74.日本のファンタジー創作における宗教国家の悪役率は異常。
ヘルヘイム。聖王国ヴァルハラを滅ぼした女神ヘルが住む異界である。
今日、私はそのヘルヘイムにある女神の住居へ遊びに来ていた。毎月二回ほど、友人のヘルのところへ会いに来ているのだ。
立派な屋敷のオシャレな部屋で、ヘルと一緒にお茶を楽しむ。
ここは外界から隔離された閉鎖空間だが、ヘルは空間転移ができる神器を所有しているため、世界各国に従者を送り物資を屋敷に蓄えているそうだ。そのため、質のいい茶葉も常備されていた。
本日のお茶会で交わす話題は、村の新メンバーであるマリオンと魔道具職人兄妹についてだ。
彼女達は、私の曖昧な知識をもとに、いくつかの地球の道具の作成に成功していた。マリオンは頭がいいし、兄妹は腕がいい。村に地球の家電と似たような魔道具が行き渡る日も、そう遠くないのではないだろうか。
「村の新しい仲間ですか。私のところは六百年間、同じ顔ぶれですから、少しうらやましいですわ」
ヘルは神器『魔獣の大鍋』を作り出して聖王国を滅ぼしてから、ヘルヘイムで六百年の引きこもり生活をしてきた。死者を蘇らせて不死の戦士に変える神器で従えた従者と一緒にだ。その従者のいずれもが、六百年前から付き従う者達なのだろう。開拓村のような変化の多い日々とはいかない。
「私も村へは貢献を惜しまないから、このまま村はどんどん大きくなっていくんだろうね。でも、村が大きくなり続けると、私の手が届かない場所ができていく」
「超神であるなぎっちゃであっても、この世の全てを守るのは不可能ですわよ」
「うん、そうだね。で、村の規模が大きくなった後に、私はどう村人達と向き合っていくべきかって考えたんだけどね。答えがでないから、バックスに相談したんだけど……」
私の言葉をニコニコしながら聞いてくれているヘルに、私は言う。
「自分の神殿を持てだってさ。自分を崇める信徒に、恩恵を与えるべきだって」
「そうですね。神になって年数が経つと、自然とそうなりますわね」
「今は村人全員に分け隔てなく接しているけど、いずれは触れ合う相手を選別しろってことだよね。なんかそういうの、性に合わない感じもするんだよねー」
「あら、なぎっちゃは、今も恩恵を与える相手を選別しているでしょうに」
ん? なんでだ? そんなつもり、私は毛頭ないのだが……。
私が半目になってヘルを見つめると、ヘルはニコリと笑って言葉を続けた。
「なぎっちゃは、村人とそれ以外の人を明確に区別していますわ。『経験値チケット』なる道具は、村人にしか与えていないのでしょう? 私も、村人ではないという理由でいただけていませんわ」
「あっ、確かに!」
なるほどなるほど。私は今も明確に恩恵を与える相手を選別していて、将来的に村から神殿という形に変えて人を選別しても、やっていることの本質は変わらないってわけだ。
結局のところ、私は宗教だとか信者だとかいう形式を無意識に忌避していただけなのかな。うーん、私の中における宗教に対するイメージの悪さよ。私が幼かった頃、新興宗教の類を白い目で見る風潮が社会の中にあったせいかなぁ。
さて、そんなことを感じつつも楽しいお茶の時間は終わり、私はそろそろお暇しようと帰り支度をする。預けていた上着を羽織り、渡されたお土産をアイテム欄に突っ込む。
そして、玄関ホールに来たところで、屋敷の奥からヘルが小走りで寄ってきた。
「なぎっちゃ。一つ頼みたいことがあるのですけれど」
ん? 改まって、なんだろうか。
「村にいるという魔道具職人に、仕事を頼みたいのです。近頃、ボイラーの調子が悪くて」
「連れてくればいいのかな。というか、今まで魔道具の修理とか設置とかどうしていたの?」
ヘルの屋敷には、魔道具の照明などがあちらこちらに設置されている。つまり、これらを設置した魔道具職人がいるはずなのだ。六百年間、メンテナンスなしで稼働し続けたとは思えないし。
そんな私の疑問にヘルが答える。
「いつもは魔法都市のひいきの工房に頼んでいたのですけれど、先方に何かがあったらしく、出張を断られてしまいまして」
ふむ。魔法都市の魔道具工房と取引があるのか。ヘルの神器があれば、そういうことも可能だろうね。
「新規の魔道具工房を開拓しようにも、私、世間に悪名が轟いていますから……その点、なぎっちゃの村の者ならば、神の存在にも慣れていらっしゃるでしょう?」
「なるほど。確かにあの兄妹なら請け負ってくれるかもしれないね。うん、帰ったら頼みにいくよ」
「お願いいたします」
そうして私は、村の自宅に転移して帰った。
外は……雪が降っているね。魔道具工房に行くの、だるいなぁ。明日にしようか。
◆◇◆◇◆
ヘルからの依頼を知らせた魔道具職人兄妹の反応はというと……。
「無理無理無理! 神様相手とか無理!」
と、兄のクレランス。
「聖王国ヴァルハラの女神様のお屋敷ですか……! 古い魔道具があるんだろうなぁ……見てみたい……!」
と、妹のカレン。なんとも対照的な反応だ。
しかしカレン、相手が神様なのに物怖じしないね。そのあたりを詳しく尋ねてみると……。
「私達は、幼い頃からヴィシュワカルマ様の工房に出入りしていたから……神様にも慣れているんです……」
なるほど。この村に来る前から神様慣れしていると。
うーん、本当にそうか? 私はクレランスを見る。
「でも、兄の方はあまり慣れていそうにないけど」
私がそう言うと、兄の方ではなくカレンが答える。
「兄さんはこう見えて、臆病な軟弱者ですからね……困ったものです」
妹にチキンハート扱いされる兄……! というか、二人は双子なので、しっかりしないと妹に工房主の立場を取られかねないぞ。
私がそう思っている間にも、さらにカレンは言葉を続ける。
「兄さんはヴィシュワカルマ様にも、客商売で弱気になるのはやめろと言われていたのですけれどね……」
「ふーん。そのヴィシュワカルマ神って、どんな神様なの?」
最近よく聞くようになった名前だ。
もしかすると神としての立場上、会う機会があるかもしれないので、知り合いらしい二人から情報を仕入れておこう。
「優しくて……全然偉ぶっていなくて……親戚のおじさんみたいに付き合えるお方です。魔法都市の子供達からは、ヴィおじさんって呼ばれています」
カレンのその言葉を聞き、私は頭の中で頑固そうな職人オヤジから、温和そうな小太りのおじさんにヴィシュワカルマ神のイメージを変えた。
すると、クレランスも私に向けて言う。
「庶民派の神様だが、偉大な神なのは確かだ。なぎっちゃも、その恩恵を受けている」
「ん? そうなの?」
「ああ。神殿に時刻を知らせる鐘があるだろう? あれって、ヴィシュワカルマ様が所持していらっしゃる『世界時計』がないと作れないんだよな」
あー、あの鐘か。正確な時刻に自動で音が鳴るという魔道具だ。村の神官さん曰く、どんなに小さな神殿でも必ず設置されている代物らしい。
「ヴィシュワカルマ様は神殿から距離を置いているが、時刻の鐘だけは神殿へ優先的に流していらっしゃる。人の住む場所には、必ず神殿があるからな」
そういえば、以前、神官さんが神殿は魔法都市と距離を取っているみたいなことを言っていたね。
でも、なんで距離を取っているんだろう。まさか、魔道具や魔法で世界が発展するのを神殿が抑制しようとしているとかじゃないよね?
と、そんなことを聞いてみると……。
「そんなわけないだろ。魔法都市は世界への影響力が強いのに、都市を守護する主神がいない状態なんだ。だから、ヴィシュワカルマ様が招いた神殿経由で、他の神が魔法都市を乗っ取ることがないよう牽制しているんだ」
クレランスが、あきれたように私に向けて言った。
ふみふむ。つまり、特定の神様が進出してこないよう、他国の神殿勢力を魔法都市から排除していると。ヴィシュワカルマ神は主神じゃないんだねぇ。
まあ、自前の神殿を作らずに工房を構えている神様らしいから、宗教とか面倒臭いと思っているのかもね。
と、そんな感じで話は逸れたが、兄妹はヘルからの依頼をちゃんと請け負ってくれた。
そこで、ヘルに対してアポイントメントを取るようイヴ経由で頼んだら、即日で来てほしいとのことで、私は二人を連れて転移魔法でヘルヘイムの屋敷に飛んだ。
私はヘルに温かく迎え入れられ、魔道具職人兄妹は従者達に案内されて、ボイラーの修理に向かった。
そして、ヘルと一緒に雑談をしながら待っていると、三時間ほどで兄妹が戻ってきた。
「修理完了しました!」
クレランスが、ヘルに向けてそう宣言する。
服は特に汚れてはいない様子だ。まあ、ボイラーと言っても魔石で熱を出しているだろうから、煤の類はないのかもね。
「ご苦労様です。思ったよりも早かったですわね」
ヘルがそう兄妹に向けて言い、二人をテーブル席にうながした。
「いやあ、あのボイラー、ヴィシュワカルマ様の工房で見たことあったので」
クレランスが着席しながら言う。横では、カレンもうんうんとうなずいていた。
すると、ヘルは目をぱちくりとさせる。
「あら。工房長の知り合いなの?」
「工房長って……ヴィシュワカルマ様ですか? 俺達、あのお方の工房に昔から出入りさせてもらっていたんです」
「そうなの。ヴィシュワカルマとは、昔からの付き合いですわ。この屋敷の魔道具は、全部あの工房に任せているのです」
「ええっ、じゃあ、なんで俺達に依頼を?」
「なにやら、魔法都市でいざこざがあって出張に来られないみたいですわね」
「心配だなぁ……」
ふむ。魔法都市で何があったんだろうね。正直なところ、私に関わり合いのない話なのだが……魔法都市では私関連のカルト宗教がはびこっているっていうし、変にこちらへ飛び火してこなければいいが。
「さて、手早い修理をしていただいたようですので、報酬には色を付けますわよ。支払いは銀貨と魔石のどちらがよろしくて?」
「魔石で!」
そうノータイムで答えたのは、クレランスではなくカレンの方だった。
クレランスは、妹の様子に苦笑しながら「魔石でお願いします」と言った。
クレランス、行くときはあんなに嫌がっていたのに、ちゃんとヘルとやりとりできているじゃん。やるときはやる男だね。
なんて考えていると、ヘルの従者がおぼんの上に魔石を載せてこちらに運んできた。
「うわ、なんだこの魔石! でけえ!」
クレランス、驚くのはいいけど神様の前で言葉が乱れているよ……。
「ここヘルヘイムで産出される、大型魔獣の魔石ですわ」
得意げな顔で、ヘルが言う。
その説明に、私はふとした疑問が浮かんだ。
「従者の人達って、ここの魔獣に勝てるの?」
「まさか。ヘルヘイムの魔獣は、かのオーディンですら手こずった強力な魔獣ですわよ。あくまで、寿命を迎えた死骸から素材を回収しているのです」
なるほど。死体漁りをして素材を確保して、屋敷を維持しているってわけだ。
「魔獣……えっ、魔獣ってどういうことです? ここって、俺達の開拓村みたいな、魔獣の領域の近くなんですか?」
クレランスが、私とヘルの会話を聞いてギョッとした顔をしながら言った。
そんな彼に、ヘルがにっこりと笑って答えた。
「ここはヘルヘイム。聖王国ヴァルハラの跡地にある異界の中ですわ。簡単に申しますと、魔獣の巣窟の中心部ですわね」
その言葉を聞いて、クレランスは「ひええ」とたまらず悲鳴を上げた。
すると、ヘルは面白おかしそうにクスクスと笑う。クレランスには、ちょっと刺激が大きすぎる場所だったかな?
「噂に聞く『魔獣の大鍋』の中心地……どんな魔獣がいるか見てみたいかも……」
いや、ちょっとカレンは物怖じしなさすぎだよ!




