表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/224

第103話 一日目の夜

 晩飯を平らげ、宿泊部屋へと帰ってきた。

 美羽と一緒に座り込んで、胸を満たす幸福感にぐったりと体の力を抜く。


「美味かったぁ……」

「お腹いっぱいだよぉ……」

「蟹に海老に刺身、ウニなんかもあったな」

「あんな大きな蟹を食べるなんて、想像できなかったよ」


 どう考えても悠斗達の身の丈に合っていない気はしたが、出された以上は食べなければならない。

 タラバガニや伊勢海老という単語が頭をよぎっても、口に出すのは怖すぎて必死に抑えていた。

 悠斗達の反応を見てゲラゲラ笑っていた蓮が恨めしい。

 綾香も珍しく声を大きくして笑っていたので、余程挙動不審な悠斗達の反応が面白かったようだ。


「いやー、最高だった。びくびくし過ぎだろ」

「あぁ、美羽さんの挙動が可愛すぎました!」

「……何だかんだで似た者同士だよなぁ」


 ご機嫌な笑みで先程の光景を思い返す二人に苦笑する。

 その後少しお喋りをして腹も落ち着いたので、風呂に入る事となった。

 折角だからと、部屋から少々離れた大浴場に来ている。


「雪景色の中で入る温泉は格別だねぇ」

「年寄りみたいな事を言うなよ」


 体を洗い終え、少し熱いくらいの湯に浸かる。

 新幹線と繫華街巡りで溜まった疲れが溶かされていくようだ。


「にしても、随分いちゃついてたなぁ。好きなのがバレバレだったぞ」

「……言うなよ。恥ずかしいだろ」


 あれだけ美羽と触れ合っておいて、好意を抱いていないとは言えない。

 そっぽを向きつつ答えれば、蓮が穏やかな表情で目を細める。


「悠が前を向けて嬉しいんだよ。まあ、言葉にはしてないみたいだけどな」

「出来る訳ないだろ。俺と美羽じゃあ立場が違い過ぎるんだからな」


 分かりきった事を告げると、蓮の顔が苦笑に彩られた。


「あれこれ言うつもりはないけど、過去に引っ張られるんじゃねえぞ」

「それは大丈夫だ。中学校に関しては美羽が救ってくれたからな。……でも、そこまでなんだよ」


 未だに現状維持を選択している事が情けなくて、渋面を作る。

 けれど、悠斗の沈んだ気持ちとは正反対の爽やかな笑みを蓮が浮かべた。


「ついに話したのか。それなら焦る必要はねえよ」

「皆してそう言うんだもんな。……ありがとう」


 丈一郎に正臣、そして蓮と、誰一人として悠斗を責めはしない。

 その心遣いが有難く、今日何度目かも分からない感謝を伝えると、蓮がからからと笑った。


「感謝されるような事なんてやってないっての。まぁ、とりあえずは旅行を楽しもうぜ」

「そうだな」


 他愛のない話をしつつ景色を楽しみ、蓮と一緒に部屋へと戻る。

 その一時間後、部屋の扉がノックされた。

 この時間に悠斗達の部屋に来る人など限られている。

 すぐに扉を開けると、そこには浴衣を着こなした見惚れる程に可愛らしい美羽がいた。


「えへへ、どうかな」


 風呂上がりだからなのか、それとも羞恥からか、美羽が淡く頬を色づかせて小首を傾げる。

 普段はあまり見えない鎖骨が妙に艶めかしい。

 悠斗や蓮と同じ浴衣のはずなのに、どうしてこうも心臓を虐めてくるのだろうか。


「まあ、なんだ、似合ってるぞ」

「ありがとー。悠くんもかっこいいよ」


 僅かに視線を逸らしながら感想を述べると、美羽がへにゃりと笑って悠斗を褒めた。

 お世辞だと分かっていてもむずむずしたものが背筋を這い上がり、悠斗の頬を熱で炙っていく。

 美羽の顔を見ていられず、くるりと背を向けた。


「……そうか」

「おー? 頬が真っ赤じゃねえか、照れてんのか?」

「うるさい、黙れ」


 にやにやと笑いながら茶化してきた蓮の腹へと拳を叩き込む。

 それほど力を込めていなかったからか、全く動じていない。


「初心だねぇ、素直に受け取ったらいいだろうに」

「二度目も欲しいんだな?」

「蓮、そこまでですよ。私はまだ感想をもらっていないのですが?」


 再び蓮をどつこうとするが、綾香が割って入って蓮に感想を求めた。

 端正な顔に期待を込めつつ見つめられて、蓮がすぐに恋人に見せる甘い顔になる。


「綺麗だぞ。流石は綾香だな」

「ふふっ、蓮も似合ってますよ。流石は私の婚約者です」

「うわぁ、いちゃつきだしたよ」


 互いに褒め合っている蓮と綾香を見るつもりなどない。

 座布団へどっかりと座ると、美羽が隣に腰を下ろした。


「私達も似たような事をしてたけどね」

「……言うなって」


 甘さを滲ませた笑みに苦笑を返せば、蓮と綾香も落ち着いたのか机を挟んで反対側に座る。


「さて、まだまだ夜は始まったばかりだ。カードゲームでもするか」

「いいですねぇ。折角ですし、クリスマスイブと同じ罰ゲーム有りでいきましょうか」


 旅行鞄からトランプを取り出した蓮に、綾香が同意した。

 雑談も新幹線中でたっぷりしているし、こういう事も旅行の醍醐味(だいごみ)だ。

 罰ゲームに関しては以前も大した事はなかったので、大丈夫だろう。


「よし、いいぞ」

「私もいいよ。……どうか、綾香さんに捕まりませんように」


 美羽が同意しつつもぼそりと呟く。

 未だにそういう所は苦手なのだなと小さく笑みつつ、ゲームが始まるのだった。





「やりぃ、上がりだな」

「うえぇ……。皆強いよぅ」


 まずはババ抜きをすると、蓮が一位で美羽が四位となった。

 美羽が最下位なのは感情が思いきり表情に出ているせいなのだが、誰も教えようとはしない。

 勝負は時として非情にならなければならないのだから。


「さて、じゃあ最下位の東雲に罰ゲームだな。……そうだな、カードゲームが終わるまで、悠を『お兄ちゃん』と呼ぶ事」

「お前、なんて事を……」


 呼び方を変更するというのは罰ゲームとしてありがちだ。しかし、なかなかぶっ飛んだ罰ゲームに苦い顔をする。

 最近では弄る事もなくなったが、美羽は子供扱いされる事を嫌う。

 もしかすると怒るのではと隣の様子を窺うと、小悪魔のような悪い笑みを美羽がしている。


「じゃあ、しばらくよろしくね。お兄ちゃん」

「乗るのかよ!」


 意外とノリのいい美羽に思わず突っ込んでしまった。

 なんだかんだで新鮮なのか、実に楽しそうな笑顔を浮かべた美羽が悠斗の袖を引っ張る。


「ねー、お兄ちゃん。あの人が私を虐めたの。やっつけてくれる?」


 元々美羽の声は幼げなものの、不思議と聞き取りやすく澄んでいる。

 しかし、今はワザとらしく舌足らずな声にしていた。

 全力で兄に甘えるような、頼るような声に悠斗の心臓が騒ぎ立て、やる気が(みなぎ)る。

 妹に頼られたのなら、良いところを見せるのが兄というものだろう。


「お兄ちゃんに任せておけ。もう一回やるぞ」


 絶対に負けないと意気込みつつ二回目を提案すると、蓮の顔に苦笑が浮かんだ。


「滅茶苦茶あざといな。あれ反則技だろ」

「なるほど。つまり私を『お姉ちゃん』と呼ばせてもいいと。ああ、想像するだけで素晴らしいですねぇ……」

「は? 綾香?」


 恍惚とした表情になった綾香に蓮が顔を引き攣らせる。

 完全にスイッチが入ったようで、綾香が意気揚々とトランプをシャッフルし始めた。


「一位になる理由が出来ました! 絶対に負けませんよ!」

「……もしかして、俺、やらかした?」

「確実にな。ほら、美羽も怯えてるだろ」


 綾香の態度に美羽が顔を青くさせ、悠斗の腕を掴んで体を寄せる。

 抱き着いて来ないだけ有難いが、美羽特有の甘い匂いがふわりと香った。


「あわわ、綾香さんに捕まっちゃう……。助けて、お兄ちゃん……」

「いや、あれは難しいんじゃないか?」


 蓮もそうだが、綾香も頭の回転が非常に早い。

 ましてや、ここまでやる気が出ている状態の綾香に勝つのは難しいだろう。

 しかし、こちらも妹に頼られているのだ。負ける訳にはいかないと頬を叩く。


「まあ、出来るだけやってみるさ。美羽も表情に出るのを気を付けろよ?」


 綾香に勝たせたくないのなら、美羽にも協力してもらわなければならない。

 アドバイスを送ると、美羽が目をぱちくりとさせた後、ぐっと拳を握った。


「うん! 絶対に負けないんだから!」

「ああ、どうしてこんな事に……。いや、俺のせいなんだけど」


 はあと溜息をついて蓮もゲームに戻る。

 その後は様々なゲームをした事で勝者がころころ変わり、蓮の顔に落書きをしたり、案の定美羽が綾香を「お姉ちゃん」と呼ぶ事になるなど、凄まじいゲームとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] びくびく パクっ パァァ(以下繰り返し 食事風景が浮かびますね。
[良い点] びくびく、食べてほんわかを繰り返してたんだろうなぁ。良家の二人にとっては食事の余興として楽しんでそうだ。庶民二人にとっては綾香の大きな笑い声が余計に羞恥を煽ってそう。 悠斗の周りの人は皆…
[一言] 数話まとめて読んでたけど、微笑ましすぎて気づいたらずっと顔がニヨニヨしていた。 我ながらキモい(|||´Д`) 癒されつつも凹みました…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ