44.課金アイテムはトレード可能なので、この世界だと悪用できそう。
HPを代償に強烈な一撃を放つ≪自爆≫が炸裂する。
村の上空に魔法の爆発がとどろき、ドラゴンはなすすべもなく魔法の一撃を全身に受けた。
ドラゴンの巨体が、村に張られた防御壁に落下する。
それから少しして、防御壁が解除され、広場の中央にドラゴンは身を横たえた。鱗が砕け、焼けただれた身から煙を立ち上らせている。いかにも死にかけといった風体だ。
そんなドラゴンに、今までこっそり戦いを見守っていた、豊穣神マルドゥークが駆け寄っていく。
そして、マルドゥークが叫んだ。
「なんてことをしてくれたのですか!」
怒り心頭、といった様子でマルドゥークがドラゴンに詰め寄る。
「あの方はあなたなどとは違う、真なる天上神だったのですよ……!」
「う、うぐ……」
ドラゴンは意識があるのか、巨大な瞳に涙を溜めてうめき声を上げている。
「あなたの暴挙を止めるため、なぎっちゃ様の尊い命が失われてしまった……!」
マルドゥークが、悲痛そうな声でそんな言葉を放った。
なるほど、なぎっちゃ様の命は失われてしまったのかー。
「うぐぐ、大丈夫だ。心配することなどない」
「何を申すのです……!」
「あー、悪いけど、私生きているよ」
私は地面に横たえていた身を起こし、その場で起き上がった。
それと同時に、首にかけていた御守りのヒモが切れ、地面に落ちた。御守りを見ると、朽ちてボロボロになっている。
「なぎっちゃ様! 急に生命の息吹が消え去ったので、てっきり死んでしまったのかと……!」
「うん、死んだけど、死をなかったことにするアイテムで生き返ったよ」
「それは……!? なんと強力な神器でしょうか……」
いや、この御守り、神器ではないんだよね。
これは課金アイテムショップで買える、『身代わりの御守り』だ。HPが全損しても、HPを全快にした状態で復活させてくれる、破格の課金アイテムである。
このアイテムは戦闘中に何度でも使用することができるため、≪自爆≫との組み合わせは金をドブに捨てる大賢者の最強コンボとして、MMORPG内で広く知られていた。御守りお一つ二百円なり。
私がプレイしていたゲームって、かなりカジュアル寄りだった。こういったアイテムに下支えされて、ボス戦での全滅ってそこまで起きなかったんだよねぇ。
「よかった……生命の息吹が消え去ったときは、私の心臓も驚きで止まりそうになりました……」
「だから言ったではないか。表面上の生命力は尽きていたが、奥底にある創世の力は一切失われていなかった。天上神は膨大な創世の力を持つため、簡単には死なんのだ。神器のペガススやフェニックスが、殺してもそのうち生き返るようなものだ」
再生力が高いのか、もう動けるようになったドラゴンがこちらに頭を向けてきた。
「確かに私は、そう簡単には死なないけどさ」
ドラゴンの言葉に同意する私。
おそらく、私は、死なない。
HPを全損しても、この身に宿る神の力が全て失われない限り、身に宿る創世の力を消費して蘇り続ける。そういう仕組みの身体に、私はなっているのだ。
先ほど≪自爆≫を行使してHPが尽きた際、私は意識を失わなかった。
そして、目の前にウィンドウが現れたのだ。セーブポイントに戻るか、復活用アイテムを消費して復活するかの、選択ウィンドウが。
つまり私は、仮に死んでも創世の力を消費してセーブポイントで復活すると思われるが、その消費を課金アイテムで代替できる。
そして、私がプレイしていたMMORPGはカジュアルなヌルゲーだったので、身代わりの御守りは、一度の戦闘で何度でも使える。
それが何を意味しているかというと……御守りを購入するための魔石がある限り、私は永久に復活し続ける不滅の存在になっているってことだ。復活一回あたり、魔竜の魔石一個である。
というわけで、なぎっちゃ完全復活だ。
今回、こんな無茶をしたのは蘇生実験のためだ。
身代わりの御守りを手に持ったとき、確実に発動するということが感覚的に解るんだけど、試運転しておきたかったからね。石油王御用達の自爆御守りコンボは強力なので、動作試験は必要だ。
このドラゴンは、実験台にちょうどいい相手だったのだ。そのドラゴンに、私は対峙する。
私は、いつの間にか腰に装着されていた叡智の大図鑑を手に取り、死にかけのドラゴンに向けて構えた。
「さて、こいつどうしてくれようかね。というか、あんた誰さ」
私は勝者なので、こいつの生殺与奪の権利は私がにぎっている。蛮族極まりない理屈だが、いつだか神官さんが言っていた。神には法がないって。
理性ある者を殺すのは抵抗があるが、襲ってきた相手を何もせずに見逃すわけにはいかない。実際、邪神ファーヴニルには経験値になってもらったしね。
相手は死にかけだし、邪神と同じように図鑑に収録して吸収しちゃうかな。図鑑への収録を狙って、わざわざ敵を瀕死で留める≪手加減攻撃≫なんて使ったんだしね。
「我は天上神ベヒモスである。我を超えるという天上神と、力比べをしにきた」
「へー、前になんか名前聞いたね、ベヒモス」
村長さん宅で、魔竜のステーキを食べたときかな? 確か、魔竜を狩っている竜神だったはずだ。
「神を超えし神、超神のお一人です」
マルドゥークが、そんな補足を入れてくれる。
「あー、もしかして天上界から落ちてきた存在だから、天上神を名乗っているのかな?」
「そうだ。我は天上界にて大地を支配していた、偉大な天上神にして竜を統べる竜神である」
「何言ってんの。どうせ、小さなトカゲ……ヤモリだかイモリだかが正体でしょ。天上界では、ただの人間でしかなかった私程度に負けるんだから」
「ぐぬっ」
本当に地球で神様をやっていたなら、≪自爆≫一発で死にかけていないでしょ。というか、私が≪手加減攻撃≫していなかったら、こいつは死んでいたはず。私と同じように復活したかもしれないけど。
「で、無様に私に負けたヤモリくんは、今回の件をどう落とし前つけるつもりで?」
そこまで言って、私はピンとくる。言葉が通じる神相手なら、ここは……安易に経験値に変える刑事罰よりも、民事の損害賠償の方が、お得なのでは?
「ぐぬぬ……我は負けた。格付けは済んだ。いかようにもするがよい」
私の言葉に、負けを認める言葉しか言わないベヒモス。
「おう、そうじゃないよ。くっころじゃなくて、誠意見せて出すもん出せや。ちょっとジャンプしてみ?」
「な、何をするー!」
「あの、なぎっちゃ様……」
私がベヒモスに詰め寄っていると、横からマルドゥークがベヒモスに助けの手を差し伸べてくる。
「正直、私も擁護をしたくないのですが、このお方は国を一つ守護する身。どうにか、彼から神器を一つ受け取る程度で、手打ちにしませんか?」
「神器ねぇ……神器一つで、死にかけた私の命一つに匹敵すると?」
死にかけたのは≪自爆≫を試したからだし、死んだとしてもいくらでも生き返ることは言わないでおく。
「はあ、そうですよね……私からも便宜を図りますから、ギリギリ命は取らないでやってはくれませんか?」
マルドゥークが擁護を続ける。嫌々って感じだけど。
「そもそも、こんな狂犬連れてきて、マルドゥークは私をどうしたかったの?」
ベヒモスと一緒にマルドゥークがいるってことは、この村までベヒモスを連れてきたのは彼女のはずである。
「自分と同じ超神に挨拶したいと言うので、連れてきたのですが……。このお方、昔は荒れていましたけれど、ここ九百年は大人しかったものですから、てっきり改心したものかと……」
昔荒れていたって、不良か何かか。
ベヒモスなんて敵キャラっぽい名前を付けられているんだから、もとは邪神だったのかもしれないけど。
「感じ取れた創世の力の大きさから、あの程度では死なぬと思ってな……実際死んでおらぬではないか」
ずうずうしくも、ベヒモスがそんなことを言い出す。
確かに、私は死んでいないし死なない。それを理解して喧嘩を売りにきたってわけか。
つまり殺意はなかったと被告人は言いたいわけですね。敏腕検事がいたら、実刑判決まっしぐらだな。
でも、もう一つ問題は残っている。
「村がブレスで壊滅するところだったんだけど」
アイギスの防御壁がなかったら、ブレスで吹き飛んでいたよ!
「あれこそ、我が神殺しの一撃」
「駄目だこいつ。やっぱり処分した方がいいかな」
図鑑を突きつけて、≪収録≫技能の準備を整える。
「いや待つのだ! あのブレスは地上神を屠るための一点集中型ゆえ、そなたに命中していたとしても、この広場に大穴が空いただけだ!」
「本当にー?」
「なんなら、もう一度撃つが?」
「大穴空けたら私が怒られそうだから、無しで」
しかし、どうしようか。こいつはどうなってもいいけど、マルドゥークとは関係を維持したい。
『マスター。そろそろガチャの更新時期ではないでしょうか』
落としどころに悩んでいたら、イヴがそんな言葉を私に投げかけてきた。
「お、イヴ、いい着眼点。よし、ヤモリくん」
「我はヤモリなどというトカゲではない! 偉大なる竜神だ!」
「罰として一年間、毎日、北の奥地で魔石を集めて、私に献上すること。確かヤモリくんって、魔竜を倒せるんでしょう」
罪状殺人未遂、懲役一年。損害賠償、魔石一年分。
別に五年でも十年でもよかったけど、そんな長期間、他国の守護神に居着かれるのも村側が迷惑だろう。
「ぐぬぬ……。確かに国の祭りでは、魔竜を狩って我が臣民に振る舞っておるが……」
竜神が魔竜を肉扱いするってすごいよね。人間が、同じ哺乳類の豚や牛を食べる感覚なのかな?
「なぎっちゃ様の寛大なご処置に感謝を」
「敗者として、その罰、受け入れよう。一年間、そなたの僕として、存分にこき使われてやろうではないか」
「偉そうだな、このヤモリ……」
「申し訳ありません、なぎっちゃ様。ベヒくんは超神なので、自分より偉い存在に縁がない子なんです」
なんか、駄目な子供の保護者をしている感じのマルドゥークがいたたまれない!
というわけで、ベヒモスはこれから一年間、私に魔石を献上し続けることで決着した。
うんうん、刹那的な経験値より、継続的なガチャの方が魅力あるよね。
ベヒモスはドラゴンの姿から白服の男の姿へと戻り、よろけながら「まずは寝床の確保だ」と言って神殿の方を向いた。
ヘスティアがすでに神殿に住んでいるけど、仲良くやってくれるかな……。ヘスティアを泣かせたら、ドラゴンステーキにしてやる。
そう思っていたら、ベヒモスがこちらに振り返った。
「ちなみに、そなたがいたあそこは雑貨屋か?」
「は? ああ、そうだね。私の店だよ」
「気になる商品がいくつかあった。後で寄らせてもらう」
「…………」
こいつに、売るの?
んんんんんんんん……。ま、いっか。
「買い占めは厳禁だからね」
「我にも、その程度の分別はある」
本当にー?
マルドゥークの監視で『はじめてのおつかい』必要じゃない?
私が疑いの目を向けている間に、ベヒモスは玄関先に神官さんとヘスティアが立つ神殿へと向かっていった。
「それでは、私もこれで失礼します。今回の失態の埋め合わせは、いずれまた詳しく……」
「待って、マルドゥーク」
「はい、なんでしょうか? 私からの賠償について、アムブロシアを持っていくことだけは、どうかご容赦願いたいですが……」
「いや、そうじゃないよ」
私はマルドゥークを引き留め、村の一角を指し示した。
そこにいたのは、村長さんと村の戦士達。完全武装で、こちらを見守っている。
「騒ぎ起こした原因の一人なんだから、村人に事情説明していって?」
「……承知いたしました」
そんなこんなで、突然の神の訪問から始まった今回の事件は、大きな損害なく決着がついたのだった。
ちなみにイヴによると、地球におけるベヒモスって世界の終末で人間に食べられる役割を持つんだって。やっぱりドラゴンステーキにしたほうがよかったかな……?