9.素手の方が強いですわ。
村人達にチケットを売る作業で一日は終わり、やっかいになっている村長宅へと戻る。
すると、夕食の席ではジョゼットがひどくご機嫌な様子であった。
「すごいな、あの魔道具の効果は! 猪を槍投げ一発で仕留められたぞ!」
ジョゼットがそう言うと、村長さんも「ほう」と興味深げだ。
経験値チケットを使った村人は、一律で『Lv.8』に上がっている。『Lv.8』というと、私のプレイしていたMMORPGでは、ソロで体長二メートル半のゴリラ的モンスターと正面から戦えるレベルだ。猪くらいだと、片手間で退治できるだろう。
「こりゃあ、俺も明日は森に狩りへ向かわねえとな」
村長さんがニヤニヤと笑いながら言った。
ふむ。魔獣の住む森か。それなら。
「ねえ村長さん、その狩りについていっていいかな? 森を見ておきたくて」
私のその言葉に、村長さんは一瞬驚きの顔を見せるが、すぐさま真面目な顔に戻った。
「森を歩くのは慣れているのか?」
「いや、全然。でも、魔獣と戦うのは超得意だよ」
「そうか。うーむ、せっかく全力を出したいのに、森に慣れていない奴を連れていくのもな……。なあ、ジョゼット、任せて良いか?」
「了解した。なぎっちゃ。明日は私と一緒に森に行こう」
森初心者の私でも、ちゃんと連れていってくれるみたいだ。
ただの魔獣退治なら私一人で行ってもよかったのだが、私は森や山といった自然をそれほど容易い場所だとは思っていない。
そりゃあ、いざとなったら空に浮くなりホワイトホエール号に来てもらうなりして、脱出はできるけどさ。
私は今後、何度も森へ魔獣退治をしに入るつもりだから、最初は案内人がいた方がよいだろう。ただ、本気でレベルアップを目指そうと思うと、この村の人が立ち入ったことのない奥地まで行く必要はあるだろうけども。
そういうわけで、明日の予定は森で狩りに決まったのだった。
◆◇◆◇◆
うっそうとした森林を歩いていく。今日の私の装備は、大賢者用の愛用装備であるローブに、ちょっと特殊な靴を履いている。
これは、フレーバーテキストに『森の隣人の加護がある。きっと森が味方してくれることだろう』と書いてある装備、『ハイエルフのブーツ』である。テキストと関係ない実数値としては、ステータスの素早さと器用さが上昇する。
だが、フレーバーテキストは正しかったのだろう。木の根に足を取られることも、下草に足を引っかけることもなくここまで歩けている。だが、装備に頼る私と違って、ただの革鎧と革のブーツを装着してすいすいと前を進むジョゼットは、さすがの開拓村の戦士と言える様子であった。
「待ってくださいまし! 待ってくださいまし!」
そして、本日のお供はもう一人。元貴族令嬢のソフィアちゃんも村の新たな戦士として、森での狩猟訓練のため同行していた。
彼女は見事に森の草木に足を取られており、私とジョゼットは幾度か立ち止まって彼女がはぐれないように待ってあげる必要が出ていた。
「こんな何もない場所を二人は、なぜすいすいと歩けるのですか。不思議ですわー!」
「何もないわけではないぞ。立派な獣道だ」
「あっ、そうなんだ」
ジョゼットの言葉に、そう声をあげる私。
「なんだ、なぎっちゃ。ずいぶんとスムーズな歩き方だから、言葉と裏腹に実は森に慣れているのかと思っていたのだが、違うのか?」
「うん、ただの装備の力だよ。森での歩みを助けてくれるハイエルフのブーツ」
「魔道具か! それも、伝説の高貴なる妖精にまつわる靴か……」
あ、ハイエルフとかいるのね。エルフはともかくハイエルフは地球のファンタジー小説で作られた種族だとばかり思っていたけど、異世界に実在しているんだなぁ。
ホビットとかいないよね? あれは偉大なファンタジー小説家のオリジナル種族だけど。
「靴を貸してくださいまし! 貸してくださいまし!」
「残念、私の履いている一足しかないんだぁ。これは貸せないね」
荒い息を吐くソフィアちゃんの本日の衣装は、裁判の時のドレスではない。
布の服の上に革鎧を着込んで、背嚢を背負っている。これらは全て、ソフィアちゃんが村の者に与えられた装備だ。
ソフィアちゃんは裁判の後、村の顔役である、とある夫婦の家でやっかいになっている。夫婦の子供は全員成人して独立しており、子供を恋しがって幼い少女であるソフィアちゃんを引き取る形となったのだ。
今着ている布の服は夫婦の子供のおさがりらしい。革鎧は、村の共有物を借りている形だな。
だが、ソフィアちゃんは弓も槍も用意していない。ジョゼットなんて、弓と槍を持ち、腰には鉈まで下げているというのに。
ちなみに私も手ぶらであるが、魔法が使えるのでノーカンだ。
「さて、ここいらにはつい先ほど猪が通った痕跡があるが……」
ジョゼットがそう言ったので、私はMMORPGの機能である、マップ画面を開いて周囲のMOBの位置を探った。MOBとはムービングオブジェクトの略で、まあ簡単に言うと動く物体のことだね。
「こっちの方向、百メートルほど先に大きな何かがいるね。アクティブ表示じゃないから、こっちを襲うような動物ではないかな」
「メートルという単位は解らんが、敵性存在ではないというならおそらく猪だな。もしかしたら関係ない鹿かもしれんが」
私がマップ画面の情報を伝えると、ジョゼットがそう納得したように言った。ちなみにアクティブとはこれもMMORPGの用語で、こちらが何もしなくても向こうから襲ってくる敵の状態のことを言う。飢えた狼とかがアクティブモンスターだね。
「見つけたとして、誰が仕留める?」
「私が行きますわー!」
そのソフィアちゃんの宣言に、思わず顔を見合わせるジョゼットと私。
「ねえ、ソフィアちゃん、武器は?」
「これがありますわー」
私が質問すると、ソフィアちゃんはそう言って服のポケットから何かを取り出して見せた。
それは、メリケンサック。指にはめる金属の武器で、殴りつけて戦う主に対人戦用の装備だ。
「強くなる魔道具を使った後とはいえ、父上や戦士達を見事な腕前で打ちのめしていたな。ソフィアは格闘家なのか」
「えっ、ソフィアちゃんリアルモンクなの?」
「僧兵ではないですわ。貴族のたしなみとして格闘術を習っていたのですわー」
すごいな、この国の貴族。
「寸鉄だけで猪に挑むのは、本来は危険なのだが……魔道具で強くなった今なら、倒せるかもしれんな。では、猪だった場合、くれぐれも牙には気をつけるのだぞ。雄鹿も角が危険だ」
「余裕ですわー」
そうして私の先導で、マップに表示されたMOBの位置へと歩いていく。
すると、枯れ木の倒木があり、その前で猪がふごふご言いながら何かを食べていた。キノコでも食べているのかな。
「先手必勝ですわ! 先手必勝ですわ!」
そう叫びながらソフィアちゃんが猪に躍りかかる。
当然、叫びながらの襲撃は相手に気づかれる。猪はソフィアちゃんの方を向いてふごふごと威嚇の声をあげた。
だが、ソフィアちゃんは気にもせず猪の真正面に立つと、猪の額に向けて正拳突きを放つ。
鈍い音が森の中に響き、正拳突きを受けた猪はその場で昏倒した。
すごいなぁ。レベルが八に上がっているといっても、十二歳の少女がパンチで猪を倒しちゃったよ。
私は、ソフィアちゃんが追放刑で森に置き去りにされても無事に村まで生き延びた、その力の源泉を垣間見た気分になるのだった。