76.抗争って聞くと裏社会の激突とかを想像してしまう。
魔法都市にやってきた私とマリオン。瓦礫となった学院の門の前で、私は言う。
「生徒が魔法を使って喧嘩でもしたのかな?」
すると、マリオンが即座に答えを返してきた。
「生徒が使える魔法で、ここまで破壊力がある魔法はないわよ」
「えー、そうなの?」
「そうよ。攻撃魔法の定番と言えば≪一筋の火球≫の魔法だけど、火球を飛ばしてどうやって校舎を破壊できるというのかしら?」
「爆発しないの?」
「しないわねぇ」
私が使う≪ファイアーボール≫の魔法は当たると爆発するんだけどなぁ。
などと、瓦礫を前に途方に暮れていると、私達の様子を見ていたのか、イヴが言う。
『マスター。この瓦礫は、魔法によって破壊されてできたものです』
「やっぱり魔法じゃん。イヴ、これいったいどういう状況?」
私は、この状況をあらかじめ知っていたであろうイヴに問いかける。
『現在、魔法都市は新魔法神と魔道具神の間で、抗争状態にあります』
ん? えっ、ちょっと待って。新魔法神って。
イヴの言葉に、マリオンがギョッとした顔でこちらを見てきたけど、私は何も知らないぞ!
『新魔法神はカルト化した配下を率いて、魔道具神傘下の工房や、自分達に従わない学派を攻撃しています』
えーと、噂のカルト宗教に、魔道具神ヴィシュワカルマ。近頃なにかと耳にすることの多かったその二つが、抗争状態?
混乱する私に、イヴが告げる。
『マスターとは別の新しい魔法神が、この都市にいます』
お、おう……。
イヴの言葉に、私はしばし考え込む。
えーと、話を整理しよう。
魔法都市では新しい魔法神を信仰するカルト宗教が流行っていて、マリオンや魔道具職人兄妹はそれを避けるようにして魔法都市を出て開拓村にやってきた。
それが、私のこれまで得ていた唯一の情報だ。
そして、村に来たばかりの頃のマリオンは、私が新しく誕生したばかりの魔法神であることを知って、私がカルト宗教の崇拝対象だと言い出した。
だが、イヴが言うには新しい魔法神というのは別口でいる。つまり……。
「カルト集団が私を崇めていたっていうのは、マリオンの勘違いかぁ……」
「うっ、悪かったわよ。まさか、短期間で新しく二人も魔法の神が生まれているなんて、思わないでしょ」
私のつぶやきにマリオンがギクリとして、そんな言い訳をしだした。
まあ、いいけどね。その勘違いで、何か実害を被ったわけでもなし。
「ちなみにイヴは、私がカルト集団と関係ないっていうことに気づいていた?」
私がイヴにそう話しかけると、イヴはすぐさま答えてきた。
『はい。マリオン様が村に到着した時点ですでに、新魔法神が魔法都市全体に自らを崇めるよう宣告を行なっていました』
「イヴさん……気づいていたのなら訂正してよ……」
マリオンが恥ずかしそうにしながら言うが、イヴは淡々と言葉を返してきた。
『当時、魔法都市はマスターと一切関わりのない、地方都市の一つでしかありませんでしたから。いちいち内情を報告してマスターをわずらわすわけにはいきません』
イヴって、世界中に散って情報を集めているからね……それを日々私に報告されたりなんかしたら、確かにうっとうしくて仕方がないだろう。今回イヴが私に情報を伝えてきたのも、私が魔法都市に訪れたからだろうしね。
まあ、事情は解った。では、これからどうしようか。
「マリオン、なんだか研究がどうこうという状況には見えないんだけど、どうする?」
「……どうしよう。私的にはここに残って、ヴィシュワカルマ様の助けになりたいけれど」
「そう。なら、マリオンをここに置いて、私は帰るよ? イヴが見ていてくれるだろうから、帰りたくなったらイヴに言ってね」
「えっ……」
私の言葉を受け、マリオンが驚きの表情を浮かべた。
うん、マリオン的には、私が何か手助けをしてくれるという希望を持っていたんだろう。でもね。
「他国の神と神の抗争なんかに、私は手を出さないよ。私は完全に部外者で、魔法都市の住人でもない。なので、神様同士の縄張り争いみたいな抗争に、手を貸すような立場ではないんだよね」
友人であるヘルのことを狙っていた天空神オニャンコポンを退治したときとは、状況が違う。
「……そうね。なぎっちゃは他国の神。魔法都市の者が頼るべき存在ではないわね」
マリオンは難しい顔をしながら、そう答えた。
ま、私も人にあだなす邪神なんかがいたら討伐するけど、仮にも新魔法神とやらはカルト化しているといっても魔法都市の住人の一部を味方につけている。なので、これは単なる都市内部の勢力同士の抗争でしかないのだ。
『それですが、マスター。抗争の解決ではなく、私の友人を助けてもらえませんか?』
おや、イヴが珍しいこと言い出したね。
「なんで急にそんなことを? この都市に来る前は、一言もそんなこと言わなかったじゃない」
『マスターが魔法都市にいるので、軽く手を借りるのは問題ないと判断しました。ちなみに必要としているのは、傷の手当です』
「傷の手当て……怪我人がいるわけね。解った。案内して」
医療行為なら、私だって誰に気を使うこともなく行なえるよ。
もしその相手が、抗争に参加している構成員だとしても、怪我人は怪我人だ。
『はい、ドローンで誘導します』
と、イヴが告げると、上空から見慣れたステルスドローンが降りてきた。
どうやら、魔法都市にもステルスドローンをいくつか配置しているらしい。これで友人とやらとコンタクトを取っていたのだろう。
そして、イヴの先導で私達は魔法都市の街中を歩く。
人通りはほぼなく、一般市民は抗争に巻き込まれることを恐れて外出を控えているようだ。
しばらく歩くと、壊れた建物が増えていき、所々は建物が完全な瓦礫に姿を変えているみたいだった。
「このあたりは工房が集まった通りなんだけど……本当に抗争が起きているのね」
マリオンが、周囲を見回しながらそう言った。
やがて、私達は一際立派な建物の前に到着した。その建物には傷一つなく、周囲に男達が警戒するように立っていた。
その男達がこちらに気付き警戒するが、イヴのステルスドローンを見て即座に表情をゆるめた。
「うっす。イヴさんお疲れ様ッス」
『どうも。怪我の治療を行なえる人を連れてきました』
「ホントッスか!? その人達は……あっ! マリオンちゃんじゃねえか!」
イヴと話している男はマリオンと面識があったのか、彼女の顔を見て驚きの表情を浮かべて。
「ということはイヴさん、マリオンちゃんが治療の魔法を……?」
「あっ、私じゃないわ。治療する人はこっち」
マリオンはそう言って、私の肩を軽く叩いた。
「どうも。なぎっちゃだよ」
「へ、へえ。どうも……」
『マスターは大陸にある国に所属する魔法の神です。マスターならば、治療は高確率で可能です』
「魔法の神……!?」
イヴの説明に、男達がざわめく。それはけっして友好的な反応ではない。
うん、魔法の神との抗争中に、魔法の神を名乗る者なんて連れてきたらこういう反応にもなるよね。
『くだんの新魔法神とマスターは、完全に別個の存在です。危惧することは何もありません』
「あっ、そうッスね! それに、あんないけ好かないおっさんとこんなぽやぽやした女の子を一緒にしたら駄目ッスね!」
えっ、私、ぽやぽやしてる!?
そんなこと言われたの、初めてなんだけど……。
『では、中に案内しますので、通してください』
「はい。では、俺がついて行くッス!」
そうして、私達は立派な建物の内部に通された。入ってすぐは広い工房で、その奥に進むと生活スペースらしきフロアになった。そこを通って、さらに奥の方へと進む。
案内してくれた男が建物の奥にある扉を開くと、そこは広い寝室らしき部屋であった。
その寝室には、一台のベッドがあり、一人の筋肉質な中年男性が横たわっている。
さらに、そのベッドの横では人が数人立っていて、何やら瓶の液体を横たわる男性に振りかけていた。
横たわる男性には、胸に大きな火傷があり、そこから何やら黒いもやが発生していた。
うーん、多分、瓶は傷を癒やすためのポーションだね。しかも、開拓村で生産しているやつ。それを火傷に使って治らないということは、確かにただ事ではなさそうだ。
「あれは、≪呪いの風≫の跡……? ねえ、≪聖なるしずく≫は使ったのかしら?」
マリオンはあの火傷か黒いもやに思い当たるものがあるのか、ここまで案内してきた男に尋ねた。
「ああ、≪呪いの風≫の魔法で間違いねえ。だが、使ってきたのが魔法神の野郎で、≪聖なるしずく≫では祓えねえんだ」
うーん、この世界の魔法事情は私には解らないぞ。治らなくても文句を言わないでほしいなぁ。
と、そんなやりとりをしている間に、私達はベッドの横に到着する。
そして、イヴが治療をしている人達に私の存在を話すと、周囲の人達は私をすがるような目で見てきた。
「えーと、神様をやっているなぎっちゃだよ。よろしくね。で、このおじさんが患者さんだね?」
患者は体格のいい中年男性だ。乱れた呼吸をしながら、血の気が引いた顔をして目を閉じている。意識はなさそうだ。
『はい。私の友人であるヴィシュワカルマ様です』
「って、神様じゃん! もろに渦中の人じゃないの……」
まあ、イヴの友人って言うなら治すけどさ!




