8.在庫は投げ捨てるもの。
「毛皮のコートね。うん、いいよ。交換成立ね! はい、目の前で使ってねー」
裁判の騒ぎがあった次の日。私は屋台を出して、経験値10000チケットの露店販売を開始していた。
売る対象は村人全員だ。魔獣退治を行なう戦士だけに売っても良いのだが、開拓村にいる以上、誰もがいつ魔獣に襲われてもおかしくないということで、村長さんから売れるなら幅広く売ってほしいと頼まれているのだ。
「毛皮と牙と魔石? 足りない! 言ったよね。未加工の品は査定額が著しく低いって」
「そ、そんな……俺は手が不器用でまだ嫁も居なくて……」
「その毛皮とかを他の人が持っている加工品と交換してもらいなさい! 私は、いちいち仲立ちしないよ!」
「わ、解った……! 交換してくるから店開けといてくれよ!」
経験値チケットと交換するのは、ホワイトホエール号のショップで高く売れる村の工芸品だ。
毛皮の服とか、魔獣の蜘蛛糸の服とか、木工細工とか、家具とかだ。食品もショップにてそれなりの値段で売れるから、ベーコンやハムを持ってきてくれる人も多い。
正直ショップの売値価格は私ではその場で判断不可能なので、AIのイヴに査定金額を耳元でささやいてもらっている。
工芸品が高く売れるのは、ホワイトホエール号の登場するゲームでアイテム製作システムがあったからだろうなぁ……。
「なあ、うちの母ちゃん腰悪くしているから、二人分持っていっても……」
「だーめ。一人一枚しか売らないし、今この場で使わないなら売ってあげないよ」
「そ、そんな……それじゃあ母ちゃんに魔道具を使わせてあげられなくなる……!」
「別に今日だけの販売じゃないんだけど、腰悪くしているっていうなら大変だね。これ、状態異常回復ポーション、猪の牙一本で売ってあげるから、持っていっておやりなさい」
「あ、ありがてえ! ありがてえ!」
「ふひひ、まいどありっ!」
状態異常回復ポーションは在庫がたっぷりあるし、多分この世界にある食材を材料に製薬できるから、儲けたわ。
まあこのポーションも、この世界の人から見ると効果が高すぎて万能薬扱い受けそうな代物なんだけどね。HPを回復してあらゆる状態異常を回復するという、便利なポーションである。
ネコババされて村の外に持ち出されて騒ぎになっても、まあそのときはそのときだ。出し惜しみしすぎてたら息苦しい人生になりそうだし、ある程度はゲーム内アイテムもオープンにしていこう。
まあ、経験値チケットは村の住民にしか売らないけどね。だって、入手手段が現状限られすぎているし。
レベル上限が存在したゲーム時代だと、レベル上限を超えて入手した余りの経験値は、所定の手順で経験値チケットに変換できたんだけどね。それを他のプレイヤーに売ることだってできた。
でも今は、レベル上限が撤廃されたので、その方法ではチケットを入手できない。
なので、村の外にまで販売したとしたら、すぐさま在庫切れだ。このチケット、軍人のお偉いさんからしたら、どんな犠牲を払ってでも数を揃えたくなるだろうしねぇ。
でも、私が売らないと決めたらどうあっても外には流出しないのである。情報は流出しまくるだろうけど。
噂を聞きつけた国の軍隊が開拓村を包囲したりしてねー。まあ、そのときはそのときだ。ホワイトホエール号の無慈悲な地上爆撃が実行されるだけである。
「すげえぜ、なぎっちゃちゃん! 母ちゃんの腰が一発で治った!」
「あら、さっそく使ったんだね」
「あなたがあの薬を? ありがとうございます。それで、強くなれる魔道具を販売しているとか……」
おっと、母ちゃんって母親のことじゃなくて奥さんのことだったのか。年齢の近い女性が、後ろをついてきていた。
「うん、販売条件は、村長さんが村に布告してくれたみたいだけど」
「はい。それで、こんな蜘蛛絹のレースなどはいかがでしょうか……」
「おっ、いいねいいねー。……それ、チケット二枚分の価値があるから、お父さんの分の支払いもそれでまかえるよ」
耳元でイヴが価値を判定して告げてくれたので、私はそれをそのまま口に出して言った。
「だそうですよ、父さん」
「ありがてえ……!」
うーん、親父さん、その選択は、今後奥さんに尻に敷かれる可能性大だけどいいのか?
まあ、私は個人の家庭の事情までは踏み入らないのである。
そんな村人とのやりとりをしていたら、昨日の神官さんが助手らしき人を伴ってこちらに近づいてきた。
「どうも、精が出ますね」
そう神官さんがこちらに話しかけてくる。
「こんちはー。神官さんも経験値チケットが欲しいのかな?」
「ええ、一つ見つくろっていただこうかと。ただ、私の持ち物はほとんどが村の方にいただいた品ばかりで、純粋に私財と言える物がほとんどなくてですな……」
はー、貢ぎ物は私財カウントしないの? え、律儀ー。私側としては別に貰い物を売られても気にしないけど。
「それで、このワインなどはいかがかと……」
神官さんの助手が携えていたバッグから取り出されたのは、コルクで栓がされた一本の酒瓶。
ふむ、この世界のワインですとな。
『マスター。そのワイン、今回設定した経験値10000チケットの価格の十倍価値があります』
「えっ、高級ワイン!」
私がイヴの言葉にそう驚きの声を上げると、神官さんは恥ずかしそうにして言う。
「ええ、神職の身で、このような贅沢品を持っていることは恥ずかしいのですが、かつて同僚から買い取った一品でございます」
「神官さん、それ、チケット十枚分の価値があるのだけど……」
「ほう、十個も魔道具をお譲りいただけるのですかな?」
「いや、一人一枚だよ。十枚も使ったら、強くなりすぎて村のパワーバランス変なことになっちゃうよ。だから、銀貨でお釣りかなぁ」
「銀貨ですか。村で生きるには必要の無い物ですね」
神官さんは村人に物や食料を寄付してもらって生活しているみたいだからね。そりゃあ、貨幣は必要ないだろう。でも、私財溜め込みたくならないのか。清貧だなぁ。
「それなら、ワインの値段分、経験値チケット以外のアイテムも買っていく?」
「ほう! それも神器由来の魔道具ですかな!?」
うわ、食いついたよ。清貧でも、神器が絡むと人が変わるなぁ、このおじいさん。
「じゃあ、神器由来……職業システム由来の品を譲ろうか。うーん」
私は倉庫画面を開いて、何かよさげなものがないか探した。
「あ、これなんてどうかな。魔法が使えるスクロール」
「スクロール、ですか?」
「使用すると、中に封じられていた魔法が発動するの。消耗品だね」
大賢者の職業では、スクロール製作という技能が存在する。その技能で私がゲーム時代に製作した代物が倉庫の中にたんまり入っていた。
「魔道具とは違うのですか?」
「うーん、この国における魔道具の定義、よく知らないんだよね」
そう頭を悩ませていると、イヴが私に語りかけてきた。
『マスター、私から簡単に説明しますと、魔道具とは魔法を発動できる道具のことです。本来の魔法より著しく出力が落ちる代わりに、魔石を消耗することで誰にでも使用することができます』
「あ、それじゃあ、スクロールは魔道具だね。ただし、魔石は使わない。その代わり、使用回数があって、その回数使うと消えてなくなるよ」
「魔石を使わない魔道具……まさしく神器の恩恵ですな! 素晴らしい、それを譲っていただきたい! そして祭壇にお祀りさせていただきたい!」
神官さんが鼻息荒く懇願してくる。まあ、彼ならスクロールを悪用はしないだろう。
「じゃあ、どの魔法のスクロールにしようか。んー……あ、そうだ神官さんって回復魔法とか使える?」
「魔法ですか? 残念ながら使えませぬなあ。私ども神殿は、魔法都市とは距離を取っておりますので……」
「あ、そうなんだ。私の居た場所では、聖職者といえば回復魔法の使い手だったんだよね。神官さんが回復魔法を使わないなら、村で怪我した人が出たらどうするの?」
「怪我や病気の治療は、医者や薬師の仕事ですなあ。なぎっちゃ様の出身地では、神官の仕事だったのですね」
「そだねー」
大賢者の私も、回復魔法は使えるけどね。でも、回復における専門性は神職の方が上だった。ゲームの中での話だよ!
そして、私はさらに言葉を続ける。
「でもまあ、回復魔法のスクロールがあるに越したことはないでしょう。じゃあ、傷を治療できるヒーリング二十回のスクロール二枚と、毒を治療するアンチドート二十回のスクロール一枚、アンデッドを退治するターンアンデッド二十回のスクロール一枚でどうかな」
「おお……おお……ありがたく頂戴いたします……しかし、アンデッドですか……?」
「ん? アンデッド退治も神官の仕事じゃなかった?」
「いえ、葬儀は我々の仕事なのですが、実際にアンデッドが出現したという話は、伝説として語られる物語の類でしか聞いたことがないものでして……」
「あー、この国アンデッドいないんだ。動く骨とか、動く死体とか」
「魔獣の中には動く骨がいるそうですが、動く死体はおとぎ話の領域ですなあ。……なぎっちゃ様の国では実在したので?」
「いたけど、そことは世界の法則みたいのが根本的に違うから、この国では出現しないんじゃないかな?」
「ほう、遠い国ではそのようなことが……」
そんな感じで神官さんは納得して、スクロールと経験値チケットを受け取った。もちろん、経験値チケットはその場ですぐに使わせた。
レベルアップのエフェクトに包まれた神官さんは、とろけるような笑顔で助手さんを伴い、神殿へ戻っていくのであった。
片手間で作れるスクロール、ずいぶんと気に入ってくれたようだ。今後、村の神殿のご神体にでもなるのかな。まあ、神器由来の物品という売り文句に嘘は無いから、きっとこれでよかったのだろう。