夏が来る
夏の夢。ドクドクと胸を打つ鼓動。
向日葵の咲く古道。夏蜜柑を食べながら眺める窓の外の、露に濡れる紫陽花。
汗ばんだ頬に、地面から立ち昇る水蒸気。
ぽたり、ぽたりと、かき氷の雫。
想い出は、いつも過去へと誘う。あなたは、もう、帰ってきた頃ですか————?
風が呼ぶ。人と、人あらざりし者を。
古箪笥の隙間から、蛇がしゅるりと出てきた。
宿場町の弐階から覗く町並みには、紫陽花や向日葵が、通り雨を浴びた後で、綺羅綺羅と輝いている。
近くの竹藪で、大切な人を亡くした子供が声を上げて泣いている。
切なくなる、宿場町の、ともしび。
懐かしい田舎に帰ると、線香の香りがぷん、としました。
仏壇の間です。「帰ったのか―——」
死んだ祖父の声が耳をかすめました。幻聴。
おおいおおい、山彦が、この胸の鼓動を呼び覚ます。
なにか、遠い、記憶にない昔の記憶を。
輪廻の記憶、前世の記憶。
たがいない、眠る過去を呼び覚ます、入道雲の夏。
夏の風鈴の音は、魔物を呼ぶよ。
夏の小川は黒い影が泳いでいるよ。
ほら、そこの宿場町の格子戸の隙間から、鬼の眼が、ぎょろぎょろと。
川岸で泳いでいる人魚が、泡になって溶けてゆく。
こんなにも不思議、こんなにも恐ろしい夏とは、
秘密の呪文を閉じ込めた宝石箱の中の水晶のように美しい。
海鳴り。潮騒。
誰が呼んだか、三つ子の魂百まで。
賽の目は弐。
達磨がけたけた嗤う逢魔が時、赤子の鳴き声が裏の川で聞こえます。
すべて、夏の幻。
入道雲が遠い山の上に昇る頃いらかの群れが青々しく輝いて、
独りの鬼の子が、黒い影を訪ねて旅をしています。
ひっくり返したおもちゃ箱の中身みたいに。
夢の花。懐かしい面影に、また逢える夏。
あなたは、いま、其処に居るんですか———————?
夢の待合室には、向日葵の花が。手向けか?幻か?
回送列車は、魂を運び、仏壇に飾られている招き猫は、かすかに嗤う。
夕陽が射してきて、夢から醒めました。
戸棚に隠してあった饅頭は、亡くなった人の頭蓋骨に変わっている頃でしょう。