51.ここは人類勢力境界線。
村に警鐘が鳴り響き、続々と畑に武装した戦士達が集まってくる。
人数が多いので、私が補助魔法をかけてまわるのは、あまり現実的ではない。
話を聞くに、敵は群れで村に近づいているらしい。範囲殲滅が苦手なMMORPG出身の私は、攻撃側に回るよりも防御側、特にヒーラーを担当した方がよいだろう。
戦況を見守るために、村長さんの指示通りに見張り台に登った。
空を見上げると、いつの間にか夕刻が迫ってきていて、色が赤く染まり始めている。
畑と魔獣の森の中間地点にある草地に、戦士達がかがり火を焚くと、陰り始めていた一帯に明るさが戻る。
相手は狼。攻めてくるのは夜になるかもしれない。
そう思っていたら、狼の遠吠えが聞こえてきて、角狼が次々と森の中から飛び出してきた!
「来たぞ! 矢を放て!」
角狼に対し矢を射かける戦士達。だが、当たらない。
角狼が弓手に迫るが、槍を持った戦士達が横からブロック。角狼を一撃で倒していった。
私はそれを見ながら、見張り台の上で叡智の大図鑑を手に、いつでも回復魔法を撃てるように待機する。
ゲーム時代の魔法には射程があり、離れすぎると発動しなかった。だが、現実化した今となっては、ある程度ファジーに魔法を撃てるようになっている。この距離ではターゲッティングしての直接発動は難しいかもしれないが、魔法を飛ばすことは十分できるだろう。
眼下では、森からの波状攻撃を仕掛ける狼に、戦士達が完璧な対応を繰り返している。
本来ならば時間差でやってくる狼に、挟み撃ちにあうなりして苦戦を強いられるところなのだろう。だが、一撃で狼が死んでいくため、狼達の攻撃は、いわゆる愚かしい戦力の逐次投入にしかなっていなかった。
それを相手も解っていたのか、遠吠えが聞こえると、森から角狼の大群が一斉に飛び出してきた。
すると、弓手がすぐさま矢を放ち、密集していた狼のいくらかが矢に倒れる。
そしてそこから、大混戦が始まった。
「うおお!」
「囲まれるなよ!」
私は、回復魔法を撃つタイミングを逃さないようにと、見張り台の上で意識を集中させた。
と、そのとき、視界の隅に何か動く物が。
鳥? 大きな鳥が、この見張り台に目がけて飛来してきた。
そして、見張り台の中に止まったかと思うと、突然、光り輝いて人型へと変わった。
ベヒモスだ。ドラゴンと人間以外にも変身できるんだね。そういう権能なのかな?
「なんだあれは。この村の者達、本当に人間か?」
私の隣に立ったベヒモスは、そんなことを開口一番に言った。
「ヴァルキュリアの戦士でも見ているかと思ったぞ」
ああ、ヘルが持っている、死者を蘇らせて従者にする神器か。ベヒモスも知っているのね。
「経験値チケットを使っているからねぇ。永続的に強くなれる、私由来のアイテム」
私は、アイテム欄を開いて、『経験値10000チケット』を取りだしてみせた。
「強くなれるだと!?」
「うん、戦士達はみんな一枚ずつ使っているよ」
「ほう……商人なぎっちゃよ、それは売り物か?」
ベヒモスが、獲物を見るような目で経験値チケットを見つめた。
「残念ながら村の住人にしか売っていないんだよねぇ。数に限りはあるから」
「神殿に住んでいる我は、村の住人だな!」
「えー、一年間限定の村人じゃん」
「村人差別か? この村の他の人間は、そのような田舎者の性根を見せないぞ」
「国に帰ってからチケットの存在を言いふらさないなら、売っていいけどさ……さすがにこの場では売らないよ」
「さすがにそれは解っている」
そう言いながら、ベヒモスは戦士達の方へと目を向けた。
加勢する気はないのか、腕を組んで、ただじっと戦いの行方を見守っている。
「ヤモリくんは見ているだけ?」
「人の戦いにいちいち神が手出しをしては、人の進歩は止まってしまうぞ。神は、もっと大きな災厄から民を守る存在なのだ。む、危ない!」
ベヒモスは突然叫ぶと、組んでいた腕を解き、勢いよく前方へ突き出した。
すると、彼の手から何かが勢いよく飛んでいく。それを目で追うと、森から戦士の死角を狙って飛びだしてきた大きな角狼の頭が弾け飛んだ。
そして、何かは勢いを殺さぬまま戻ってきて、ベヒモスの手に収まる。それは、赤い矢尻だった。
「手出ししているじゃない」
「臣民を守るのが神の役目だ」
「いつ村人があんたの臣民になったのさ……」
「村の男衆とは酒を酌み交わしたゆえな!」
いつの間にそんなことを。こいつ、村に溶け込んでいる……。
「しかし、力を探ってみたが、確かにその紙切れと同じだけの魔力が村人達に宿っておる。これほどの力を与えられたならば、奴らが負けることはないであろうな」
「そだねー。油断しなければ、どれだけ来ても勝てるでしょ」
「ふむ。創世の力を身に宿す神ほどではないが、魔力を直接身体に注がれているからか、魔法使いに近い存在になっておるな。ただし、身体能力に全てが振られているように見える。おそらく、あれでは魔法は使えぬだろうが……」
「あ、そうなんだ。魔法使いって、身体に魔力を注いでなるの?」
「魔法使いとは、魔石をその身に取りこみ、魔法を行使できる存在に変貌した者を言うのだ。身体能力も常人を超えておる」
「へー、そうなの。ヘスティアが魔法都市に行きたいみたいなこと言っていたけど、神でも魔法使いになれるの?」
「地上神は、すでに限界まで創世の力をその身に注がれているため、魔石の魔力は身につけられないと聞く」
そうかぁ。ヘスティア、残念だったね。
さて、眼下では、森の中から一際巨大な狼がのっそりと登場した。
その周囲には多くの角狼が付き従っている。
それに対し、混戦から距離を置いていた弓手が矢を放つ。すると、角狼達は散開し、四方から戦士達を襲い始めた。
そして、巨大な狼は矢も気にせずに、大跳躍。弓手のもとへと飛びかかっていく。
だがそれを防ぐ者がいた。村長さんだ。
弓手の壁になるように立ち、巨大狼の進路をふさぐ。そして、巨大狼と一対一の戦いを始めた。
村長さんは槍ではなく、ごっついツーハンデッドソードを装備している。
本来なら大振りになってしまうであろうその大剣は、『Lv.8』の超人的膂力に支えられ、コンパクトな連続斬りとなって巨大狼へとせまった。
まず前足が落ち、片目を切り裂き、首筋に剣が食い込んだ。
致命傷を受けた巨大狼は、大きな音を立てて地面へと倒れ込む。大将同士の決戦は、わずか三撃で決着がついた。
さらに村長さんは大剣を振るい、巨大狼の首を切り落とす。
「おー、村長さん、やるー」
「なかなか魅せるではないか」
村長さんが勝利の雄叫びを上げると、戦士達が呼応して叫び声を上げる。
すると、狼達はボスの敗死もあってか萎縮し、動きが鈍る。そこに戦士達の追撃がなされ、次々と狼は討ち取られていった。
やがて、残りの角狼は森へと逃げていき、狼の群れと村の戦士達の戦いは、戦士達の勝利で終わった。
村長さんが巨大狼の首を手に持ち、天に掲げると、戦士達は高らかに勝ちどきを上げた。




