84.スローライフは田舎で農業する生活だけを言うのではない。
村の中央広場に積まれていた雪がすっかり解けきった、春の中頃。
雑貨屋でぼんやりと客の訪れを待っていると、村長さんの次女であるマリオンが店に一人でやってきた。
「いらっしゃーい。ヘスティア特製の漬物、大安売り中だよー」
「それ、冬に売っていたやつの在庫処分よね? まあ、それはどうでもよくて、父さんから伝言よ。ああ、お茶はいらないわ」
「村長さんから? 何かな」
来客用の紅茶を用意しようとしたところでマリオンに止められ、私はカウンターに座りなおして彼女の言葉を待つ。
「今年の建築は、集会場優先にするらしいわ」
「ああ、なんだか中央広場付近で縄張りしているよね。公共施設だから、そりゃあ優先するか」
「だから、タナー兄妹のコテージの貸し出し期間を延長してほしいって」
タナー兄妹……確かタナーっていったら、魔道具職人のクレランスとカレンの双子がそんな苗字だった気がする。
「私が貸しているあのコテージね。つまり、二人の魔道具工房が建つのは、だいぶ後になっちゃうわけか」
私がそう言うと、マリオンはうなずいて答える。
「そうね。そこはあの二人に申し訳ないけれど、大工ができる人数も限られているから」
「専門職だもんねぇ。人をかき集めれば建つものでもないか」
私のこの家と店舗は最優先で建ててもらったけど、魔道具兄妹の工房はそうはいかないということらしい。
まあ、私の場合は、他に移住者とかがいなかったので、大工の予定が空いていたからそうなったわけで。村の集会場という村全体に役立つ建物が必要となった以上、工房の保留は仕方のない措置だ。
「で、どうなの? 延長」
マリオンに問われ、そういえば話がそれていたなと思い直す。
というか、そもそもコテージを貸し出す期間とか設定していたかな? 工房と家が建った時点で撤去とか言った記憶がある。
「ん、まあ、工房が建つまでの貸し出しでいいよ。元々、そういう話だったはずだからね」
「ありがとう。早速、兄妹にもこの話を伝えてくるわ」
「あ、兄妹のとこいくの? 私もちょっと仕事場見てみたいからついていくよ」
私がそう言うと、マリオンは「店はどうするのよ」と聞いてきた。
ふふふ、店なんてものは、私の気が向いたときに開けばいいんだよ。開店時間や閉店時間なんて設定していないし、定休日も設定していない。仕入れも気が向いたときに行く。
「時間に追われない、囚われない生活をすることをスローライフっていうらしいよ」
「それ、付き合わされる周りにとって、すごく迷惑じゃない?」
「全員が時間なんて概念を忘れ去れば、誰もそんなこと気にしなくなるよ」
「のんびりし過ぎて生活が成り立たなくなって、餓死しそうね」
まあ、生活に余裕がある人がやることだから。
お金が腐るほどある今の私のような人がやらなければ、生活を成り立たせるために生き急ぐ、スローライフもどきになってしまうことだろうね。
◆◇◆◇◆
店を閉めて、村の外れにあるコテージにやってきた。
すると、マリオンは唐突にコテージのドアを開けて、中へと踏みこんだ。
「邪魔するわよー」
「うわっ、マリオン、呼び鈴あるんだから使いなよ」
マリオンの無遠慮すぎる来訪の仕方に、私はドン引きしながらそう突っ込んだ。
「いいのよ。新婚夫婦の家に夜、踏みこむでもなし。田舎じゃこれが普通よ」
「マリオンって、都会で生活していたのに都会に被れてないよね……」
「私の生き方は都会流でも田舎流でもない、私流よ」
「何それ強い」
そんな会話をしながら、靴からスリッパに履き替えていく。
そして、マリオンがコテージの奥に向けて叫んだ。
「二人とも、いるかしら!?」
すると、部屋の奥の作業机で何やら書き物をしていた、魔道具職人の兄であるクレランスが立ち上がり、こちらに歩いてくる。
コテージの内部は、貸し出した当初と比べて、様々な荷物で雑多な状態になっている。自作したのか木工職人さんに作ってもらったのか、棚やテーブルも増えている。もちろん、私の雑貨屋で売った商品も転がっていた。
「おう、どーした」
「建設予定の工房に関して、ちょっと話があるのよ。カレンは?」
マリオンは、この場に居ない魔道具職人の妹の方、カレンの姿を探す。
「カレンは便所だな」
「デリカシー!」
クレランスの発言に、マリオンが怒って尻に蹴りを入れる。
「いてっ! ちげえよ! 温水洗浄便座ってやつを観察してんだよ!」
「あら、そうなの。蹴って悪かったわね」
マリオンの謝意がこもっていない謝罪を受けたクレランス。彼は蹴られた尻をなでながら、「用事は?」とマリオンに問うた。
「あんた達の工房だけど、村の集会場を作るから、完成はだいぶ後にずれ込むわ」
「マジかー。いや、コテージが快適だから構わないが!」
「まあ、村の大工もここまで立派な建物はそうそう作れないわよね……」
えへへ。一応これでも、私が宇宙船ホワイトホエール号のショップで買える建物の中では、かなりグレードが低い方なんだけどね。
それからマリオンは、クレランスと工房の建設日程について詳しく会話をし始めた。
私はそれを聞き流しながら、クレランスが作業をしていた作業机の周囲を観察する。おお、魔石が積まれている。すごく魔道具職人っぽい!
「お客さんですか……? あっ、マリオンちゃんになぎっちゃさん、いらっしゃいませ……!」
と、ここでカレンがコテージのトイレから出てきた。
私は、カレンに向けて片手を上げて挨拶をする。
「タナー魔道具工房にご依頼ですか……?」
カレンがそう尋ねてきたので、私は首を横に振る。
「マリオンは工房の建設予定の延長の話。私は、魔道具職人の仕事現場の見学」
「見学、ですか……?」
「うん、どんな仕事の仕方をしているのかなって。カレンは、温水洗浄便座の研究上手く行っている?」
「順調ですよ……! 今は……どれだけ消費魔石を減らせるかに、注力しています……!」
「安全面も気を付けてね。水の勢いとか、暖房便座も作るなら温度とか、お尻はデリケートだから」
「暖房便座……! そっちもやりたいですが……まずは完璧なビデの動作から……」
カレンはよっぽどビデがお気に召したらしい。まあ、私も同じ女だからその気持ちは解るよ。私、今の体になって用を足すことがなくなったし、生理もないから、ビデのお世話になることもないけど。
その後、カレンの熱い温水洗浄便座開発トークを聞いて、マリオンとクレランスの話が終わるのを待った。
そして、マリオンの話が終わったところで、今度はクレランスの仕事状況について聞くことにした。
「俺なぁ……村の人からの依頼は完璧にこなしちゃいるが、個人的な研究がなぁ……」
「クレランスの研究って、なんだっけ?」
私は、前に聞いた内容が思い出せずに、クレランスに尋ねた。
「ああ、月の魔力を貯蓄して、魔石の代わりに使う研究だな」
そうそう。確か、月の光には魔力が含まれているって話だったね。
なんだか、月の魔力って言われると、吸血鬼だとか狼男だとかが活発化しそうだけど……そういうモンスターの話は、こっちの世界では聞いたことがないね。
私が頭の中でイケメンヴァンパイアを想像していると、クレランスがさらに言葉を続ける。
「月の光を動力にすることはできる。でも、魔力を貯蓄して自在に取り出す方法が見つからない! どうすりゃいいんだこれ!」
クレランスが、ガリガリと頭をかいてヒステリックに叫んだ。なお、頭からはふけが飛んだりはしなかった。ちゃんとお風呂には入っているようだね。
「いや、そりゃ簡単には思いつかないでしょ」
と、マリオンが冷静な突っ込みを入れる。
まあ、そうだね。私も同意して、クレランスに言う。
「実現できたら、これまでのエネルギー事情を一新するくらい革命的だって、私にも分かるよ。そんな大発明、ホイホイ思いつくようなものじゃないに決まっているよ」
「ほら、兄さん……、みんな言っているよ……?」
カレンにまでそう言われ、クレランスはガックリと肩を落とした。
「俺は……天才にはなれない……」
天才だったら、そもそも魔法都市から外に遍歴に出されていないんじゃないかなって思う。本人の前で口には出せないけどさ!
その代わり、一つの事実を私は言う。
「私、別口で魔法都市に研究の依頼をしているんだけどさ。百年くらいで何かしら成果が出れば上々だと思っているよ」
ハーバー・ボッシュ法の研究のことだね。
「百年って……俺、死んでるわ」
「私は生きているからいいんだよ。とにかく、クレランスもそんな大発明をしようとしているなら、一生を懸けるくらいには思わないといけないかもね」
「お、おう。一生か……確かに、これが実現したら、一生遊んで暮らせるレベルの大発明だ」
魔石が必要ない魔道具って、つまりは魔の領域から遠い大陸の南だとか西大陸だとかに、魔道具を普及させられるってことだからね。
本気で発明できたら、歴史書に載るんじゃないかな?
「うおー! 俺はやるぜ! 俺はやるぜー!」
クレランスは唐突に叫ぶと、作業机に向けて突進していった。
そして、残されたカレンは、苦笑して私とマリオンに向けて言った。
「兄さんは、あんな感じでチョロいので……ときどき顔を出してもらって……やる気を刺激してくださると助かります……」
この妹もなかなか言いよる。
まあ、様子をときどき見に来るくらいなら、構わないけどね。彼が未来の大発明家になれるかどうかは、今はまだ判らないけれども。




