表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/224

第159話 人気者の苦労

 二年生最初の日は特に授業もなく、あっさりと終わった。

 時間が空いたからか、あちこちでこの後の予定の話をしている。

 その中でも一番大きい集団は美羽の所だ。


「ねぇ、美羽。時間があるし、この後少しだけ遊びに行こうよ」

「うーん。遠慮しとこうかな」

「えー。折角早く終わったんだよ? なら――」

「やめなさいって。芦原とデートするかもしれないでしょ?」


 美羽を遊びに誘おうとする女子が、一斉にこちらを向く。

 これまで、殆どの女子からは興味の目や生暖かい目をいただいていた。

 しかし、今日は珍しい事に剣呑な視線も多い。

 おそらくだが、今日くらいは遊ばせろと思っているのだろう。

 美羽が男と遊ぶのは胸に黒い(もや)が沸き上がるものの、女子ならば遊んでも全く構わない。

 しかし、それは美羽が望んだ場合だ。

 望まない遊びに恋人が連れ回されるというなら、それを止めるのが彼氏の役目だと思う。

 集団の中に居る美羽に視線を送れば、悠斗にしか分からない程度に端正な顔が曇った。


「悪い。これからデートするんだ」

「そういう事なの。ごめんね?」


 例え悠斗が悪者扱いされようと、美羽が笑ってくれるのなら喜んで泥を被る。

 即興でついた嘘ではあるが、美羽が安堵の含まれた柔和な笑みを浮かべて話に乗った。


「あちゃー。やっぱりかぁ」

「……まあ、そりゃあ彼氏優先だよねぇ」

「本当にごめんね」


 残念そうな声が美羽の周囲から上がり、美羽が謝ってこの場を収める。

 未だに不満を持つ女子も居るようだが、元々美羽の乗りが悪いからか文句を言われる事はなかった。

 覚悟していたとはいえ悪者にならずに済み、ひっそりと安堵の溜息を吐き出す。


「そういう訳で、行こう悠くん」

「ああ」


 ようやく解放されたからか、険の取れた穏やかな笑みの美羽が、帰り支度をして悠斗の元へ来た。

 何の気負いもなく差し出された手を握り、指を絡ませる。

 随分と慣れた行為に周囲が騒がしくなるが、クラスメイトを無視して立ち上がり、蓮と哲也の方を向いた。


「それじゃあな」

「またな、悠」

「また明日なー」

「わー、凄い普通に手を繋いだね」

「あれで付き合って半月なんだよねぇ……」


 蓮と哲也の挨拶の他に、様々な言葉を向けられて教室を後にする。

 途中昇降口で手を離しながらも美羽と学校を出ると、小柄な少女が今日一番の重い溜息をついた。


「もう疲れたよぉ……」

「とんでもなく囲まれてたもんな。お疲れ様だ」


 哲也や紬の件はあれど、悠斗は比較的穏やかに過ごせたのでまだいい。

 問題は、最初から最後まで時間が出来る度に人が集まっていた美羽だ。

 環境が変わった事で、普段よりも多くの人と会話していたのだろう。

 学校から出てすぐだというのに遠慮する気はないようで、悠斗の腕に思いきり抱き着いてきた。


「まあ、まだ学校は何とかなるよ。昼休みとかは悠くんと一緒に居られるだろうし。でも放課後まで拘束されるのはやだよぉ……」

「その気持ちがさっき伝わってきたよ。あの時助けを求めてたもんな」


 ぐりぐりと悠斗の腕に顔を擦り付け、美羽が弱りきった声を漏らす。

 嘘をついた事は悪だが、それでも美羽を強引に連れ出したのは胸を張れる行為だったと思う。

 歩きつつ美羽の頭をくしゃりと撫でれば、気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「んー。流石悠くんだね」

「彼氏だからな。それに、ずっと一緒に居る人の顔色くらい分かるさ」

「わぁ。今日は自信家だね」

「茶化すなっての」


 様々な人に絡まれるのは仕方がない事だとはいえ、美羽に笑っていて欲しいという思いは変わらない。

 少しだけ元気を取り戻した美羽と会話を弾ませつつ、駅に向かうのだった。

 


 


「ねぇ、悠くん。お願いがあるの」


 晩飯を摂り終える頃には、美羽の調子が元に戻っていた。

 しかし、ベッドの上から懇願してきた恋人の顔は曇っており、普段の柔らかさがなくなっている。

 手に持ったスマホに視線を送ると、メッセージアプリを開いていた。

 何はともあれ、ゲームを止めて美羽の傍に向かう。


「どうした?」

「……明日。クラスの女子とお出掛けしなきゃいけなくなっちゃった」


 ベッドに上がり、出来る限り穏やかな声を心掛けて尋ねると、美羽が途方に暮れたような声を漏らした。

 おそらくだが、スマホで連絡を取り合って先程決定したのだろう。

 簡単に連絡先を交換するようには思えないが、周囲に人が集まる以上、多少は交換しなければいけないようだ。

 クラスメイトの魂胆が透けて見え、悠斗の顔に苦笑が浮かぶ。


「今日は彼氏優先でもいいけど、偶には遊ぼうって事だな」

「うん。授業が始まるからあんまり時間は取れないけど、むしろその方が私が来やすいだろうって」

「……そう言われたら断り辛いな」


 二年生が始まってすぐに大量の課題など出ない。

 そして、今まで美羽の乗りが悪かった理由である彼氏が同じクラスに居るのだ。

 もちろん本当の理由は違っているものの、前から悠斗と知り合いだったというのは以前美羽が説明したらしいので、勘違いさせたままの方が都合が良い。

 ただ、結果として「たった一日の僅かな時間くらい作れるのでは」という意見が強くなってしまったようだ。

 そして、そこまでお膳立てされると美羽は流石に断れなかったのが、先程の呟きから分かる。

 既に決まってしまったのなら、せめて悠斗に出来る事をしたい。


「それで、何をすればいい?」

「……ありがとう。悠くん」


 端的に尋ねると美羽が大きく瞳を数回瞬かせ、その後くすぐったそうに瞳を細めた。

 小柄な少女が僅かに身を寄せてきて、ミルクのような甘い匂いが濃くなる。


「膝枕して欲しいの」

「そんなのお安い御用だ。ほら、おいで」


 付き合っているのだから、許可など取らずいきなり膝に頭を乗せてきてもいい。

 妙な律儀さに微笑を落とし、膝を叩く。

 すぐに小さな頭が膝に乗り、部屋の明かりを反射する髪がベッドに広がった。

 これからを労うように撫でれば、美羽が大きく息を吐き出す。


「はぁ……」

「応援しか出来ないのが申し訳ないな」

「最高の応援だよ。後は、明日を乗り切れば暫く自由になると思うから、それを糧にしようかな」

「それなら、明日もご褒美として膝枕するか」


 今の立場を捨てないでくれと懇願し、美羽だけに負担を掛けている事実に胸が痛んだ。

 しかし、美羽はこの後自由になるのなら行く価値はあると、前向きに考えてくれているらしい。

 せめてものご褒美として提案すると、真下のはしばみ色の瞳が歓喜に彩られた。


「ぜひお願い! ふふ、これでもっと頑張れるよ」

「無理しないようにな」


 美羽の性格上、悠斗が応援すると絶対に頑張ってしまう。

 なけなしの釘を刺しつつゆっくりと美羽の頭を撫でて、穏やかな時間を共有する。


「……悠くんは、あのクラスで良かった?」


 優しく温かい静寂の中、美羽がぽつりと呟いた。 

 鈴を転がすような声には、これからの期待と悠斗への心配が混ざっている。


「もちろん。蓮とは二年連続同じクラスで安心出来るし、哲也とも友人になれた。それに彼女と一緒のクラスになれたんだから、良いに決まってるだろ」

「ふふ。友達になったのは見てたけど、名前呼びにしたんだね」


 美羽の方が大変なはずなのに、悠斗の言葉に美羽は嬉しそうに笑った。

 しかし、その表情にはどこか影がある気がする。

 不思議に思って顔を覗き込むと、美羽が言い辛そうに口を動かした。


「……椎葉紬さんは?」

「っ!? ……何だ、バレてたのか」


 何もかも分かっていると言わんばかりの断定した口調に、大きく肩を落とす。

 紬の名前は美羽の前で一切出していないのだが、席が近いからか何らかのやりとりで察したのかもしれない。

 ただ、あの件は悠斗の中で既に飲み込めている。

 心配は無用だと示す為に、くしゃりと美羽を撫でて笑った。


「椎葉の事は引き摺ってないから大丈夫だ。……気まずくはあるけど、振った側と振られた側なんてあんなもんだろ」

「私と柴田くんも似たようなものだし、そこは仕方ないよね」


 ちょうど同じ経験をしているからこそ、悠斗が引き摺っていない事は伝わったはずだ。

 これで美羽の心配事が無くなるかと思ったが、愛らしい顔はまだ曇っている。


「……もし私が椎葉さんと友達になったら、嫌?」

「嫌なもんか。向こうがどう思うかは分からないけど、俺は嬉しいよ」


 紬からすれば、美羽は振られた男子と付き合っているのだ。

 そんな人と友人になりたいかと言われれば、殆どの人が首を振るだろう。

 しかし、心からの友人が少ない美羽がそう言ったのなら応援したい。

 難しい事だと美羽も分かっているはずなので、励ますように髪を梳く。

 悠斗が肯定した事により、ようやく美羽の顔から影が消えた。


「うん! 頑張るね!」

「その調子だ。……とはいえ、とりあえず明日を何とか乗り切らないとな。それ!」

「ひゃー!」


 しんみりした空気を吹き飛ばすように、淡い栗色の髪をかき乱す。

 されるがままの美羽が、はしゃいだ笑顔を浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初日はさっさと終わるから放課後遊びに行こうという空気にはなりやすいか。美羽と遊びたい勢とカップルを見守る勢でけっこう対応が違うな。付き合ったんだから芦原とはいつでもいいでしょ、なのか、付き…
[一言] いや、彼女が苦痛に思うようになってるなら救ってやるのが彼氏だよ悠斗!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ