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煩悩編 ~双丘の誘惑(2/3)

「たすけてー。出られないよー」

「何なんだ。あんた、そこで何やってるんだ?」

「宝箱があったのー」

「そうだな。それはわかる」

「解錠したのー」

「そうか、なるほど。それで?」

「お宝があったのー」

「宝か。そうだな。普通、宝箱には宝が入ってるもんだ。捨て猫が『拾って下さい』の札付きで入ってたりはしないよな。ちなみに、何だった?」

「何ってー?」

「宝だよ。宝の中身! キンキラキンで高く売れそうな奴だったんだろ? 何だったんだ?」


 尻の主は、少し躊躇する時間をおいて答えた。

「きんかのーやまー」

 返事をためらったのはわかる。わかるぞ。横取りされるのが怖かったとかだろうな。


「それで、なんで金貨を取ってさっさと立ち去らなかったんだ?」

「たからばこがー、ミミックだったみたいなのー」

「箱の方が噛みついてきたのか。しかし何故かは知らんが、箱に身体を食いちぎられずに済んだのか」

「そうみたいー」

「死なずに済んだが、身動き取れず、か。ふうん……」


 このおバカな女冒険者をどうするか?

 助けてやって、お宝は折半というのが妥当かな?

 しかし、それにしても、見事なお尻だ。

 俺は腕組みをしながら、目の前で揺れている双丘を眺めた。ボリュームは十二分、筋肉と脂肪のバランスも理想的。褐色の肌にはシミもなく吹き出物もない。健康に熟れた尻なのだ。

 ミミックから抜け出そうと身体を動かしたのが原因だろうか、パンツが割れ目に微妙に食い込んでるところがまたなんとも……そそる!


 ワシづかみにしたいなぁ。

 そう。両手で荒々しく腰をつかんで、思いっきり、下半身の器官を犬みたいに打ち付けてみたいなぁ。

 気が付くと俺は、自分のベルトに指をかけていた。

 いかんいかん。これはいかんぞ。

 俺は女は好きだし、お尻も大好きだが、こんな状況でやってしまうのは、いかん。そこまで落ちてはいけない。


 こほん。俺は咳ばらいを一つして、女冒険者に提案した。

「とりあえず、ミミックから助けてやる。助けてやるけど、お宝は半分こにしてもらえるか? タダは嫌だな」

「いーよ、いーよ。それでいいよー」

「よーし、じゃあ商談成立だ。あとは、アンタをここから引きずり出して、ミミックを始末して、それからお宝ゲット。それでいいな?」

「いーよ、いーよ。じゃあ、お尻をひっぱってー」

「尻? 尻をつかんで引っ張れっていうのか?」

「そー」


 それは、ちょっと、なかなかに、魅力的な提案だと思ったんだよ。本人の了解を得て、この見事な尻を思いっきりつかんでいいってのは、な。

 だが、経験豊かで賢いこの俺様は、ちょっとこの提案は駄目なんだじゃないかと思った。


「待てよ。ミミックを見つけた場合の対応法を知らね―のか?」

「たいおうほー?」

「おうよ。ミミックといっても何種類かあるが、宝箱に化けてるこいつはチェスト・ミミックって奴だろう。こいつの攻撃手段は宝箱の蓋にくっついた鋭い牙だから、開閉部分の根本のあたりに金具を挟んで閉じられないようにしちまえば、もうザコよ。本当なら、正体を現す前に金具をかけるもんだがな。まあ、今の状態からでも、安全のために先に金具を……」

「かなぐよりー、さきにー、ひっぱってー!」

「ああ? 引っ張って欲しいのか? そんなに?」

「そー! もうがまんできないー! しにそー! いそいでー!」


 思えば、ここで何かが変だと思い至るべきだった。


 俺は言われた通り、女冒険者の腰を両手で思いっきりつかんで、引っ張った。正直に言うが、手に伝わる腰の肉の感触は、決して悪くなかった。

 だが、なかなか上半身が出てこない。

 渾身の力で引っ張っても、宝箱は吸い付いたように上半身をくわえこんでいる。


「もっともっとー」また、女の声。「もっとつよく、ひっぱってー」

「これ以上強くっていうと、なぁ」

 今より力を込めてお尻を引っ張ろうとすると、両腕を女の腰に回して、尻に密着しつつ後ろに引くしかないだろう。


 別に俺は――是非やってみたいけど、いやこれは人助けのためだし、そうだ、仕方がない。色々な雑念を飲み込んで、俺は、女の腰に手を回し――そして、何かがおかしいことに気が付いた。

 今まで尻ばかり見ていたからわからなかった。

 明らかに、身体のバランスがおかしい。

 この尻と足の持ち主の上半身は、床の宝箱に埋まっているが、それにしては宝箱が小さくないか? どんな態勢で、上半身が収まっているんだ?

 いや、そうだ。こいつはそもそも――人間なのか?


 回した手を解いて、尻から離れようとした瞬間、信じられない光景が眼前で展開された。

 あの尻。褐色でムチムチした尻の割れ目が、横方向に、がぱぁッと、大きく開くと、そこから白く尖った牙があらわになった。尻が、宝箱もろとも俺に向かってジャンプしてくるのと、俺が跳びのくタイミングは同じだった。

 牙は俺の鼻の先でバクンと音を立てて閉じる。手を解くのが遅かったら、恐らく俺の顔面はこの牙の餌食だっただろう。

 俺は転がるように、小部屋の外に出た。ひょこひょこと奇妙なステップを踏みながら追ってくるのは、女の尻に見える口を持ち、宝箱によく似た下半身を持つ、奇妙なモンスターだ。

「おしりをーひっぱってーひっぱってーひっぱってー」

 まだ声を上げている。これは獲物を呼び寄せるための、撒き餌みたいなものか。


 正体不明なモンスターに遭遇したとき、ソロの冒険者がやるべきことは何か?

 そう、逃げるんだ。

 俺は後ろも振り向かずに全速で迷宮の出口へ向かった。あの尻モンスターの足音がしばらく追いかけてきたが、登り階段のところで気配が消えた。あの身体じゃ上下の移動は苦手なんだろう。


 街まで戻った俺は、その翌日、街の賢者のところに出かけた。聞いたことねえか? ペタの街の、耳の賢者。新しいモンスターの目撃情報や、魔法の巻物を買い取ってくれる爺さんだ。ギルドで情報募集の張り紙を読んだことくらい、あるんじゃねえか?

 ダンジョンの探索じゃ利益がゼロだったから、この爺さんに、あの尻モンスターのことを話して金を稼ごうと思ったのさ。


 俺の話を聞いたあと、耳の賢者は幾つか俺に質問して、それを記録に残していた。ちゃんと、あの爺さんは金を払ってくれたさ。それもけっこうな金額で、嬉しかったな。

 そんで、ついでだから俺は尋ねたんだ。


「爺さん、このモンスターって、何だと思う?」

 すると、賢者はしばらく考えた末に、こう答えた。

「きっとこれは、ミミックの新種じゃろう。尻ミミックとでも呼ぶべきかの」

「ミミック? 尻の?」

「そうじゃ。ミミックは何種類か存在すると言われるが、どれも元は不定形の魔法生物なのじゃ。奴らは学習能力があり、自分が見たことのある物体に化けることができる。チェスト・ミミック然り、ドア・ミミックしかり。人が密着する物体を見て、それに擬態することで生きた罠となるのじゃ。きっと、お主が見た尻も、ミミックには『人間をおびき寄せる物体』と認識されたのじゃろう」


 俺が遭遇した、恐ろしいモンスターの話は、これで終わりだ。

 ときどき思うんだが、もしも俺が劣情に任せてあの尻に自分の下半身をすり寄せたりしたら、俺はブツを食いちぎられて死んでただろう。まったく、俺の理性を誉めてやりたいぜ。

 あれと同じモンスターの遭遇記録は、今のところ、ギルドにも上がってないらしい。件のダンジョンの地下四階にもう一度行ってみたんだが、どの部屋にもアイツはいなかったな。今はどこでどうしているか。ひょっとすると、迷宮のどこか、もっと深い場所で、冒険者が引っ掛かるのを待ち続けているのかもしれない。


 ところで、ミミックが擬態してたってことは、あの尻には、どこかにオリジナルがいるってことでもある。

 あんた、尻が芸術的に綺麗な女冒険者の話は聞いたことないか? 褐色のやつ。ない? そうか。良い尻なんだけどな。

 今は寝ても覚めても、あの尻を現実に抱くことばかり考えてるよ。尻のミミックに遭遇してから、もう数年が過ぎているし、オリジナルの女冒険者はとっくに死んでいるかもしれない。だが、諦めきれないんだよ。

 もしもあと5年探し続けて見つからなかったら、俺は、あの迷宮の最深部に挑むつもりでいる。なんのためかって? もちろん、もう一度あの綺麗な尻を拝むためさ。

 本物が見つからなければ、ミミックでいい。なんとか捕まえて、連れて帰るのさ。

 俺はきっと、あの曲線に魅入られているんだ。


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