91.寿命がないので栄枯盛衰という言葉は受け入れがたい。
私には習慣としていることがある。それは、月に二度、異界ヘルヘイムにいる女神ヘルの屋敷へ遊びにいくことである。
ヘルは引きこもりであり、従者達以外には知り合いも居ないぼっちである。放っておいたらこのまま何百年でもヘルヘイムに閉じこもっていそうなので、私は友人として外の話題を提供しにいっているのだ。
「で、そこでアププが光線銃を撃ったわけ。銃っていうのは天上界にあった武器で、クロスボウをもっとコンパクトにした物ってイメージでいいよ。でも、アププの銃は矢じゃなくて、光が出て相手を焼き尽くすの」
「まあ、神器かしら」
「それがね、神器でも魔道具でもなくて、純粋な科学技術でできたものだって言うんだよ」
「神器でも魔道具でもないのに、光を放つの?」
「そうなんだよー。不思議だよね」
巨人との戦争が終わってから数日が経ち、雑貨屋も落ち着きを見せたため、私は巨人との戦争のあれこれを土産話にヘルヘイムへ遊びに来ていた。
ヘルは喜んで私を迎え入れ、いつもの客間で一緒にお茶を楽しみながら雑談に興じている。
今日のお茶はウーロン茶だね。お茶請けの菓子ととてもよく合う。
そして、一通り戦の話を終えた後、そろそろお暇するかなと思って居住まいを正す。
だが、それを止めるように、ヘルは自分から話をし始めた。珍しいことだ。ヘルは、一方的に私の話を聞いていることが多いのに。
「なぎっちゃに、聞いていただきたい話があるの。私のこと……聖王国ヴァルハラのこと」
「ん、いいよ。あ、お茶をもう一杯もらえるかな?」
私は、部屋に控えていた従者さんにウーロン茶を追加でお願いした。
「ありがとう。そうね、初めから話すわ。私と、オーディンが知り合ったところから」
そうして、ヘルは語り出した。
今から七百年は昔のこと。ヘル、当時は違う名前であったが、後にヘルとなる女の子は、孤児であった。
国の貴族が運営する養護施設で育つが、特に仲のよい男の子を弟として扱って、日々を過ごしていた。男の子も女の子のことを姉さん、姉さんと慕っていつも後ろをついてきていた。
時は過ぎ、二人は少女と少年と言える歳まで成長した。やがて二人は姉弟として一緒に養護施設を出て、働き始める。
二人とも教養はなかったため、肉体労働が主だった。だが、幸い国に仕事は不足していなかったため、身を売るような事態には至らなかった。
そして、あるとき、荷物運びの仕事のため町から二人で出たときのこと。彼らは、天から落ちてくる創世の力を目撃した。
創世の力のことは知っていた。身に宿すことで神になれる力だ。神になるかどうか迷う少女だったが、少年は二人で一緒に神になろうと言ってくれた。それから二人は、同時にその力へ触れた。
少女と少年は同時に神となり、少女は空間操作用の神器『ナグルファル』を。少年は死者を永遠の戦士に変える神器『ヴァルキュリア』をそれぞれ創造した。
それからは、一気に事が進んだ。
神となった二人は周囲に丁重に扱われ、国の主神に祭り上げられた。彼女達の国は、厳しい冬が訪れる北方の地にあったため、他の神が寄りつかなかったのだ。
さらに、南方からは巨人が国境を脅かしており、二人の神器はそれを退けることに役立った。
二人の噂を聞きつけたマルドゥークは、二人に神としての名を授けてくれた。
少年は巨人と戦う知恵者として『オーディン』となり、少女は『ヘル』の名を貰った。オーディンはヘルという名を不吉だと反対したが、ヘルは死者の国の支配者という肩書きを素敵に感じ、この名にこだわった。当時のヘルは思春期特有の病にかかっていた。
そして、ヘル達の国は、聖王国ヴァルハラと改名され、百年の間、栄華を誇った。
ヘルの神器『ナグルファル』の効果はすさまじく、世界貿易でヴァルハラは富みに富んだ。だが、国が大きくなるにつれて、ヘルの心はだんだんと歪んでいく。
ヴァルハラの国民にとって、オーディンは戦の英雄であった。巨人を次々と打ち倒す、巨人狩りの英傑として吟遊詩人の詩になるほどだ。
一方で、ヘルの活躍は人々の間でさほど話題に上がらなかった。『ナグルファル』で国を富ましているが、それは縁の下の力持ちとしての活躍だ。学のない多くの国民達は、ヘルの偉業を理解していなかった。
そうして、ヘルの中に、日に日にオーディンに対する嫉妬の心が蓄積されていった。
そして、聖王国ヴァルハラが誕生して百年ほど経ったある日のことだ。
ヘルが『ナグルファル』で国内を監視していると、偶然手を付けられていない創世の力を発見した。これに、ヘルは歓喜した。新たな神器を作れば、国民も自分を褒めたたえるかもしれない。今すぐ力を手に入れなければ。
そう思ったとき、オーディンがヘルを訪ねてきた。顔を合わせるとすぐに、彼は言った。
「千里眼の権能で、創世の力を見つけた。姉さん、一緒に神器を作ろう!」
この言葉に、ヘルの心は乱された。なぜ、創世の力を独占しようとしないのだ。自分一人で神器を独占してしまえば、オーディンの立場は盤石なものになる。
だというのに、自分を誘うとは、これが英雄の器というものなのか。ヘルの心は、嫉妬ですっかり歪んでいた。
だが、ヘルは必死で笑顔を貼り付けて、オーディンの手を取り、『ナグルファル』を使って二人で創世の力のもとへと向かった。
オーディンは、創世の力を前に言う。
「巨人を打ち倒す武器が欲しい。巨人の頭蓋を貫く無敵の槍を」
ヘルも、必死になって案を出した。
「国を富ませる神器を作るわ。かつて魔法神トートが権能で作り出していたという、魔石を生み出す神器を」
そして、千里先まで飛んでいき相手を射殺し返ってくる『必中の槍』が生まれ、その後に……魔獣を生み出す『魔獣の大鍋』が生まれた。
生まれ落ちた『魔獣の大鍋』は、その場で無数の魔獣を生んだ。オーディンはとっさに槍を使い、これに応戦する。しかし、強大な魔獣の力に敵わず、オーディンは無数の魔獣に食われて死んだ。
ヘルは、それをただ呆然とした目で見つめていた。魔獣達はヘルのことを生みの親と認識しているのか、襲いかかってくることはなかった。
魔獣はヘルの歪んだ嫉妬心の影響を受けて、人間を強く憎む性質を持っていた。
魔獣の大軍は人間の住処を目指して、移動を始める。
ここでようやくヘルは我に返り、『ナグルファル』を使って国民を遠くへ逃がし始めた。
魔獣はどうやら聖王国ヴァルハラの領土の外へは出ていかないようで、国民を国外へ逃がすことで人的被害は抑えられた。だが……聖王国は魔獣のはびこる魔の領域と化し、国は滅んだ。
ヘルは今さら自身が抱いていた邪念を後悔するも、遅きに失していた。国は滅び、弟は死んだ。
国を滅ぼした神など、どこにも受け入れてもらえるはずがない。
そう考えたヘルは、『ナグルファル』で自身が住むための空間を作り上げた。王都にあった自身の屋敷をそこへ運び、自分に付いてくると言ってくれたオーディンの不死身の使徒達と一緒に、屋敷で暮らし始めた。
そして、六百年の月日をただ無為に過ごした。
「それが、私の全てですわ。きっと、私は神という立場が務まる器ではなかったのでしょう。あの子一人が神になっていれば、こんな悲劇は起きないで済んだ……」
語りを終えたヘルは、そう言って顔を伏せた。
話を黙って聞いていた私は、なぐさめの言葉をかけようとして……止めた。いや、なんか、場当たり的ななぐさめとか、ヘルは逆に迷惑なんじゃないかなって。悪いのは自分だって自覚している人に、あなたは悪くないなんて言って、なんの意味があるのかってことだね。
なので、私は、この重たい空気を払うように、努めて明るい声で言った。
「従者さん達って、ヘルじゃなくてオーディン神の使徒だったんだね」
すると、部屋に控えていた従者の女性が「左様でございます」と答えた。
そんな彼女に、私はさらに言う。
「よくオーディン神の死因になったヘルに仕える気になったね」
「ヘル様は、我が神の姉君様でございますから」
「そうなんだ。わだかまりはないの?」
「今はもう。なにせ、我が神よりも、ヘル様に仕えてからの方が長いですから」
そっか、そんなもんか。
しかしまあ、なんでまた急にこんな重たい話をヘルは私にしたんだろうね。
そう思っていると、ヘルは伏せた顔を上げて、口を開く。
「なぎっちゃ、頼みがありますの」
「ん、何かな?」
「墓参りに、行きたくて」
「……話の流れ的に、オーディン神のかな?」
「そう。ここ数百年、ずっと従者達に止められていましたの。オニャンコポン神のことがあったからでしょうね。それで……いざ墓参りに行こうとすると、勇気が出なくて」
「私に尻を叩いてほしいと」
「手を引いてほしいのです! お尻ではなくて!」
ご、ごめんよ……。
というわけで、オーディン神の墓参りに行くこととなった。
◆◇◆◇◆
神器『ナグルファル』で、ヘルヘイムの屋敷から直接、オーディン神の墓があるという場所へと転移した。
従者達も総出で武装して付いてきている。墓参りの最中、私を狙って魔獣が襲ってくる可能性があるからだそうだ。
ちなみに、従者達は死者であり人ではないというくくりなのか、魔獣に狙われないみたい。だからこそ、『魔獣の大鍋』が設置されたヘルヘイムで普通に生活できているんだろうね。魔獣の死骸の回収をして、お金に換えているみたいだし。
さて、件のオーディン神の墓は、ボロボロの墓地の奥にあった。
立派な石碑だ。書いてある文字は読めないが、きっとオーディン神の生前の功績をたたえているのだろう。
そんな石碑を前に、ヘルは水が入ったバケツに用意した布を浸し、両手でぎゅっと絞った。
そして、濡れた布で丁寧に石碑を拭いていく。
すると、石碑に付いていた泥や砂が落ちていく。だが、すぐに布は泥だらけになり、バケツに布を入れてまた絞って、再び拭きにかかる。
途中でバケツの水を私の魔法で交換しつつ、二十分ほどで石碑はピカピカに磨かれた。
ここでようやく、ヘルは石碑の前に花束を置き、目を伏せた。
そこから一分ほど黙祷が続き、ヘルはそっと目を開ける。
「この墓の下には、あの子はいない」
ヘルが、ポツリとつぶやくように言う。
「あの子は魔獣に食べられてしまい、『ヴァルキュリア』も死骸のない神を蘇らせることはできませんでした」
なるほど、死体がないと不死身の戦士に変えられないのか。
「私は、後悔して生きてきました。六百年の月日が経って、滅んだ国の民は全員、国外の墓の下で、贖罪の方法はすでになく、私は今後も後悔を抱いて生きていきますわ」
ヘルのその言葉に、私は何も返せなかった。
弟を殺し、国を滅ぼしたという、大きすぎる罪はそうそう消えることはない。世間には、ヘルの悪名は未だに残り続けている。でも、罪を抱えて生きるのって、悲しいね。
「なぎっちゃ。妖精たちの神になるそうですね」
唐突に、ヘルが話題を変える。今度は、私も言葉に詰まることなく答えを返した。
「うん、さっきも言ったけど、エルフを保護したよ」
「国までは造らないにしても、その者達はすでにあなたの庇護すべき民。民に顔向けできないようなことはしないよう、気を付けてくださいまし。でないと、私のようになりますわよ」
「そうだね。私なりに頑張ってみせるよ」
ヘルの言葉にそう返して、私は傾いてきた太陽の光で輝く石碑に、手を合わせる。
オーディンさん、あなたの姉さんは今もこうして生きています。罪を許せとは言わないけど、彼女の未来が少しでもよくなるよう私が勝手に祈ることくらいは、許してくれるよね。




