41.社会人をやりつつセールでお得に物を買う時間の捻出は、なかなか難しい。
雑貨屋の開店準備がなかなか終わらない。準備とは別の用事があって、なかなか進んでいないのだ。
その用事には期限があるので、それが終わったら一気に開店準備を進められるとは思う。準備に飽きたら、すぐ他の事に目移りするというどうしようもない事実もあるのだが。
で、その期限がある用事。それは、村長さん直々に頼まれた商人としての仕事だ。
なんでも、以前ジョゼットが私をスカウトした町で、夏の大市なるものが開かれるので、そこへの出店のとりまとめをしてくれ、とのこと。村総出で露店を一つ出すらしい。
大市へ行ったことのない人間にリーダーを任せるのはどうかと思うのだが、村長さんが言うには、町での商売許可証がある私が陣頭指揮を執った方が、スムーズに手続きが進むらしい。
というわけで、私は転移魔法を使い町の商人ギルドに挨拶をしたり、村で大市に出す商品をまとめたりといった仕事を先日から行なっていた。
そして、大市当日。私は、大市に行くメンバーを集めて、村の広場で転移魔法のゲートを開いた。
「楽しみですわ! 楽しみですわ!」
私が町までの転移魔法を使えるので、今回、村の子供達も数日に分けて大市に遊びに行くことになっている。村長さんから転移を格安で引き受けたのだ。
先ほどからソフィアちゃんがはしゃいでいるのを見ると、引き受けてよかったなと思う。
「元貴族なのに、大市が楽しみなんだね。都会は慣れたものじゃないの?」
私は、馬車の御者台に乗りながら横を歩くソフィアちゃんに話を振った。
「貴族は市に行きませんわー。商人を屋敷に呼びつけるのです」
「うわー、それっぽい」
「だから、大市が楽しみでなりませんわー」
そんなことを話しつつ、ゲートをくぐって町の郊外に出て、町の門へと向かう。
門番さんに荷物のチェックを受けて集団で町の中へと入っていく。ちなみに大市が開催されている期間、入市税はない。余所者が入り放題である。まあ、町に住むには市民権が必要だけどね。
そして、私達はぞろぞろと大市の割り振られた場所に移動し、露店の設営を開始する。
その間に、私は商人ギルドに到着の報告を入れに行った。
「お願いしまーす」
「はい。今年のバックス村は、出品数が多くて助かります」
「あはは、今年は馬車があるからね」
「ポーションは常に不足しているので、今後もこうだと嬉しいですね」
そんな会話をギルドで交わして、私は設営場所に戻った。
すると、立派な露店ができあがっており、魔石、毛皮、牙、干し肉といった狩りの成果や、村の特産品である獣脂石鹸が所狭しと並んでいる。
「私に売っていない素材、まだこんなにあったんだねぇ」
事前の準備でも見ていたが、本当にすごい量だ。
そんな私の言葉を聞いて、設営の指揮を執っていたジョゼットがこちらに向く。
「正直、全部なぎっちゃが売る商品と換えてしまいたいのが本音だが、町との付き合いをおろそかにするわけにもいかんからな」
そんなことを言うジョゼットは、今回の大市で村長代理として実質的なリーダーを担当する。私は建前のリーダーだ。
ちなみに村長さんは奥さんと一緒に、町の代官屋敷に向かっているため不在だ。大市に合わせて辺境伯なる貴族が来ているので、挨拶に行ったらしい。
さて、仕事だ。私は建前のリーダーとして、ジョゼットについて商品を確認する作業に入った。
今回の大市の目玉商品として露店の真ん中に並べられているのは、ガラス瓶に入ったポーションだ。
話に聞く、かけたり飲んだりすると瞬時に傷を癒すという不思議アイテムである。
「これがこの世界のポーションねえ。青汁にしか見えないよ」
「魔法都市から最新のレシピを購入して作った、特製ポーションだ。かなり効くぞ。さすがに、天上界のポーションには敵わないだろうが……」
「天上界にはポーションなんてなかったよ。そもそも魔力も魔石も存在しない世界だからね」
「は? ポーションがないなど……怪我したらいったいどうするというのだ?」
「どうもこうもないよ。傷をふさいで治るまで待つ。ヤバかったら外科手術」
「それはなんとも……。南方は魔獣が出ないというから、ポーションが貴重だと聞くが……天上界と同じようにやっているのだろうか」
「ポーション貴重なのかー。行商の参考にしよう」
そんなこんなで、商品チェックは完了。
あとは、商人ギルドに認可されている店であることを示す、のぼり旗の確認をして、と。
「おうい、なぎっちゃや。そろそろ氷を追加してくれぬか」
私が最終確認をしていると、隣の露店から声がかかった。
その声の主は、神であるヘスティア。
なんとこのヘスティア、数日前に大市の話を聞いて、急遽、料理露店を開くなどと言いだしたのだ。
さすがの私も、このタイミングでねじ込むのは無理だろうと思った。だが、念のためにヘスティアを直接商人ギルドに連れていったところ、許可が下りてしまった。
むしろ、料理神の露店と聞いてギルド側は、ぜひともお願いしますと、積極的に手伝いを申し出るほどであった。ギルド所属の料理人らしき人達が、すでに隣の露店に詰めている。
「はいはい。今行くよー」
ヘスティアの出店の準備には、私も駆り出された。主に、食材の調達だね。
さらに、新鮮な料理を提供するため、食材の調達後もアイテム欄を食材保管庫として便利に利用された。まあ、代わりに美味しい料理を三食、数日にわたって作らせたけどさ。
「ここに入れておくれ」
「はいはい。≪魔法永続化≫≪アイスボール≫」
初級の氷魔法を使って、用意された木のボウルに氷のかたまりを作り出す。
「よしよし。さすがに魔法は便利じゃの。私も、そのうち魔法都市に行って学ばねばならぬな」
「神様って、普通の魔法を覚えられるの?」
「神とは言えど、もとはただの人間なのじゃから、いけるじゃろ」
そんなことを言いながら、ヘスティアは神器『千の刃』をアイスピックに変え、氷の塊を粉々に割っていく。
「ふふふ、空が晴れてなによりじゃ。これは、大人気間違いなしじゃの」
「そりゃあ、この真夏にアイスクリームは、馬鹿売れするだろうねぇ」
そう、ヘスティアによる露店の商品は、アイスクリームである。
しかも、ヘスティアがバニラビーンズの産地を知っていたため、バニラアイスだ。
ここは北方なので南方産の砂糖は割と値が張るのだが、私が転移魔法で産地から直接、砂糖を仕入れたため原価が抑えられた。そのため、アイスクリームは、庶民でも買える値段に設定されている。
客が殺到することが想定されるが、売り子は大丈夫だろうか。
「というわけで、この店の進退は、見習いくんの手にかかっているよ」
「は、はい。頑張ります……」
ヘスティアが村から手伝いとして呼んだのは、神殿の見習いくんである。
見習いくんも若い少年で、大市を楽しみたいだろうに、ヘスティアにロックオンされてしまった。かわいそうだが、頑張ってほしい。
ちなみに神官さんは、夏の日差しは年寄りに辛いとか言って村に残った。
まあ、いいんだけどさ。村に留守番も必要だからね。
と、このような感じで露店の準備は進み、とうとう開始時刻を知らせる神殿の鐘が鳴った。
世界の時間を運行する神器である『世界時計』とつながった魔道具だというその鐘は、正確な時間を私達に知らせてくれる。
さて、商売開始だ。
「さっそく甘味ですわ! 甘味ですわ!」
おや、ソフィアちゃんが、早速とばかりにヘスティアの露店へ向かったな。
子供達も、アイスクリームをずっと狙っていたのか、ソフィアちゃんの後を追っていく。その後ろを、監督役の村の戦士が嬉しそうな顔をしながらついていった。うん、戦士もアイスが楽しみなのね。
さて、私達の方はと言うと、真っ直ぐこちらを目指してきた人々が、ポーションに群がっている。
それを村人の売り子が次々とさばいていき、大銅貨がどんどんと支払われていく。ときおり銀貨で大量買いしていく人も出て、本当にポーションは人気商品だということが解った。
そして、ポーションのついでに毛皮などもぼちぼち売れだし、私は露店の後方でそれを眺めていた。
そんなときのこと。突然、隣の露店から大きな声が聞こえた。
「お嬢様! 無事だったのですね!」
なんだろうか。騒がしいなぁ。
「私がリーダーを務める場所で、トラブルは困るんだけどー」
私は、そう言いながら露店の奥から出て、ヘスティアの露店の方へと向かう。
すると、そこには、知らない四十代ほどの女性に抱きつかれるソフィアちゃんの姿があった。
ソフィアちゃんは抱きしめられながら、手に持ったアイスクリームを落とさないように、必死になってバランスを取っていた。
「お嬢様ー!」
「離してくださいまし! 離してくださいまし!」
うん、状況は判らないけれど、客とのトラブルじゃないっぽくて安心した。
でも、ソフィアちゃん関連の貴族トラブルの類も、ちょっと勘弁してほしいかなぁ。