6.連座って理不尽すぎるよね。
どうやらこの国は法治国家と言えるほど社会の仕組みがしっかりしていないようで、法に詳しい役人がつく公平な裁判などは、村では行なわれないようだった。
刑罰は、村長さんと村に在住している神官さんが協議して決めるようだ。
そして、現在その刑罰を決める時間だ。村の中心部にある広場に村の顔役達が集められている。
優しそうな顔をした初老の神官さんが、手元に書類を持ちながら、今回の経緯を説明し始めた。
「罪人ソフィア・フンフランシー・ララ・ドギュールは元男爵令嬢だそうです。父である男爵はここからいくらか離れた町で代官をしていたそうですが、汚職が発覚。家は取り潰しとなり男爵は縛り首。ご令嬢は魔の領域への追放刑を受けました。罪人ソフィア、ここまで相違ないですね?」
神官さんが罪人にそう尋ねた。
罪人は、十二歳ほどの少女だ。汚れたドレスを身にまとっており、肌や髪も薄汚れている。罪人らしく、腕には木でできた手枷がはめられていた。
そして、逃げださないか監視しているのか、村の戦士達が少女の両脇に立っている。
「私は何もしていませんわ。私は何もしていませんわ」
そう涙ながらに訴える少女。
それを神官さんは痛ましそうに見ながら、さらに言葉を続けた。
「何もしていなくても、親の罪を背負うのが連座というものですよ。さて、魔の領域、すなわち魔獣の森へと追放された罪人ソフィアですが、追放する側は森の奥深くまで足を踏み入れることを恐れたのでしょう、彼女は命からがら森から抜け出し、この村まで辿り着きました」
そこまで説明したところで、少し周囲がざわめいた。よく無事だったな、という言葉が顔役達から漏れている。よほど魔獣の森という場所は厳しい環境のようだ。
しかし、森の手前に追放して逃げ出されるくらいなら、しっかり自分達の所で刑を執行しておこうよ。まあ、今回ばかりは幼い少女が無事でよかったけどさ。
「村に辿り着いた時刻は夜で、月明かりである程度視界が確保できていたそうです。そこで、村に侵入します……柵を登って乗り越えたそうです。そして建物の形状から食料庫の場所を割り出して、備蓄していた肉や豆を盗み食いしました。そこに、戦士団の巡回がやってきて、捕縛が行なわれました。三日前のことです」
「正面から村にやってきてくれれば、飯くらい恵んでやったのになぁ。くだんの町とうちの村は同じ辺境伯領だが、距離があるから何の関わりもねえし」
村長さんが腕を組みながらそう声を絞り出すようにして言った。
神官さんはその村長さんの様子に苦笑しながら、言葉を放つ。
「さて、罪状としては軽窃盗でしょうか。今回の被害規模ですと、盗んだ品の返却が行なえないのを加味して、指を一本切断するといった刑が妥当です。それと、村の外からやってきた外部の人間による犯行ですので、村からの追放が追加されるでしょうか」
「痛いのは嫌ですわ。痛いのは嫌ですわ」
「そうですね。そこで救済案を一つ。実は先日、村に魔法使いの方がやってきてくださいました。彼女は神器由来の未知なる魔道具を所有しているそうで、その効果が適切に発揮された場合、村に多大なる恩恵が与えられます。ですので、今回はその魔道具が適切な効果を発揮するかの実験台になってもらうことを刑としたいと思います」
その神官さんの言葉に、罪人の少女は青ざめる。
「なぎっちゃ様、前へ」
「魔法の実験なんて嫌ですわ。実験なんて嫌ですわ」
お、おう……。
なんだか、すごく悪いことをこれからするような感じがあるんだけど……。
どんな副作用があるか判らない実験って、もしかして指を落とすより危ないのかな。
私がそう怯んでいると、横に立つジョゼットが私に向けて言った。
「なぎっちゃ。罪と人とを結びつけるな。幼い少女でも罪は罪だ。それに、彼女が没落したのは村の外の出来事であり、情状酌量するには当たらない。彼女は罪人であり盗人だ。あまり気を咎めるな」
それはそれでどうなの!?
うーん……。
『マスター』
と、イヴだ。どうしたの、こんな時に。
『裁判の前に神官様と協議をしたのですが……おそらく、マスターのアイテムを使ってもひどい結果は起こらないかと』
「あ、そうなの?」
いつの間にそんな話し合いを。
『神官様は神器について詳しいらしく、話を聞きましたところ……悪意が込められた神器の力でない限り、そう人に悪い影響は及ぼさないそうです』
「悪意が込められた神器……」
『マスター所有のアイテムですと、ステータスダウン効果のある装備や、毒アイテムなどのようなものですね』
「そっかー、じゃあちょっとやってみるかな」
私は歩み出て、神官さんの前に立つ。
そして、アイテム欄を開いて、中から経験値10000チケットを一枚取り出した。
「ほう、それが……手に取ってもよろしいですかな?」
神官さんの目がきらりと怪しく光る。
この世界における神官は、実在する神様を祀っている人達なんだけど、神器についても詳しいらしい。神様の多くがなんらかの神器を所有しているからだそうだ。そもそも神様とは、神器ほどではないが創世の力を身に宿した存在だそうだ。あれ、ということは私ってこの世界じゃ神様みたいなもん?
「間違って使用しないでくださいね」
私はそう言って、チケットを神官さんに手渡した。
「この紙を使用するというのがどういうことか判りませんが……ほう、そういうことですか。なるほど、手に取っただけで使用方法が判りますね。素晴らしい! これが神器由来の魔道具ですか!」
「間違って使用しないでくださいね!」
私が念を押して言うと、神官さんは残念そうな顔をする。
ごめんて。危険性がないと判ったら、一枚くらい融通しても構わないから。
「では、罪人に刑を執行します。この魔道具を使用してください」
「私は嫌ですわ。私は嫌ですわ」
ガクガクと震える罪人の少女の手に、神官さんはチケットを握らせた。
「これを拒否すれば指の切断ですよ? ですが、魔道具を使えば放免です」
「指は嫌ですわ。指は嫌ですわ」
そうして、罪人の少女はチケットを〝使用〟した。
彼女の目の前に、『経験値10000チケットを使用しますか? はい いいえ』という確認画面が現れる。日本語でだ。
「これはどうすればいいのかしら? どうすればいいのかしら?」
困惑する少女に、私は苦笑しながら言った。
「左側、文字が二文字の方を選択して」
「やってみますわ。やってみますわ」
そして、『はい』が〝選択〟され、少女の身体が突如、光に包まれた。
これは、レベルアップを知らせるMMORPGのエフェクトだ。
少女の頭上に小さな天使が現れ、ファンファーレを鳴らす。
「おお、なんと神秘的で神聖な……」
神官さんがその場にひざまずいて、何やら祈りを捧げている。うーん、まあ、今回のレベルアップは神器由来のシステムによるものだから、あがめてもおかしくない対象か。
「力が溢れてきますわー!」
少女はそう叫ぶと、両腕を天に掲げ拳を力一杯握りしめた。すると、木でできた手枷が鈍い音を立てて壊れる。
その光景に、周囲の人達があっけにとられて呆けた。
「あっ、逃げるチャンスですわー!」
手が自由になった少女が、突然その場から駆けだそうとした。
「あ、こらてめえ!」
村長さんが、とっさに取り押さえようとする。だが、筋肉ムキムキで大柄の村長さんをなんと、少女は軽々と投げ飛ばしてみせた。
「力がみなぎってきますわー!」
あー、そうね。≪看破≫技能によると、彼女の今のレベルは、レベルなしから『Lv.8』に上がっている。
そんだけ上がれば、そりゃあステータスが高めだとはいえ、レベルなし、すなわち『Lv.1』相当の人間なんて、軽々と投げ飛ばせるよねぇ。
「逃げますわー!」
他にも取り押さえようとした戦士達を打ちのめしながら、少女はこの場から脱出しようとする。
うーん、何やってんだこの子。魔道具使えば放免って言われていたよね?
猛烈な力で暴れ回る少女のせいで、裁判はめちゃくちゃになってしまった。
これ、私がなんとかしなくちゃいけないよねぇ?