第172話 久しぶりの邂逅
ゲームセンターを出た後は服を見に行き、今回は男性と女性に分かれた。
美羽の服を選ぶべきかと思ったものの、「今日は三人がいいな」と言われてしまえば、悠斗に出来る事はない。
とはいえ美羽の言う通り、今日は大人数なのだ。
こういうのも偶には良いと男三人で服を物色し、次に紬が行きたいという事で本屋へ来た。
紬は「すぐ帰って来る」と言って一人で本屋に入ろうとしていたが、当然のように全員が入っている。
「私に付き合わなくてもいいのに……」
「気にしない気にしない。皆納得してるんだし、買いたい物を買えばいいんだよ」
申し訳なさそうに眉を下げる紬を、哲也が励ました。
哲也の言う通り、入りたいから入っているのであって、紬が罪悪感を覚える必要などない。
それに、悠斗も本を見たかったのでちょうどいいのだ。
「新刊出てるかなっと……」
美羽が悠斗の部屋でよく本を読んでいるので、こまめにチェックはしている。
それでも蓮と一緒に確認していると――
「……久しぶり、悠斗。それに蓮も」
一ヶ月半ぶりくらいの、気まずそうな男の声が聞こえた。
彼の性格的や趣向的に、ここに来る事はないはずだ。そもそも、隣に居るはずの女が悠斗に話し掛けると不機嫌になるだろう。
ややこしい事になったと落ち込みつつ声の方を向けば、そこには予想していた男子生徒と、見知らぬ女子生徒が居た。
「……」
様々な情報が一気に押し寄せてきて、思考が追い付かない。
呆然と直哉を見つめる悠斗をよそに、蓮がへらりとした笑みを浮かべて直哉に近付く。
「よう、直哉。久しぶりだな」
「一年ぶりだな。蓮はあの頃より刺々しい雰囲気が無くなって、随分明るくなってないか?」
「ま、色々あったんだよ。俺も成長してるって事だ」
元チームメイトだからか、蓮と直哉の会話は弾んでいる。
ただ、その隣の女子は完全に置いてけぼりで、あたふたしているのだが。
そんな姿に蓮が気付かないはずがなく、軽い笑みを浮かべながら彼女を見つめた。
「それで、お隣さんは?」
「ああ、すまない。こっちは同じ高校の松藤桜だ」
「よ、よろしくお願いします!」
思いきり頭を下げる姿に、蓮と共に苦笑する。
美羽よりも濃い茶色の髪を肩口で揃え、顔立ちは良くも悪くも普通。
口には決して出さないが、親近感を覚えた。
「俺は芦原悠斗。よろしく」
「元宮蓮。よろしくな」
「は、はい!」
びくびくと怖がるような、警戒するような態度を取られると少し傷付く。
しかし、普通は初対面の人と仲良くなど、そうそう出来ないのだ。
ならばこの態度に触れてはいけないと、直哉へ視線を戻す。
改めて眺めた直哉の顔には、最後に見た時のような疲れがない気がした。
そんな直哉が、以前よりも自然な笑みを浮かべて口を開く。
「折角だし、少し話さないか?」
美羽達には少し離れた場所で待ってもらい、ここには蓮と直哉、悠斗しかいない。
そして、この三人ならある程度踏み込んだ話が出来る。まず尋ねるのはここからだ。
「あいつはどうしたんだ?」
「別れたよ。俺の高校での立場を引き換えにな」
遠くを見るように直哉が目を細め、痛みを押し殺した表情で告げた。
いつかそうなるとは思っていたが、もう茉莉とは別れたらしい。
蓮には茉莉達とダブルデートした事を伝えていなかったからか、直哉の言葉を受けて目を大きくした。
「それでいいのか?」
「いいんだよ。後悔はない」
「……そうか。なら俺から言う事は何もないな」
直哉の気負いのない笑みを受けて、蓮がへらりと笑う。
元同じ部活メンバーとして、何か思う所があったのかもしれない。
それでも、蓮はあっさりと直哉に背を向けた。
「俺は先に綾香達の所に戻ってるぜ。それじゃあな、直哉」
「ああ」
「じゃあな、蓮」
蓮が離れていき、直哉と二人きりになる。
おそらくだが、気を遣ってくれたのだろう。
内心で蓮に感謝しつつ、先程の直哉の言葉に踏み込む。
「高校の立場を失ったってどういう事だ?」
「あれから暫くして、茉莉――もう篠崎か――に別れ話を持ちかけたんだ。その時はあっさり頷いてくれた。……多分、内心では愛想が尽きてたんだろうな」
「あれだけ直哉を追いかけてたのにか?」
茉莉は中学校の三年間、直哉をずっと一途に想っていた。あっさり振るとは思えない。
しかし直哉は納得しているようで、端正な顔が泣きそうに歪んだ。
「ああ。多分、俺が篠崎の要求を満たせられなかったからだろうな。……そして、別れる際に俺の悪い噂を学校中にバラまいた。俺を落として、篠崎の立場を上げる為に」
「……それが元彼氏にする事かよ」
別れるならそれだけで済ませばいいのに、茉莉は直哉を貶めたらしい。
いよいよ茉莉の考えている事が分からなくなり、まるで別人のように思えた。
あるいは、悠斗が知らない間に、とっくに茉莉が変わってしまっていたのだろうか。
思わず悪態をつくと、直哉が乾いた笑いを零す。
「はは、有り得ないよな。でも、篠崎からすれば俺がどうなるかより、自分の立場の方が大事だったらしい。結局、俺は学校で爪弾き者になった」
以前聞いた時は、茉莉が直哉の周囲を固めているとの事だった。
しかしそのまま別れると、何か茉莉側に問題があって、直哉に振られたと周囲に思われるかもしれない。
そう判断して、直哉を貶めたのだろう。
その結果、おそらくだが茉莉の立場は更に上がった。まるで悪い彼氏と必死に居ようとした、悲劇のヒロインのように。
悠斗なりにそこまで予測はしたが、あまりにも最悪な考え方に呆然となる。
「無茶苦茶だ……」
「部活も辞めた。あそこはもう俺に悪口を言う人しか居なくなったからな。悔しかったけど、もう楽しめないから未練はない」
部活の仲間は敵になり、教室では常に独り。それは地獄と言える環境だ。
ただ、そうなると一緒に歩いていた桜に疑問を覚える。
「松藤は違うようだけど、どこで知り合ったんだ?」
「あの子は今年入ってきた新入生だ。俺が昼休みに行く当てがなくて図書室にこもってると、話し掛けてくれたんだよ」
「……なんともまあ、凄い運命の巡り合わせだな」
まるで物語の主人公とヒロインのような出会い方に、くすりと笑みを零した。
おそらくだが、桜が話し掛けてくれた事で直哉は救われたのだろう。
桜の事を話す直哉の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいるのだから。
「そうだな。……でも松藤に迷惑は掛けられないから、全部話したよ。なのに、あの子は何度も図書室で俺に話し掛けてくれた」
「へぇ、凄い子だな」
「ああ。恥ずかしくて本人には言えないけど、松藤が居てくれて良かったよ」
真偽はどうあれ、今の直哉は非難される立場だ。図書室だけとはいえ、一緒に居るのは勇気がなければ出来ない。
正直なところ、あまり芯の強い人とは思えなかったが、話を聞いて尊敬の念を抱いた。
ただ、そうなると今日一緒に出掛けているのはどういう事なのだろうか。
「でも、外で一緒に居ていいのか? 直哉の高校に近いから、下手をすると噂されるぞ?」
「俺もそう言ったんだけどな。……でも、構わないってさ。それより俺に合う本を見つけたいって連れ出されたよ」
「ふうん……」
直哉と桜の状況から一つの可能性が浮かんだが、それを悠斗が告げるのは野暮というものだ。
これは、直哉が自分で気付くべき事なのだから。
内心で微笑ましく思っていると、直哉が思いきり溜息をついた。
「俺なんかと一緒に居ても良い事なんてないのにな。……松藤は何を考えてるんだか」
「ははは……」
以前の悠斗と似たような事を口にされ、乾いた笑いしか出て来ない。
それでも、今の直哉は茉莉と一緒に居る時より雰囲気が柔らかい気がした。
「まあ、何だ。何かあったら相談くらい乗るぞ」
元々、悠斗は直哉に恨みなどない。そして茉莉が傍に居ない事や、他人とは思えない境遇から、力を貸したくなった。
落ち込む直哉の肩を叩いて励ませば、直哉の顔が安堵に彩られる。
「助かる。正直、どうすればいいか分からないんだ……」
「……俺もこういう感じだったのか」
今は苦しいかもしれないが、これから直哉には幸せが訪れるだろう。
それは嬉しい事なのだが、直哉の姿が以前の悠斗と思いきり重なり、溜息をつくのだった。