第161話 スポーツテスト
美羽がクラスメイトと遊びに行き、その後疲れきった美羽を慰めて数日が過ぎた。
今の所は平和そのものの学校生活で、蓮や哲也と休み時間を過ごし、美羽とは朝と放課後だけでなく昼も一緒に行動している。
そして、これから二年生初めての体育の授業だ。
更衣室で着替えながら、久しぶりの授業に頬を緩める。
「定番のスポーツテストだけど、体を動かせるのはいいな」
運動が苦手なのと、体を動かすのが嫌いなのは別問題だ。
そうでなれけば、いくら惰性とはいえランニングなど続けられない。
ましてや、今回が単に体力を測るだけで、他人に迷惑を掛けないというのもあり、気楽に行える。
この数日である程度お互いの事を話した哲也が、着替えつつ羨むような目をした。
「そっか、悠斗はランニングしてるんだっけ。蓮もそうだけど、俺の周りには運動が出来るやつが多いなぁ……」
「俺は体力がそれなりにあるだけだ。運動が出来るのとは別の話だっての。というか、そういう哲也も運動が出来ない訳じゃないんだろ?」
哲也の体つきはそれなりにしっかりしており、運動が出来ないようには見えない。
そういう話も聞いた事がないので気になって尋ねると、哲也が苦笑を浮かべた。
「平均くらいだな。中学校の頃はテニスをやってたけど、ここはレベルが高すぎて入らなかったよ」
「そういえばうちのテニスって毎回全国大会に出てるもんな。なら仕方ないさ」
周囲についていけずに挫折する苦しみは、よく分かっているつもりだ。
あまり深くは触れずにやんわりと流すと、隣の蓮が溌剌とした声を上げる。
「でもそんなに衰えてる訳じゃなさそうだし、勝負しようぜ!」
「いや、何の勝負だよ。というか現役バレー部に帰宅部二人が敵う訳ないだろ」
「そうだそうだ。不公平だ」
現役バレー部でエースになりつつある蓮に、ランニングしかしていない悠斗と運動を辞めた哲也はどうやっても敵わない。
悠斗の指摘に哲也が乗り、二人掛かりで蓮を責めた。
猛反発されるとは思っていなかったらしく、蓮の顔がショックを受けたような悲しみに彩られる。
「お、おう……。そうだけど、折角だし楽しんでやりたいじゃんかよ……」
「それは一理あるけどな。俺達と蓮じゃスペックが違い過ぎるって」
悠斗とて目的が無いより、勝負をした方が楽しめるのは理解出来る。ただ、このままでは蓮の一人勝ちが確定してしまうのだ。
どうしたものかと頭を悩ませると、蓮が良い案を思いついたようで、爽やかな笑顔になった。
「ならハンデをつけようじゃねぇか。悠斗と哲也はどっちかの成績が良い方で勝負してくれ。そして俺は成績を一割減らす。これでどうだ?」
「つまり二対一って事か、しかも成績を減らした上でって事は、それでも俺達に勝つ自信があると」
「流石に減らす量は一割だけどな。いくら現役じゃないとはいえ、同性の元バレー部と元テニス部にこれ以上減らすのは無理がある」
「ふむ……」
スポーツテストではあるが、何も全てで体力勝負はしない。
そして悠斗と哲也のいいとこ取りを出来るとなれば、成績を一割減らした蓮に十分勝ち目があるのではないか。
何よりも、男としてここまでハンデを付けられたら黙ってはいられない。
ちらりと哲也を見れば、やる気に満ちた目で小さく頷かれた。
「よし、ならそれでいこう。罰はそうだな……。今日の昼は美羽に遠慮してもらって、昼飯を奢りでどうだ?」
「え゛。それって俺が負けたら二人分だよな……?」
最近はずっと美羽と二人で昼飯を摂っていたが、ここら辺で一度別々に行動しなければ、クラスの女子に何か言われそうだ。
美羽には申し訳ないものの、これが罰としては妥当だと思う。
負けた場合の負担が大きくなるのを分かって、蓮が顔を引き攣らせる。
しかし、ここまで来て逃がしはしないと意地の悪い目を向けた。
「当然だろ。ハンデありだけど、俺達二人相手に勝てると言ってた奴がまさか逃げたりしないよな?」
「俺にも元テニス部の意地があるからね。全力でやらせてもらうよ」
「……いいじゃねえか。やってやるよ」
悠斗達の煽りによって、蓮の瞳に火が付く。
早く始めたいと、男三人が急いで着替えを行うのだった。
「そうか。美羽と一緒のクラスだったな」
スポーツテストは数回に渡って行われ、今日は体育館に集まっている。
蓮や哲也と話しつつ時間まで待っていると、着替えを終えた美羽が入ってきた。
普通のジャージ姿ではあるが、美羽が着ていると妙に可愛く思える。
小さな体の後ろで一纏めにされ、歩く度に左右に揺れる美しい髪が、可愛さを引き立たせているのだろう。
「……久しぶりにその髪型を見たな」
最近では家をこまめに掃除しているからか、そこまで美羽に負担がかかっておらず、掃除する時でさえ髪型を変えていない。
そのせいか、淡い栗色の髪を結んでポニーテールにしただけで美羽が魅力的に思え、心臓の鼓動が早くなる。
もちろんいつもの美羽も大好きなのだが、活発な印象の美羽も良い。
久しぶりの姿に見惚れていると、悠斗の元に美羽がやってきた。
「悠くんのジャージ姿をこんなに近くで見たのは初めてだよ」
「そりゃあ同じクラスにならないと無理だからな」
グラウンドで授業がある時は、遠目ではあるが見る事が出来たものの、ここまで近いのはすれ違わない限り不可能だ。
必死に心臓の鼓動を抑えつつ、平静を取り繕った。
しかし悠斗の態度の何かが引っ掛かったようで、美羽がきょとんと首を傾げる。
「どうしたの? 何か変かな?」
「変っていうか――」
「こいつ、東雲の髪型に見惚れてたんだよ。愛されてるねぇ」
「おい蓮!」
何も言ってないのに、蓮が完全に悠斗の心を見透かして美羽へと暴露してしまった。
慌てて注意したものの時すでに遅く、美羽が白磁の頬を淡く染めて体を揺らす。
「そ、そうなの? もしかしてこっちの方がいい?」
「……そっちもいいなって思っただけだ。普段が駄目って訳じゃない」
気恥ずかしいが正直に告げると、美羽が顔を蕩けさせた。
「なら、今日はじっくり見てね。どうかな?」
美羽が悠斗の前でくるりと一回転し、日に焼けていない真っ白なうなじを晒す。
悠斗の心をくすぐる仕草に心臓が激しく鼓動してしまい、頬が炙られた。
「…………可愛いぞ」
「えへへ、ありがとぉ。それじゃあお互いに頑張ろうね」
「おう。美羽も頑張れよ」
悠斗の応援に美羽が微笑を返し、女子の方へと向かっていく。
美羽としては運動が苦手な者同士頑張ろうという意味のはずだが、悠斗にとっては負けられない理由となった。
悠斗を茶化してきた蓮や、傍観に徹していた哲也へと向き直る。
「恋人に応援されたんだ。意地でも勝つからな。やるぞ、哲也」
「任せてくれ」
「……甘かったり熱かったり、大変だな」
蓮が呆れた風な苦笑を零し、肩を落とす。
ちょうど号令が掛かり、授業が始まるのだった。