいいか分からない。


(難しいもんだな……)


 恋人になって終わりではないのは分かっていたが、前途多難な道のりにひっそりと溜息をつく。

 それはそれとして、悠斗の視線は美羽の柔らかそうな唇に吸い寄せられるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 健康過ぎて困るくらいだから! でしょうね。 なんとも言い訳ができないし、変に優しい眼で察したりしたら精神崩壊ですね。
[良い点] 夢オチ。悠斗はぐいぐい来る美羽を求めていたのかもしれない。もしやヤンデレっぽいのが好きだったのか。強引に攻められたい欲があるようで。 夢オチから美羽に心配されるのは困るなぁ。大声を出して…
[良い点] イチャラブのさらなるステップアップ準備きたぁ [一言] さてさて、どうやって雰囲気作りしていくのか、ワクテカですなぁ
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