第157話 新しいクラス
「うぅ……。緊張するよぅ……」
一週間ぶりの学校に到着し、美羽と共に掲示板の前に来ている。
人が多すぎて張り出された紙が見えないが、既に美羽が顔を青くしていた。
「何でそんなに緊張してるんだよ。というか、テスト結果が発表される時よりか緊張してないか?」
「緊張するに決まってるよ。だって、この一年悠くんと一緒に過ごせるかどうかが決まるんだよ?」
「まあ、それは分かるんだけどなぁ……」
美羽がクラス替えにかなりの期待を寄せている事は知っているし、悠斗も期待はしている。
ただ、外でロクな事が起きないのが芦原悠斗という存在なのだ。
期待が外れるのは十分に有り得るので、心の奥底まで同じクラスになる事を信じきってはいない。
申し訳なくて頬を掻きつつ呟くと、悠斗の態度が不満だったのか美羽がぷくっと頬を膨らませた。
「もう! じゃあ悠くんが喜べるように見に行く!」
「意気込まなくてもすぐ見えるようになるってのに……」
クラス替えの表を見るだけなのだから、人が多いとはいえすぐに見れるようになる。
それでも我慢出来ないようで、悠斗の腕を引いて人の波をかき分ける美羽に苦笑を落とした。
美羽に引っ張られるのもすぐに終わり、張り出された紙が見える位置に来る。
クラスが多いので大変だが、何とか悠斗の名前を探せた。
そして、同じ場所に東雲美羽という名前も。
「まさか、本当に同じクラスになるとはな。やったな、み――」
ホッと安堵の溜息をつき、美羽の方を向こうとした。
しかし細い腕が首に巻き付き、女性としても軽すぎる体がぶつかってくる。
「やった! やったよ悠くん!」
「お、おい、美羽!」
倒れる事はないものの、いくら感極まったとしても大勢の人が居る前で抱き着かれるとは思わなかった。
小さな背中を軽く叩くが、離れる様子がないので申し訳ないが無理矢理引き剥がす。
強引に距離を取ったせいで、可愛らしい顔がムスッとむくれた。
「もう、悠くんだって嬉しいくせに」
「それはいいけど、さっさと退散するぞ」
「え、あ、そうだった……」
悠斗が手を引いた事で周囲に目が行き、美羽が羞恥に染まった声を漏らす。
最近の美羽は外でもスキンシップが増え、嬉しくはありつつも後が大変だ。
大勢の人達からの嫉妬と生暖かい視線の中、新しいクラスに向かうのだった。
「「おはよう」」
新しいクラスで大半の人は名前すら知らないが、挨拶は大事だ。
美羽と共に教室の中に声を響かせると、あちこちから声が上がる。
「おはよう、美羽。二年生もよろしくね」
「わぁ。今年は東雲さんと一緒なんだ!」
「おー、芦原。また一緒だな」
「あ、春休み前に噂になったやつだ」
仲の良い人達やそうでない人達からの言葉を受けつつ、美羽と手を離して前扉のすぐ傍の、悠斗の名前が張ってある席に向かう。
流石というか、美羽はすぐに大勢の人に囲まれてしまった。
「……美羽はいつもあんな感じなんだな」
これまではほぼ見る事の無かった光景に、感心と呆れを混ぜ込んだ笑みを落とす。
いくら彼氏とはいえ、美羽を独占する事は出来ない。傍観に徹していると、ポンと肩を叩かれた。
「おーおー。お前の彼女は相変わらず凄い人気だな」
「こういう所は相変わらずみたいだな。それと今年もよろしく、蓮」
「おう。こっちこそよろしくな」
へらりと軽い笑みをしている一週間ぶりの親友と、お互いに挨拶を交わす。
人数が多い学校で蓮と再び同じクラスになれたのは嬉しく、悠斗の顔にも笑みが浮かんだ。
「この春休みはどうだった?」
「相変わらずだよ。あちこちへの挨拶で自由時間すらありゃしねぇって。綾香とあったのも数回だ。そういう悠は満喫出来たか?」
「まあ、それなりにな」
「正式に彼女になったからって、羽目を外してたんじゃないのかー?」
「誰がそんな事するかっての」
毎日美羽が泊まりに来ていたものの、羽目を外し過ぎてはいない。
首や頬にキスをしたが、許容範囲だと思う。
僅かに目を逸らしながら答えたからか、蓮の顔がニヤリと意地の悪い笑みに彩られた。
「ま、男なら欲望に素直になるよなぁ。そんなに恥ずかしがるなよ」
「何もしてねえっての!」
茶化されるのは恥ずかしいが、二年生になっても変わらないやりとりに心が落ち着く。
そんな内心を表に出さず蓮をあしらっていると、一人の男子生徒が近付いてきた。
見覚えがあり、少し気まずい関係だからか、悠斗の顔が引き攣る。
「久しぶりだね。今年はよろしく。芦原」
「……柴田」
美羽に振られた側と、受け入れられた側。挨拶をされたはいいが、どんな返答をすればいいか分からない。
名前を呼んだ後に黙り込むと、哲也が苦笑を浮かべて首を振った。
「そんなに気にしないでくれ。あの件は抜きにしても、芦原とは仲良くしたいんだ」
「……それでいいのか?」
哲也からすれば、悠斗は仇敵のようなものだと思う。
そんな相手にすら仲良く出来る哲也に、心からの尊敬を改めて抱いた。
しかし、感情はそんな簡単に割り切れるものではない。
哲也の顔をしっかりと見つつ確認を取ると、大きく頷かれた。
「もちろん。それと、俺が居るからって遠慮はしないでくれよ? そうされるのが一番嫌なんだ」
「…………分かった。よろしく、柴田」
哲也がそう望むのであれば、美羽と一緒に居るのを遠慮しない。とはいえ、元々過剰な触れ合いは避けるつもりだが。
柔らかな笑みと共に差し出された手を握り返し、固く握手した。
少しだけ距離が近付いたからか、哲也が先程よりも親しみを込めた笑みを浮かべる。
「それはそれとして、これからは名前で呼んでいいか?」
「もちろんだ。なら俺からもいいか?」
「もちろん。改めてよろしく、悠斗」
「こっちこそよろしく。哲也」
「おいおい、話が済んだなら俺にも紹介してくれよ」
お互いの名前呼びに頬を緩ませると、蓮が不満そうな表情で話に入ってきた。
先程から置いてけぼりにされていたものの、一段落するまでは静観していたらしい。
軽い笑みの蓮に、哲也が手を差し出した。
「悪い悪い。柴田哲也、よろしくな」
「元宮蓮。こっちこそよろしくだ」
以前からの親友と、新しく出来た友人が握手を交わす。
蓮と哲也が仲良く出来そうで嬉しさに笑みを零していると、目の前の扉が開いた。
何とはなしに目を向ければ、教室に入ってきた、見覚えのある小動物的な可愛さの女子と目が合う。
あまりにも気まずい再会に、悠斗の顔が再び引き攣った。
(椎葉も一緒なのか)
にこやかに挨拶する程の関係ではないし、下手をすると紬を傷つけてしまう。
せめて軽い挨拶をしなければと思ったが、ぎこちない笑みを浮かべた紬が先に口を開いた。
「おはよう」
「……おはよう」
クラスメイトとしての、至って普通の挨拶を終えて紬が教室の中に入る。
蓮や哲也が疑問を抱かない程度の、水面下のやり取りが妙に疲れた。
美羽程ではないが小柄な姿に、細い溜息を落とす。
(いろいろありそうな一年だな……)
楽しいだけでない一年になりそうだなと思いつつ、朝が過ぎていくのだった。