第111話 デートのお誘い
「なあ美羽。今週の日曜日って空いてるか?」
蓮に相談した日の夜。善は急げと早速美羽に尋ねた。
予定はないと思うが、当日伝えるのは誘う側として失格だ。
それに万が一美羽がどこかに出掛けるのであれば、邪魔する訳にはいかない。
悠斗の質問に、美羽がぱちくりと目を瞬かせる。
「空いてるけど、どうしたの? その日に何かあったっけ?」
美羽の中では、悠斗が予定を尋ねて来るのは特別なイベントがある日だという認識らしい。
今までの事を考えれば確かにその通りではあるし、これは悠斗が自分で自分の首を絞めた結果だ。
どれだけ情けない男なのか呆れるが、いざ何もない日にお出掛けの提案をするとなると照れくさい。
しかし、頑張ると決めたのだ。こんな所で躓いてはいられないと、意を決して口を開く。
「特に催し物はないな。でも、近くのショッピングモールに出掛けないか?」
「え、どうして?」
悠斗がお出掛けに誘う事などありえないと言わんばかりに、美羽がきょとんと首を傾げた。
甲斐性無しな男だという事実を改めて突き付けられ、ぐさりと棘が悠斗の胸に突き刺さる。
「だから、その……」
一瞬だけ決意が揺らいだが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
ゆっくりと瞬きをして、今度こそはと真っ直ぐに美羽を見つめる。
「デート、しないか?」
美羽の気持ちは把握しているので、この言葉を拒否される事はないはずだ。
はっきりと告げれば、美羽が目を大きく見開く。
驚かれるのは予想しており、すぐに喜んでくれるかと思ったのだが、形の良い眉がへにょりと下がった。
「いいの? 視線、嫌じゃないの?」
「その視線に慣れる練習だよ。見ず知らずの人が居る場所で美羽と一緒に居られないなら、学校でも一緒に居られないからな」
練習というのは蓮の受け売りではあるが、嫌々提案してなどいない。
この程度でへこたれるなら、自信などいつまで経っても付かないのだから。
ただ、美羽に迷惑を掛けてしまう可能性がある。
「……でも、同じ中学校の奴らと顔を会わせるかもしれない。いろいろと美羽が大変になるだろうけど、構わないか?」
女子とは殆ど関わらなかったが、顔見知りくらいはいる。
そういう人達と会うならまだ軽い会話だけで済むか、話さないで終わるかもれない。
問題は、初詣の時のように元バレー部の人達と会う場合だ。
水を差されてデートが台無しになる事だって十分に有り得る。
美羽が嫌がるのならすぐに取り消そうと思ったのだが、目の前の少女は溌剌とした笑顔で大きく頷いた。
「大丈夫! むしろ、前みたいに悠くんを馬鹿にする人がいたら怒るからね!」
体の前で握り拳を作り、勝気な笑みを浮かべる美羽が頼もしく、悠斗の胸が暖かくなる。
美羽が隣に居てくれるのなら、何があっても大丈夫だと確信した。
「なら、今度の日曜日、よろしくな」
「うん。こちらこそよろしくね!」
微笑みながら告げれば、美羽の顔が歓喜に彩られる。
こうして喜んでくれたのだから、やはり用事がなくともデートしたいという気持ちが美羽の中にあるのだろう。
アドバイスをくれた蓮に内心で感謝すると、美羽がふにゃふにゃと緩みきった笑みを向けてきた。
「何を買おうかなー。悠くんは買いたいものある?」
「いや、それがないんだよ。美羽はあるか?」
元々、悠斗はあれこれと物を買うタイプではない。デートに誘ったとはいえ、買う物などないのだ。
なので、今回は美羽の買いたいものが買えればいい。
遠慮はなしだと微笑みながら告げれば、美羽が顎に手を当てて考えだした。
「んー。折角だし、服を見たいなぁ」
「服か? いいぞ」
美羽の服は清楚っぽいものや可愛らしいものが多く、美羽の可憐な容姿や落ち着いた所作に非常に似合っている。
なので、今回もいい物を選ぶはずだ。おそらく、一番最初に新しい服を着た美羽を見る事が出来るだろう。
その光景を想像するだけで期待に胸が弾む。
嬉しさに頬を緩めながら許可すれば、美羽が悪戯っぽい目で悠斗を見つめた。
「ありがとう。じゃあお願いね」
「おう。任せておけ」
「あとこれも服なんだけど、部屋着を買いたいな」
「部屋着? 俺に聞くようなものなのか?」
部屋着を着るのは東雲家の中なので、買うのに悠斗の許可など要らない。
どうしてこのタイミングで言ったのかと首を捻れば、美羽が瞳に申し訳なさを少しだけ混ぜる。
「この家で着たいと思って。冬休みに私服で来るのに慣れちゃって、制服で居るのが面倒になったの」
「ああ、そういう事か。別にいいぞ」
冬休み中、美羽は基本的に悠斗のベッドの近くに居た。
それが上だったり縁だったりと違いはあったものの、冬休みに入る前よりだらけていた気がする。
同じ事をすると制服に皺が付くので、嫌なのだろう。
美羽が気を抜いてくれるのだから、悠斗からすると喜ばしい事だ。
先程と同じく許可すると、美羽が華やいだ笑顔になる。
「ふふ。じゃあそっちもお願いね」
「分かった」
美羽が読書に戻ったので、悠斗もゲームに戻る。
ちらりと美羽の姿を見ると、ベッドの上で頬杖を突きながら時折頬を緩めていた。
先程までとは明らかに違った上機嫌な姿に、誘って良かったと胸を撫で下ろす。
今週末を楽しみにしつつゲームをしていると、ふと疑問が浮かんだ。
「……ん? 『お願いね』って何だ?」
服を買いに行っていいかという話なら、「ありがとう」が普通の返しだと思う。
そう考えると、先程の美羽の言い方は明らかにおかしい。
何を悠斗に頼むのかと首を捻れば、一つだけ思いついた。
「マジかぁ……。責任重大だな」
勘違いでなければ、今週末は重大な選択を迫られるはずだ。
悠斗のファッションセンスは、一般的なものだと自負している。それでも、美少女である美羽に変なものは着せられない。
美羽とていくらなんでも悠斗に丸投げはしないはずだが、楽観的に考えては駄目だ。
「うーん。綺麗系、可愛い系、あとは何だ? ボーイッシュ、だっけ?」
女性の服に詳しくはないので、どんなものが美羽に似合うか分からない。
しかし美羽ならば余程変な服でもない限り、あっさりと着こなしそうだ。
美少女というのはある意味で大変だなと思いつつ、少ない知識で必死に想像を膨らませる。
「……ふふ」
ゲームを放って悩みだすが、経験などないので少しも良い案が浮かばない。
真剣に考え過ぎて、悩む悠斗を見つつ頬を緩める少女の小さな笑い声には気が付かなかった。