62.魔道具って言っておけば、だいたいなんとかなる異世界ファンタジーの文明事情。
秋も深まってきた今日この頃。いつも通りに私は雑貨屋で店番をする。
そろそろ店にも慣れてきたので、店番を雇ってもいいかもしれない。暇そうな人でも捕まえて、店員に……といきたいところだけど、村で暇をしている人なんて、子供ですらいない。
みんな、何かしらの仕事を毎日している。パートタイムで働きたい、時間を持てあました主婦なんて存在しない場所だ。
これは、あとで村長さんに相談かな、などと思っていると、ドアベルの音が鳴った。
入口に目を向けると、ちょうどマリオンが入ってくるところだった。
「ここが雑貨屋よ!」
鍛冶屋の奥さんの出産以来、落ち込んでいたマリオンだが、今日は元気そうだ。
そんなマリオンの後から、二人の男女が入店してくる。村人ではない、知らない顔だ。
私がその二人に注目していると、マリオンが真っ直ぐこちらに近づいてきた。
そして、私に向けて口を開く。
「なぎっちゃ、新しい村人が来たわよ!」
おや? そんな話は誰からも聞いていないけれど、村に訪れたばかりの人だろうか。
ここは開拓村だが、そうそう新規で入植してくる人はいないと、村長さんが言っていたのだけれども……。
「紹介するわ。魔法都市出身の魔道具職人のクレランスとカレンよ。双子の兄妹なの」
緑髪を短く切りそろえた二十歳くらいの青年と、緑髪をボブカットにした同じく二十歳くらいの女性だ。なるほど、双子。確かに顔立ちはそれなりに似ている気がする。
「クレランス・タナーです! よろしく!」
「カレン・タナーです……ええと、よろしくお願いします……」
それぞれが挨拶してくるので、私も言葉を返す。
「なぎっちゃだよ。村の雑貨商だよー」
カウンターに座りながら、手をフリフリと振る。
すると、マリオンが双子に対して言う。
「さっき説明した通り、この人は魔法使いで神様だから、一定ラインを越えないよう気をつけなさいね」
一定ラインって、なんのライン……?
「怒らせないようにするよ!」
「失礼がないように……します……」
「お願い。私、村に滅んでほしくないから」
クレランス、カレン、マリオンがそれぞれそんなことを言う。ちょっと待て。
「いやいや、三人とも、私、怒ったからって破壊神にはならないよ。むしろ村を守る側!」
「ちなみに、私がこの村に来るちょっと前に、天空城バベルを落としたらしいわ」
「ヒュー」
「ひえー……」
くっ、事実なので反論できない……!
……まあ、せっかく来てくれたんだ。お茶でも出そう。
席を立ちながらそんなことを私が言うと、それまで大人しかったカレンが食いついた。
「お茶があるんですか!? こ、紅茶ですか……?」
「紅茶も緑茶もウーロン茶もあるけど……」
私は、少しひるみながらそう言葉を返す。
「紅茶でお願いします……もう一ヶ月以上飲んでいないんです……」
「お、おう。待ってなさい。今淹れてあげるから」
そして、住居のキッチンでガラスのティーポットに紅茶を人数分作り、店舗に戻る。
カウンターにティーポットを置くと、カレンだけでなくクレランスとマリオンもティーポットに目が釘付けだった。
「うわあ、ガラスだよ。すげえ」
「はわわ……」
私が紅茶を入れる様子を驚きながら見るクレランスとカレン。
マリオンは、私の手元に注目しながら、こちらに向けて言葉を投げかけてくる。
「ガラスに熱湯なんて注いで、割れないの?」
「なんか、南方の新製品で、耐熱ガラスだって。お茶の産地で見かけたよ」
「お茶の産地!」
お、おう。カレンがまた食いついてきた。
「はわー、一度行ってみたいです……」
「カレン、お茶好きなの?」
私がそう尋ねると、カレンは目をくわっと見開いて答える。
「紅茶は、魔法都市の人間の血液みたいなものです……!」
私は「そうなの?」とマリオンに話を向けると、「そうかもね」と返ってきた。
なるほど、魔法都市の人の嗜好って、イギリス人みたいだなぁ。地図で見ると、魔法都市って東方の島国にあるし、島国という点では割とイギリス感があるかもしれない。
さて、紅茶を人数分淹れ、角砂糖の瓶を出すと、私はあらためて話を聞く姿勢をとる。
すると、マリオンが代表して話をし始めた。
「この人達は私が魔法都市でお世話になっていた魔道具工房の弟子で、私を追ってこの村までやってきたの」
「マリオンを追って? 連れ戻しに来たわけじゃないよね。新しい村人だって言っていたし」
「そうね。実は魔法都市の職人には、一つの制度があるのよ。遍歴職人制度って言って、親方に一人前と認められた弟子は、数年間魔法都市の外に出て、諸国を巡って修行の旅をするの」
「へー。修行の旅。……職人が旅って、危なくないの?」
「危ないわよ。でも、二人が所属する『指先の学派』も、立派な魔法使いの学派よ。攻撃魔法も少しは使えるだろうから、野良の獣くらいは追い払えるでしょう」
へー、魔道具職人って魔法使いなんだ。魔道具には私、全然詳しくないんだよね。
しかし、野良の獣か。確かに、それも危ないんだけど……。
「野盗は?」
私がそう尋ねると、マリオンはすぐに答える。
「野盗なんて出るような地域は限られているから、行き先の評判をちゃんと調べていればそうそう遭わないわよ」
「村ごと野盗でした、みたいなケースはないの?」
「そんなの、領主の耳に入ったら即刻滅ぼされるでしょうに」
そんなものか。日本の戦国時代の落ち武者狩りみたいに、村人が武装して誰かを襲うみたいなことはしないのか。
「大昔ならいざ知らず、ここ最近は豊穣神様の尽力のおかげで麦の取れ高がいいから、農民が飢えて野盗に落ちるということはそうそう起きないわ。よほどの天候不良が起きたなら別だけれど」
「なるほど、品種改良で収穫倍率が上がった地球の麦を神器でお取り寄せしているのか……」
地球の技術発展が、まさか異世界に波及しているなんて。地球人の私も、これにはビックリ。
マルドゥークは、何もせずに月日が経過するだけで勝手に品種改良が進んでいるのだから、ニッコニコだろう。
「例外もあるけれどね。村の奥様達の出身地とか。あそこは寒くて小麦が育たないから、いつもカツカツよ」
「あー、身売りされてこの村まで来たんだっけ」
東方にある寒村出身という、村の女衆を私は脳裏に浮かべた。地球じゃ寒冷地で育つ作物とかもあるけれど、マルドゥークはそこまで手が回っていないのかな。
口減らしをするほど厳しい地方かぁ。
そうだ、口減らしと言えば、魔法都市の若い職人を外に出すって、ていのいい口減らしだったりしないかな。外に出た職人が、全員戻ってくるとは限らないし。魔法都市を出て諸国巡りって、建前でしかないのでは。
そのあたりを尋ねてみると、職人の兄の方、クレランスが答えた。
「その通りだな! 魔法都市では職人が飽和していて、うちの学派や魔道具職人ギルドでも問題視されていた。そこで、若い職人を修行の旅に出させる制度ができたんだ」
職人の世界、世知辛いなぁ。
「しかし、修行を終えて帰っても、俺達に居場所はないだろう。それほど魔法都市の職人は飽和している。魔法都市生まれの人間って、外に出て行きたがらないからな。魔道具職人も魔法使いも、外の世界では引っ張りだこだっていうのに」
「あー、都会を離れたくない気持ちは、よく解るよ」
私も地球では東京在住だったが、地方に行けとかもし言われたら、全力で拒否していただろうね。
それだけ都会の生活は便利で快適なのだ。魔法都市が都会かは知らないけど、魔道具が豊富にあるんだったらきっと便利な生活だったんだろうね。
「俺達は、魔石の産地であるこの村で、職人として定住したいと思っている。魔法都市に帰るつもりはない」
おや、クレランス、ずいぶんと覚悟が決まっているな。
私は、妹のカレンの方を見る。
「えっと……魔法都市では最近、怪しい宗教が流行っていて、居心地がすごく悪かったんです。だから、出てこられたのはちょうどいいタイミングだったかなって……」
うわ、出た。カルト宗教。どんだけ魔法都市の住人に嫌われているんだ。いや、むしろ逆に、流行っているんだから住人に受け入れられているのか?
そんな微妙な話題になってしまったからか、皆しばらく無言で紅茶を飲み、やがてカップの中身を空にしたマリオンが話を切り出した。
「それで、この人達は村に住むことになるんだけど、これから冬になるでしょう? ここは雪が積もるから、家と工房を建て始めるタイミングとしてはよくないのよね。だから、うちにしばらく滞在させるんだけど、必要な生活雑貨をここでそろえようと思って」
「ああ、村長さんちに一時的に住むんだ。でも、住めるところあったかな?」
私がそう聞くと、マリオンが渋い顔をして答える。
「部屋はあるわよ。客間が」
「物置になっていたよね」
「うっ……」
「今日明日で片付けられるの?」
「ちょっと無理そうね……」
うーん、これはこれは。商売のチャンスだ!
「ねえ、二人とも。実は私、コテージを一個持っているんだ」
「ん?」
私の言葉に、マリオンが首をかしげる。
「前に手に入れてから、一度しか使ってないまま『倉庫』の肥やしになっているんだけど、家ができるまで、このコテージを借りる気、あるかな?」
私は、ゲームの倉庫画面を開いて、アイテムアイコンを三人に見せつける。
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