42.復讐は何も生まないというけど、生む生まないの問題だろうか。
「私の乳母のルクレツィアですわー」
謎の女性の抱擁が終わり、アイスクリームの無事を確認したソフィアちゃんは、アイスを一口食べてから私達に女性を紹介した。
「乳母って、あの母親の代わりに赤ん坊にお乳を与える乳母のこと?」
「その役目もしますけれど、乳児期からの教育係と言った方が正しいかしらー?」
私の疑問にソフィアちゃんがそう答えると、乳母の女性はこの国の仕草で礼を取った。
女性の格好は……それなりにしっかりとした仕事着って感じだ。綺麗な服の上に、エプロンを着けている。
「かつてドギュール家で女中をしておりました、ルクレツィアと申します。今は、辺境伯様のもとに身を寄せています」
女中、つまりメイドさんか。今の格好も、メイドさんの格好なのかもね。
「お嬢様の無事が確認できて、なによりです。魔獣の森から生きて帰られるとは、感無量です」
「自力で脱出した後に、この方達に拾われたのですわー」
「お嬢様が大変お世話になりました。お嬢様が連座で処刑されることになり、私も助けられないか手を尽くしたのですが……」
ふむー。これはこれは。
「むむむ、これはまさか、『ソフィアちゃんの大冒険 魔女なぎっちゃ編』が始まっちゃうかな」
「それはなんですの! それはなんですの!」
私の言葉に、ワクワクしたような顔でソフィアちゃんが言う。
うむ、そこまで気になるなら、あらすじを披露しよう。
「他家の貴族による奸計に嵌り、無実の罪で処刑されたソフィアちゃんのご両親。ソフィアちゃんも、おそるべき魔獣の森へと追放される。死に直面したソフィアちゃんだが、魔女なぎっちゃに導かれ、英雄としての力に目覚める。はたしてソフィアちゃんは、両親の仇を討ち、無実を証明できるのか! 乞うご期待!」
「ないですわー」
「駄目かー」
うーん、私の即興あらすじは、不評だったようだ。
「お父様は無実ではないですわー」
「そっちか!」
「お嬢様のご両親は、それはもう、絵に描いたような悪徳貴族でして……」
ルクレツィアさんは、大変申し訳なさそうにして、そんなことを言いだした。
「そうなんだ。ソフィアちゃんの普段の姿からは、悪徳貴族なんて想像もできないけど」
「お嬢様が悪事に染まってしまわないよう、私が必死に教育したのですよ」
「乳母って、すげえ!」
これ、乳母が悪意ある人物だと、真っ当な貴族の家に悪徳貴族が生まれるとか起きそうじゃない?
そんな話題でキャッキャと会話していると、ルクレツィアさんは私達に用事を切り出した。
なにやらバックス村の露店に用があるとのことで、ソフィアちゃんがアイスクリームを食べながら隣へと案内する。
「では、ポーションの大ボトルを二十本、お願いします」
「そんなに。大丈夫? 持って帰れる?」
私がそう心配して声をかけると、ルクレツィアさんは「大丈夫です」と後ろを振り返った。
そこには、下働きらしき少年が、荷車を引いて待っているのが見えた。
というわけで、大銀貨払いでのお買い上げになり、ソフィアちゃんが率先してポーションのボトルを荷車へと運んだ。
「お嬢様は、そちらで無事に過ごしているでしょうか。心配です……」
重たいボトルを運ぶ様子をハラハラとした表情で見守りながら、ルクレツィアさんが言う。
「村で一流の戦士を目指しますわー」
「お嬢様が戦士なんて、おいたわしい……。いえ、お嬢様の格闘センスからすれば、お似合いですが……」
ああ、やっぱりソフィアちゃん素で強いのね。
そして、荷車にはガラス製のポーションボトルが二十本しっかり載せられた。ポーションは高級品なので、中身が見えるよう陶器ではなくガラスの器に入っているらしい。
「では、買い物も終わりましたので、ここで帰らせていただきます。皆様ごきげんよう」
「あれ、あっさり別れるの? ソフィアちゃんの大冒険的には、押し掛けメイドさんが村に来る流れだった気がするけど!」
あまりにもスムーズな別れの言葉に、私はそんな突っ込みを入れていた。
「それはちょっと……私、辺境伯様の城で女中として雇われていますので」
「再就職あっさり成功しているなぁ……」
私は思わずそんなことをつぶやいた。この人、要領がよさそうだね。
「ちなみにお嬢様のお父上の悪事を辺境伯様に密告したのは、私ですね。お嬢様、お許しください」
「本当ですの!? 本当ですの!?」
「はい、さすがにあそこまでの悪事を見過ごし続けるにも、限界が……」
「おかげで死ぬところでしたわー。でも、お父様を懲らしめたのは褒めるべきですわね」
「ソフィアちゃん、密告で魔獣の森送りになったのに、軽いな!」
またもや突っ込みにまわる私。いや、ソフィアちゃん、ガチで死ぬところだったと思うよ。
「実は魔獣の森に捨てられた際、開拓村の方角を教えてもらったのですわー。これ、ルクレツィアが指示したのですね?」
「はい、そもそも森を抜けられるかが、一か八かの賭けでしたけれど、私にできたのはこの程度で……」
あ、そういうこと。うーん、優しいのか厳しいのか。
まあ、不正をしたというソフィアちゃんの父親が全て悪いんだろうけど。
「あ、さすがにこれ以上は時間が……。それでは、改めて、皆様ごきげんよう」
「辺境伯閣下によろしくお伝えくださいまし!」
「お嬢様……辺境伯様にとってお嬢様は、横領をした憎き寄子の娘という存在なのをお忘れなく」
そんなやりとりをしてルクレツィアさんは去っていった。
うーん、ソフィアちゃんにもいろいろあるんだなぁ。
「皆様、お待たせいたしました。大市に出発ですわー」
ソフィアちゃんは、遠巻きに事態を見守っていた子供達のもとへと駆けていき、大市の見物へと向かっていった。
さて、私も仕事に戻るかな。とは言っても、売り子は担当していないから、トラブルが起きないか見守るだけなんだけど。
私は露店の中に引っ込み、裏側でのんびりと売れ行きを眺める。
すると、しばらくしてからヘスティアがアイスクリームを持って、こっちの露店裏へとやってきた。
「ふう、少し休憩じゃ。ほれ、アイスクリームじゃ」
「あら、ありがと」
アイスクリームを差し出されたので、紙が巻かれたコーンを手に持つ。
この紙も私が安く調達したやつだね。ヘスティア曰く、大市では皆、手が汚れているので、食べる物を直接持たせるわけにはいかない、だそうだ。剣と魔法のファンタジー世界なのに、衛生観念しっかりした神様だこと。
「ソフィアにも、複雑な事情があるのじゃな」
「ソフィアちゃん? 不正をした親の連座で魔獣の森に追放刑になって、村に迷いこんで食料を盗み食いして私の魔法アイテムの実験刑になったんだよね」
「それはまた、凄絶じゃな!」
「今ではすっかり村の一員だけどね。でも、辺境伯って人が、ソフィアちゃんの生存を知ったら、どうなるかな?」
これは、『ソフィアちゃんの大冒険 辺境伯の魔の手編』始まるかもしれない。
「魔獣の森への追放刑を受けたのならば、生還した時点で罪はすでにつぐなわれておるであろうが……、復讐すると勘違いされたら、ソフィアに手出しをしてくるかもしれんの。バックスに言って、釘を刺してもらうか……」
「ヒュー、国の主神を動かすとか、やることのスケールがさすが神様」
「おぬしも神を超えし神なんじゃがなぁ……」
「私って顔売れてないから、口出ししても効果は薄いでしょ。ま、ソフィアちゃんは全力で守るけどね」
「ソフィアは友達じゃから、私も手の届く範囲は守ってやるとしよう」
「神様二人の守りとか、ソフィアちゃんも贅沢な子!」
「うはは、軍が攻めてきても安泰じゃな。さて、販売に戻るかの」
「在庫は大丈夫?」
「午後まで持つかのう。とりあえず日が照ってきたので、あとでまた氷を作ってもらうのじゃ」
そんな会話をして、私達は休憩を終えた。
その後、大きなトラブルもなく大市の時間は過ぎていく。難癖をつけるチンピラが現れるなどといったことが起きたが、『Lv.8』の村の戦士に腕をひねられ、あっさりと退散していった。
午後過ぎになってソフィアちゃん達が帰ってくるが、みんな思い思いのお土産を手に入れて、心からの笑顔を見せていた。
その後、ソフィアちゃんが辺境伯に呼ばれる、などということも起きずに代官屋敷から村長夫妻も帰ってきて、大市一日目は終了。
次の日、なんとヘスティアが代官屋敷に招かれた。彼女は意気揚々と屋敷に向かって、辺境伯との会談でソフィアちゃんのことを言及したようだ。
ソフィアちゃんの大冒険、始まらず! 魔女役として活躍の機会がなかったけど、何事も起きないのはいいことだね。
そんなこんなで大市の日程は、無事に過ぎていったのであった。




