54.城なのに塔の名前がついているのはモヤモヤするそんな大決戦。
無駄なやりとりをしている間に、南西の空に、空飛ぶ物体が見えるようになってきた。
天空城バベル。まさに中世ヨーロッパの城といった姿のそれは、どんどん村へと近づいてくる。
「ヘルヘイムに逃げた方がよいのでしょうか……」
ヘルが、私の袖をぎゅっとにぎったまま不安そうに言う。
うーん……。
「できれば、ヘルに迷惑をかけるような邪神は、ここで滅ぼしておきたいね」
私がそう言うと、ヘスティアが私に向けて言葉を放った。
「村が戦いに巻き込まれてしまうのじゃ」
「あー、アイギスで防御壁張って、その間に乗りこむのはどうかな」
「うーむ、アイギスならばそうそう破られることはないじゃろうが……」
アイギスとは、私がこの世界に落ちてきた直後に邪神を倒して手に入れた、バリヤーを張る神器である。ヘスティアも、その神器の存在は知っているのだが、アイギス頼みにすることに不安そうな顔を見せる。
すると、横からマルドゥークが言った。
「ヘルが一度訪れた村です。オニャンコポンは徹底的に家捜ししようとするでしょうね。当然ながら、住民は皆殺しにして」
そんな話をしている間に、天空城はどんどんと村へと近づいてくる。
すると、そんな天空城に向けて、北の空から何かが飛んでいくのが見えた。あれは……。
「ヤモリくんだ!」
オーラをまとったドラゴン形態のベヒモスが、天空城へと吶喊をかけた。
「あー、反撃食らったね」
天空城からビームのようなものが大量に発射され、ベヒモスはそれから逃げるように飛ぶ。しばらく天空城の射撃が続き、ベヒモスは村の広場に向けて逃げてきた。
広場の上空でベヒモスは光に包まれ、人の姿に戻って落下した。そして、着地を決めて、こちらに歩いてくる。
「駄目だ、あの位置では、落とすに落とせん。ブレスを撃ち込んでも、村の上に瓦礫が落ちる」
そりゃ大変だ。どうしたものだろう。対空砲撃があるなら、突入も難しいかもしれない。
私が考え込んでいると、ヘルが私の袖を再び強くにぎった。
うん、こんなにヘルを困らせるとは、許すまじ。
私は、オニャンコポンを徹底的に叩くことを心に決めた。
「奴は何を狙って村までやってきた? 死者蘇生の神器でも誰ぞ持ちこんだか?」
神の中で、唯一、事態を把握していないベヒモスがそんな疑問を投げかけてきた。
すると、皆の視線がヘルに集中する。
一斉に見られて、ヘルの肩がビクッと跳ねた。
「わ、私、ヘルヘイムへ帰ります。そうすれば、もしかしたら村に被害がいかなくなるかもしれませんわ」
「いや、オニャンコポンを倒そう」
ヘルの言葉を否定するように、私はそう言った。
「乗りこむのか?」
ベヒモスがそう聞いてくるが、答えは否。
「城を落とす方向で、北に誘導しよう。ヘルが北に移動すれば、それを追ってくるでしょ?」
私がそう言うと、マルドゥークが「はい」と答える。
「オニャンコポンは、なんらかの探知用神器と、神としての権能『千里眼』で、ヘルちゃんの居場所を捕捉していると思われます」
千里眼か。空飛ぶ城を運用するのに相応しい権能だ。
「じゃあ、魔獣の森を越えた草原に移動しよう。あそこなら、落としても問題ないでしょ」
「そうですね。では、私のマンジェトに乗って誘導しましょう。最高速度はマンジェトの方がはるかに上です」
そう決まり、私達はヘルの空間転移の神器を使って広場上空の飛空艇マンジェトに乗りこみ、北を目指した。
あ、念のため、村にはアイギスの障壁を張って、天空城からの攻撃を受けないようにしてあるよ。
マンジェトが北上すると、天空城は見事にそれを追って、開拓村から離れてくれた。
よしよし。
そして、森を縦断し、巨大な魔獣の住処となっている草原へ到着。
マンジェトの上で、改めて作戦会議が開かれる。
ペガススの背に手を乗せながら、バックスが言う。
「さて、落とせる場所まで来たわけだけど、どうする? ベヒモスのブレス頼み?」
対するベヒモスの見解はと言うと……。
「正直、あの大きさの城に、どこまで我のブレスが通用するかは解らんが……」
「最悪、ベヒモスとマンジェトに囮になってもらっている間に、僕のペガススで城に潜入か……」
「なぎっちゃは、空飛ぶ幻獣を呼べると、村の子から聞いたのじゃ」
ヘスティアのその言葉に、皆が私の方を向く。
「ああ、大丈夫。ここまで来たら、もう私達の勝ちだよ」
私は、草原に辿り着いた天空城を見ながら、そう言った。
「はあ?」
そう言葉を放ったのは誰だっただろう。まあ、そんなことはどうでもいい。私達の勝ちだ。
私は、高らかに告げる。
「イヴ! 支援爆撃! 目標、天空城バベル!」
『かしこまりました。支援爆撃開始』
次の瞬間、天空城が爆炎に包まれた。
「お、うおお、なんじゃあ!?」
ヘスティアが叫び声を上げる。他の面々も、それぞれ驚愕している。
唯一落ち着いているのは私だけで、私は腕を組んで爆発炎上する天空城を見守った。
断続的な爆発は続き、やがて天空城は浮力を失い、地表に向けて落下していく。
落下の最中もイヴにより支援爆撃は行なわれ、地面に衝突してから、ようやく爆発が収まった。
それと同時に、私の身体を光のエフェクトが包み、私の頭上に小さな天使が舞った。
「あっ、レベル上がった」
嬉しいことに、今の爆撃で経験値が私に入ったのか、なんと大賢者が『Lv.101』に到達した。
「い、今のは、強くなる紙を使ったときの光ではないか?」
ヘスティアが、驚きながらもそんなことを言ってきた。
「うん、私って、敵を倒すとパワーが蓄積していって、一定以上溜まると強くなれるんだ。イヴの攻撃でも、私が倒した判定を受けるんだね」
私は、地上で瓦礫の塊となった天空城を見ながら言う。
「この様子じゃ、城の中にいたゴーレムとアンデッドは全滅かなー」
そんな私の能天気な発言に、場の空気が弛緩する。
「いろいろ突っ込みたいことはあるが……」
ベヒモスが、何か難しそうな顔をしながら私に向けて言ってくる。
「パワーの蓄積とは、もしかして倒した相手の魔力を取りこむのか……? ものすごい勢いで、天空城から魔力がそなたのもとへと流れていったぞ」
そんなベヒモスの言葉に、バックスが「今聞くべきはそれじゃないでしょ!」と突っ込む。
バックスの言葉を無視して、私はベヒモスの疑問に答えてあげることにした。
「そうだね。経験値っていう形で、相手の力を取りこむよ」
「そうか。邪神に堕ちて、我が臣民を殺して回るようなことはしてくれるなよ」
「しないよー。倒すのは魔獣で十分」
人を殺して悦に入る趣味はないんだよ。オニャンコポンは死んだかもしれないけど。
そう思っていると、地上の瓦礫の一部が突然、弾け飛び、下から何かが出現した。
それは、異形の怪物。人型をしているが、その造形はどこか冒涜的で、体表はおぞましい何かで覆われていた。
「うわっ、キモッ」
思わずそんな声が漏れてしまった。
「アンデッドだね」
バックスが、異形を注視しながらそんなことを言った。
さらに、ベヒモスが言う。
「感じ取れる力は、オニャンコポンのものだな」
「うーん、あんな姿じゃなかったはずなんだけど」
「大方、落下の衝撃で死にかけて、アンデッド化の神器でも使ったのではないのか?」
「あー、それだね、きっと」
そんな会話をベヒモスとバックスが交わしている。
「どれ、今度こそ皆で決戦だな。マルドゥークよ、船を降ろせ」
ベヒモスがマルドゥークにそんな言葉を告げる。
すると、私の横にいたヘルが、不安そうに私の袖をにぎった。
むむむ、オニャンコポン、許すまじ。
「イヴ、支援砲撃」
『かしこまりました。プラズマキャノン発射』
それから数秒後、はるか上空から、ぶっといビームが降ってきた。
そのビームは正確にアンデッドを飲みこみ、瓦礫に大穴を穿った。
突然の事態に、皆が黙り込む。
「……なあ、邪神退治には様式美というものがあるのでは、と我ですら思うのだが」
ベヒモスが、ジト目で私の方を見てくる。
「知らないよ。楽できるのが一番だよ」
そんなこんなで、邪神は滅んだ。