57.ケーキはおつまみ。いや、本当本当。
魔法都市帰りの少女マリオンとの魔法対決から一晩が経ち、朝。
雑貨屋を開けて、カウンターでのんびりと本を読んでいると、マリオンとジョゼットの村長家姉妹が店にやってきた。
そして、マリオンはカウンターに居る私のところまで歩いてくると、何やら手に持った板チョコレートくらいの大きさの銀板を私に掲げてみせた。
「ほら、どう? オリビア魔法学院の卒業証書よ。これで、私が飛び級したことを認めるわね?」
あー、この銀板、卒業証書なのか。
飛び級の天才というのは本当なのかもしれないね。
「そもそも私、卒業したってこと最初から疑っていなかったけど」
私がそう言うとマリオンは、はっとなって、恥ずかしそうに銀板をローブの腰に巻いたポーチにしまった。
そして、何事もなかったかのように表情を切り替え、再び言葉を口にする。
「で、お互い村に所属する魔法使いとして、来歴を伝え合いましょ。昨日言っていた、学派がないって話も気になるし」
「ああ、うん。いいけど、ジョゼットに私のこと聞いていない?」
私がジョゼットの方を見ると、彼女はさっと目をそらして言った。
「昨夜は、マリオンの話を聞くだけで終わってしまってな。村のことは何も話していない」
「何もって、今のこの村、かなり注意事項があると思うんだけど……」
神様とか、神様とか、神様とか。
「ああ、だからこうして妹に同行して、失礼がないよう見張っている」
「失礼って、まるで私が礼儀知らずみたいじゃない。私、礼儀作法の授業も満点だったんだから」
魔法都市って、礼儀作法も学ぶのか。
貴族としての作法を何も知らないっぽいジョゼットより、マリオンの方が貴族の娘として優秀だね……。ほら、村長さんって一応、最下級の貴族だからさ。
「さて、じゃあ、私の来歴から話すわね」
マリオンがそう言いだしたので、私はカウンターの奥に用意しておいた来客用の椅子を二つ出し、彼女達を座らせた。
そして、≪クリエイトフード:リラックスティ≫の魔法でお茶を出してやると、マリオンは、おどろきの表情を浮かべ「なかなかやるわね」と言った。
お茶を一口飲んでまたおどろき、「あなたの来歴が気になるけど、私からだったわね」と話を始めた。
「私は、子爵家の庶子である父さんの次女として、十四年前に生まれた。当時の父さんは傭兵団の団長で、今は準男爵としてこの村の領主をしている。ここまでは、いいわね?」
「うん、そこまでは、私も知っているよ」
「で、四年前、私が十歳の時に、辺境伯閣下の推薦で魔法都市に留学したの」
四年前か。確か、村長さんが以前、祭りを開催したのは四年前だったと言っていたね。この子を送り出すための送別会が祭りになったのかな?
「魔法都市に行った私は、各国の貴族の子が集められるオリビア魔法学院に入れられたの。そこで私は、村で役立つ魔法を覚えるため、飽食の学派に入ったわ。飽食の学派は、人を飢えさせないための魔法を追求する学派で、肉魔法、植物魔法、土魔法といった食材を作り出す目的の魔法を中心に習得するわ」
はー、食材を作り出す魔法。戦闘用の魔法に偏重している大賢者とは、えらい違いだね。
「それで、優秀な私は、飛び級で二年早く学院を卒業したわけ。本当はしばらくそのまま魔法都市で研究員をしていてもよかったんだけど、なんか怪しいカルト宗教が流行りだしていて、面倒くさくなって出てきたのよね」
「カルト宗教て……」
神様が実在するこの世界でもそんなのあるのかぁ。
「なんでも、魔法神が新たに生まれたから、魔法都市を挙げてその神様をあがめようって教えらしいわ」
「それは……」
マリオンの説明に、口をもごもごさせながらジョゼットが私を見る。
いやいやいや、あがめられても困るけど。魔法都市まで私の存在、伝わっていたんだぁ。辺境伯経由かな?
「そのカルト宗教と、魔法都市に元々あった、魔法都市を作り出した魔法神をあがめる宗教が対立して、なーんか不穏なことになっていたのよねぇ」
「魔法都市って、魔法神が作ったんだ。そんな神もいるんだね」
「はあ? 当たり前でしょ。人を魔法使いに変える神器があるんだから、それを作り出した神様だって、いたに決まっているじゃない」
そう言われればそうである。
「あなただって、あの神器に祝福されたんだから、それくらい覚えておきなさいよ。まあ、私は魔法神をあがめていないから、口うるさくは言うつもりないけど」
マリオンは魔法神を信仰していないのか。
宗教関連でヘスティアやベヒモスと一悶着起こさないなら、何を信仰しようと構わないけどね。
「ま、宗教は、魔法都市を出た私にはもう関係ないわね。しかし、清々したわね。最近は、なんだか変な男に付きまとわれていたし、気分が楽になったわ」
「変な男?」
「そ、同じ学院の男で、私をカルト宗教にしつこく誘ってくるの。どこ行ってもなぜか見かけるし、気味が悪かったわ」
うへえ、そりゃあきつい。ストーカーでカルト宗教信者とか、最悪すぎる。
私がドン引きしていると、マリオンはさらに言葉を続ける。
「とりあえず村に戻ったからには、魔石を集めて、どんどん魔法を鍛えないとね。魔法都市は魔石が高くて困っていたのよ。父さんの仕送りの魔石がなかったら、とても飛び級はできなかったわね」
「あー、魔法使いって、魔石を身体に取り込むんだったね」
「は? なに当たり前のことを言っているのよ。あなた、本当に魔法使いなの?」
「そうだよー。肉魔法は使えないけどね。≪バロメッツ≫、インパクトすごかったね」
「あら、見る目があるじゃないの」
「あれを食べろって言われたら、ちょっと引くけど」
「なんでよ!」
なんでと言われても……肉が地面から生えてくるんだよ?
花からうにょにょって。ちょっと食欲が減衰するよ。
「屠殺も解体も必要ない、人道的な魔法なのに!」
「人道的とか、この世界で初めて聞いた言葉だ……」
「あなたも魔法都市出身なら、そのあたりの感覚は解るでしょう」
「あー、それなんだけどね……私、魔法都市出身の魔法使いじゃないんだ」
私がそう告白すると、マリオンはおどろくこともなく、納得した表情で言葉を返してくる。
「……やっぱり、そうじゃないかと思っていたわ。魔法都市とは別系統のなんらかの力を持っているわけね。どこかの神様の使徒か何かかしら?」
そんなちょっと惜しい推測をするマリオンに、私は告げる。
「実は私、天上界出身の神様です。神を超えた神、超神ってやつ」
「はあ!?」
「神様なので、いろんなことができるよ。こうやって、アイテムを取り出したり……」
私は、アイテム欄から神器の皿を取り出し、マリオンに持たせた。
「えっ、これ、神器……? えっ、天上界にあった皿!?」
神器は所持すると、天上界でどのような存在だったのかが感じ取れるんだよね。
その感覚で、この神器の皿の正体をつかんだのだろう。
「他にも、こんなアイテムを持っていたりね。あとは、あなたに見せたように、魔法が大の得意だよ」
アイテム欄から、経験値10000チケットを取りだし、マリオンに渡す。
それを渡されたマリオンは、混乱したように激しくまばたきした。
「えっ、持っただけで使い方が解って……?」
「それ、村人の成人に一人一枚売っているんだけど、マリオンは村で働く魔法使いになるみたいだから、特別に卒業祝いで一枚ゆずってあげる。ジョゼット、いいでしょ」
私に突然話を振られたジョゼットは、少し考え込み、口を開く。
「マリオンは成人前だが、魔法使いとして森に狩りへ行く必要がある。強くしていただけるなら、ありがたい」
「だって。マリオン、それ使っていいよ。その経験値チケットは――」
私は、混乱するマリオンに、経験値チケットの説明をした。
使うだけで強くなれる、との言葉にマリオンはうさんくさそうな表情を浮かべた。
だが、持っただけでチケットの使い方が理解できるという不思議現象に、次第に納得の表情へと変わっていった。
さて、経験値チケットを使う前に、≪看破≫でマリオンのステータスを確認しておく。
ふむふむ……レベルはないけど、ステータスの数値的には『Lv.3』くらいの身体能力はあるね。魔石の魔力を身に取り込んで、超人化しているのだろう。特にMPの数値と魔力の数値が高かった。
「それじゃあ、使わせてもらうわね」
経験値チケットをマリオンが使うと、光のエフェクトが彼女の足元から立ち上り、頭上に小さな天使が舞った。
無事、『Lv.8』になれたようだ。
マリオンは顔の前で拳をにぎったり開いたりを繰り返すと、急にはっとした表情になり、私の方へと向いた。
そして、私の前で頭を下げ、両の腕を突き出して手の平を上に向けた。これは……この周辺地域での謝罪のポーズ。
「魔法神様! あなた様の信徒達をカルトと呼んで、もうしわけございませんでした!」
えっ、ええ?
あ、ああー。そういう勘違い。
「頭を上げて。私は確かに魔法神だけど、そのカルト宗教には、私、一切関与していないから」
すると、マリオンは恐る恐る頭を上げると、ちらりとこちらに目を向けてきた。
「そうなんですか?」
「私は庶民派魔法神だから、信者や神殿は持っていないよ。私をあがめている人がいたとしても、非公認。カルト化しているとか、潰したいくらいだね」
「よ、よかったー……」
マリオンは、涙目で椅子に深く座りこんだ。
私は、そんなマリオンに、カウンターの上へ置かれた神器の皿を手に取って差し出す。
「ほら、おどろかせたおわびに、これ食べていいから」
神器の皿を起動して、おつまみを出現させる。
それは、洋酒を飲むときのおともである、チョコレートケーキだ。ついでにアイテム欄からフォークも取りだし、マリオンの前に置いてやる。
「うう……心臓が止まるかと思ったわ。あっ、これ美味しい……」
そんなやりとりをしたのち、私はマリオンに私を神としてあがめなくていいと伝えた。
自分は村の雑貨屋さんで、人として扱われることを望んでいる。魔法使いとしても、マリオンの領分を侵すつもりはないと。
チョコレートケーキを食べながらそれを聞いていたマリオンは、「了解したわ」と受け入れてくれ、互いに村の魔法使いとして頑張ろうと言ってくれた。
それに合意した私は、改めてマリオンと握手を交わす。
そして、手を離した瞬間に、私は言う。
「ちなみに村にはヘスティア神とベヒモス神が滞在しているから、気をつけてね」
「なんでよ!?」
いや、本当になんでだろうね。
ともあれ、こうして村に新たな住民として、一人の魔法使いが加わったのであった。