99.歳を取るにつれて、一年の経過を早く感じるようになってきた。
「おう、なぎっちゃ。失礼するぞ」
ある日の夕方、店を閉める準備をしていると村長さんが訪ねてきた。
「これはこれは、次期男爵様ではないですか」
「やめろや。おめーさんこそ、神殿を持つそうじゃねえか」
私と村長さんはそんなやりとりをしてから、互いに苦笑いをした。
村長さんは現在、準男爵の位に就いている。だが、春ごろにあった巨人との戦で村の戦士達が大戦果を上げたため、将来的に男爵へ上がることが内定した。
男爵になる条件は、村の人口を増やし二千人とすることだ。これは村長さんの代で達成しなくてもよいとされ、村の長期目標になったんだけど……魔法都市からの移住が本決まりになったら、すぐに達成されそうな予感がする。
人口が二千人になったら北バックス開拓村という名前も変え、新しい町の名前を付ける必要があるらしい。
国内にはバックスの名前が付いた地名がいっぱいある。識別しにくいのでオリジナリティのある町名にしろと、村長さんは辺境伯に言われたらしい。
まあ、そこは村長さんの名前や家名をつけるあたりが無難なのかな。村長さんちの家名って知らないけど。
「まあ、男爵の話はいいんだよ。それよりも、五日後に祭りをするぞ」
ん? 祭り? ずいぶんといきなりだね……。
あまりにも急な宣言に、私は思わずジト目になってしまう。だが、村長さんはその視線を流して言葉を続けた。
「そろそろベヒモス様が国へお戻りになるだろう? 村の男衆が、盛大に見送ってさしあげようって言い出してな」
「あー、ヤモリくん、村の男衆に人気だもんね」
そっか。ベヒモスと会ってから、もう一年が経つんだ。
ベヒモスは、ある日村にやってきて私に喧嘩を売ってきた。そのときは自爆攻撃で返り討ちにしたのだが、襲いかかってきた慰謝料として一年間魔獣を狩って魔石を私に届ける約束をした。その一年の期限が、とうとうやってきたというわけだ。
「ベヒモス様は、若いもんとよく酒を飲んでいるな。今回、祭りをやろうと最初に言い出したのも、その若い奴らだ」
うん、村の若い衆と肩を組んで一緒に酒を飲んで歌っている姿が、ありありと想像できるよ。
「で、祭りを送別会にするんだね?」
送別会で飲み会なんていうのは、地球に居た頃にもよくやっていた。今回は、その送別会を大規模にしたようなものにすればいいのだろう。
村長さんも、送別会という言葉にうなずいて答える。
「ああ、今年の祭りはその名目でやるってことで」
名目、名目ねぇ……。
「村長さん、いい加減、毎年開催する定番の村祭り、何か用意したら?」
「つっても、この村じゃ収穫祭をするってわけにもいくめえ」
「名目はなくてもいいんだよ。毎年、特定の時期に祭りをするって決めるだけでいいんだ。そうすればその日を楽しみに思って、村の人達も普段の仕事に身が入るでしょ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです。多分」
農村の人達も、全て終わった後に収穫祭が待っているから、重労働である収穫作業に耐えられているところはあるんじゃないかな。
村を一つの企業にたとえた場合、祭りは一種の福利厚生ってことになるのかな。娯楽の少ないこの時代だと、祭りは最大の娯楽だろうし。
そこのところを村長さんに言ってみたら、村の顔役と村の今後について話し合っておくことにしたようだ。
そして、あらためて村長さんが言う。
「ま、とにかく今回の祭りも、世界の酒を集めてくれ。みんな期待している」
そう言って、村長さんが持参していた箱と麻袋を私に渡してくる。
この箱には見覚えがある。毎回、祭りの前になったら村長さんが渡してくる箱だ。中には銀貨が詰まっている。
麻袋の方は魔石だね。大陸南部や西大陸で高値が付く品だ。
「世界の酒集めもすっかり定番になってきたけどさ。村が大きくなっていくと、私一人で全員の分を用意するのは無理になってくるよ」
「そうだなぁ。そんときは贅沢を諦めて、村に酒蔵でも作ってそれを飲むか」
「材料は?」
「他所から買うしかないだろうな。新しく増えた村人が農業できるっていうなら別なんだが」
「魔法都市から来る人達は都会人だから、農作業は無理だろうねぇ」
私も都会育ちの理系大学出身だから、重労働とか無理無理。のんびりマイペースに雑貨屋やる以外の仕事はできません。この世界に来たとき、パソコンに入っていた農業ゲームの力を身につけるとかしなくてよかった。
そんな無駄話をしつつ、私は明日の世界酒巡りに向けて準備を進め始めた。
◆◇◆◇◆
「私も連れていくのじゃ!」
翌朝、店を閉めたまま世界酒巡りに向かおうとすると、急にヘスティアが訪ねてきた。
私に同行したいとのことだが……いままでヘスティアを転移魔法で方々に連れていったことはあるので、別に問題はない。しかしだ。
「ヘスティアって、そんなに世界の酒に興味あるの?」
「酒ではない。世界を巡るということは、世界の市場を巡るということ。祭りの料理のために、世界の食材を集めるのじゃ」
「市場ねえ。酒屋以外にそんなに寄るつもりはないけど」
「祭りまであと四日もあるのじゃ。寄り道ぐらいどうということないじゃろ」
「ええっ、四日フルで使うつもり……?」
「世界を巡るのじゃから、四日でも足りないほどだのう」
そんなの付き合っていられないよ。巻きで。巻きで行きます!
しかし、ヘスティアが同行かぁ。
「西大陸にも行くけど、言葉は話せるの?」
「国による。ただし何百年も前に覚えた言葉じゃから、通じるか判らないのう」
あー、今もヘスティアはこの国の古くさい言語を話しているけど、別の国ではそれ以上に古くなる可能性もあるのか。
確か日本語でも、古い話し言葉は、現代の日本人に通じないって言うし。現代人が戦国時代にタイムスリップして云々っていう歴史小説や歴史漫画があるけど、あれもリアルに考えるとまず言葉の壁が立ちふさがるらしいね。
「仕方ない。分からないところでは私が通訳するから、私から離れないようにね」
「うむ。……しかし、天上界から降りてきたばかりのおぬしに言語の分野で負けているのは、何か釈然としないのう」
まあ、私にはホワイトホエール号の学習装置があるからね。
さて、そういうわけで私達はまずこの東大陸を巡った。いつものルートで近場のワインを購入することから始めて、南国の果実酒、遊牧民の馬乳酒、南半球の珍しい酒、王都に戻って蒸留酒と集めていった。
そうして三日目。時差で西大陸が昼頃になった時間に、大陸を移動して馴染みの竹林がある町へとやってきた。
ヘスティアを馬車に乗せて町中の換金所へ向かおうとすると、私の姿を見つけた人間が、大急ぎでどこかへ走っていく。
「なんじゃあれは?」
走って去っていった男を見たヘスティアが、いぶかしげに言った。
それに対し、私は御者台から振り返って答える。
「私はこの町の人にとって、魔石を持ってきてくれる人だからね。今では、私を見たら目ざとい商人達が、一気に動き出すようになったよ」
「おお、確かに西大陸では魔石は貴重品であったな」
うん。魔石は聖王国ヴァルハラがあった土地、今で言う魔の領域でしか獲れないからね。
魔の領域は東大陸でも割と東方にあって、西大陸へはなかなか魔石は入ってこない。でも、魔石は魔道具が動かせるし、怪我を治すポーションの材料にもなる。手が届く場所にあるなら、何があっても確保したくなるってものだ。
それから馬車を進めていると、武器を持った衛兵らしき者達がやってきた。
「なんじゃ!? やるのか!?」
「ヘスティア、落ち着いて。護衛してくれるだけだよ」
魔石を持った女だけの馬車なんて、ゴロツキからすると格好の的だからね。衛兵がこうして守ってくれるのだ。
それから私達は無事に換金所に到着し、私はアイテム欄から魔石の入った袋を出して、馬車から降りた。
換金所に入る途中も、衛兵が付いてきてくれる。
「これはこれは、なぎっちゃ様ではございませんか。今回もよいお取引ができそうですね」
換金所の番頭さんが、丁寧な物腰で私達を迎えてくれた。
そして、応接の間に案内され、お茶と茶菓子を出される。来るたび丁寧になっていく応対に私は苦笑しつつ、魔石が入った袋を番頭さんに渡した。
今回は魔狼の魔石を十個出すよ。魔石が十個っていったら、東大陸でもそれなりの値段がつく。なにせ、魔獣を十匹も倒さないと手に入らないからね。まあ、ガチャに必要なスターコインに換算すると、ガチャ一回分にもならないのだけれど。
「全部換金で」
「かしこまりました。毎度ありがとうございます」
番頭さんがホクホク顔で、魔石の袋を受け取った。
すぐさま魔石の計量が始まり、その重量に応じたこの国の貨幣が目の前に積まれていく。私はそれをしっかり数えて、用意していた巾着袋に入れていった。
「ところで、今回は同行者様がいらっしゃるようですね」
不意に番頭さんが、ヘスティアの存在に触れる。
「ああ、この御方は東大陸の料理神ヘスティア様だよ。今回、市場の食材を確認しにきたの。よくしてあげて」
私がそう言葉を返すと、番頭さんの表情が急に崩れた。
「へ、へあっ……!? ヘスティア!?」
あ、あれ? 私、何か変なことを言ったか? 神様というので驚いたのかな?
「ヘスティア!? お前さん、あのヘスティア神だってのか!」
と、応接の間まで護衛に来てくれていた衛兵さんまで、そんな叫び声を上げた。
「いかにも、東の料理神ヘスティアじゃが?」
ヘスティアが、ムスッとした表情でそう言い返す。どうやら言葉は通じているようだ。
すると、衛兵さんが身構えながら、とんでもないことを言い出した。
「ヘスティアっていやあ、一夜にして百万の軍勢を滅ぼした鬼神じゃねえか! あ、いや、悪く言うつもりはねえぜ!」
「ヘスティア、そんなことしたの?」
私は隣に座るヘスティアを見る。きっと私の表情は、呆れた顔になっていることだろう。
「しとらんぞ!? この国でやったことというと、滞在していた町を滅ぼしにやってきた八万の兵を皆殺しにした程度じゃ!」
「あー、前にヤモリくんが言っていたあれか……」
神器『千の剣』で一夜にして八万の軍勢を滅ぼしたって言っていたね。まさしくこの状況だ。
「でも、なんでそんなことを。全員殺さなくても、軍って数割削れば撤退するものだよね?」
私がそう問うと、ヘスティアは軽い調子で答える。
「奴らはよい桃が育つ荘園をいくつも潰したのじゃ。その報復じゃな」
「食材のためかー……」
うーん、スケールがでかすぎる。さすが神。私でも一夜で八万滅ぼすのは神器なしだと難しいぞ。MMORPGの魔法は威力は高いけど、範囲と射程に難があるからね。
「『桃園の戦い』は、史実だったのか……」
衛兵さんが、そんなことをポツリと言った。ヘスティアの過去の所業、伝説か何かになっているの?
「そうじゃ、あの戦いが伝わっている場所なら、美味い桃はこの町に売っているかの?」
ヘスティアが、急に明るい顔になって番頭さんに尋ねた。
「……はい、今が旬の桃がたくさん売っておりますよ」
「それはよいことを聞いた! なぎっちゃ、換金は終わったな? 早速、市場に向かうのじゃ!」
私の服を引っ張りながら、ヘスティアが急かしてくる。
そして、その後、私達は市場に向かうが……護衛の衛兵が増員され、衛兵隊に囲まれながら買い物をする羽目になった。
衛兵の人曰く、鬼神に不埒者がからんで、とばっちりで町を滅ぼされることのないようにとのことだったが……。
「さすがの私も、ゴロツキにからまれた程度で町を破壊はしないのじゃ!」
そんなヘスティアの意見に私は全面的に同意した。
神だからって、むやみやたらに力を振るっていては周りが敵だらけになってしまうからね。
まあ、中には美味しい桃のために軍勢を相手にする神もいるようだけれど。
と、そんな一幕がありつつも、市場巡りと酒巡りは問題なく完了した。村に帰るなり、ヘスティアは私から食材を受け取って料理の準備に取りかかる。
私は雑貨屋で通常業務を再開するが、村の者達はどこか浮き立っており、日常が非日常に変わっていく様子が見て取れた。さあ、いよいよ、祭りだ。




