40.好きな寿司ネタはサーモンなので、回らない寿司に行こうとしたことがない。
ヘスティアが以前に醸造した神の酢が、村の各家庭に配られた。
私も一戸建てを持つ家主として分け与えられたのだが、神の酒である純米大吟醸から造られた米酢を見て、私は思った。
寿司食べたい、と。
そうと決まれば、港町に魚の調達……と行きたいところだが、一つ問題がある。
寿司は、生で魚を食べる料理。つまり、魚には新鮮さが必要。
しかし、この世界の文明レベル的に、市で売られている魚は、どれだけの新鮮さを保っているだろうか。
そりゃあ、中には新鮮そのものって魚も売っているだろう。
でも、私は魚の目利きなんてできない。魚を見ても、獲れてから何時間経ったのかなんて、私の≪鑑定≫の技能も教えてくれない。
では、どうすればいいか。
「ヘスティアー。食材の買い出し手伝ってー」
この道、千云百年の料理人に頼ることにした。
「おお、なんじゃ。何を買うのかの」
神殿で麦茶を飲みながら、ぐだっとしていたヘスティアが、身体を起こす。
「生で食べられるくらい新鮮な魚!」
「おぬし、真夏に無茶を言うのう……」
「じゃあ南半球に行けばいいよ。大陸を南下しまくって、南国を越えてさらに南に行けば、あっちは今、冬だよ」
「おお、そういえば、南は季節が反転しているのじゃったな」
さすが放浪神。南半球の事情も知っていたようだ。
「で、生の魚で何を作るのじゃ? 魚肉のカルパッチョか? 刺身か?」
「刺身、惜しい!」
「む、刺身に近い料理か……」
「ちなみに刺身は醤油をつけて食べると、すごく美味しいよ」
「ほう、しょうゆ、やはり造るべきか……」
私はなんでも味噌と醤油味にすべきなんて和食過激派じゃないから、この世界に醤油がなくても別に構わない。だけど、醤油がなくちゃ始まらない料理ってあるよね。
「で、今回私が作る料理なんだけど――」
「はっ、そうじゃった。刺身に近い料理、正解はなんじゃ?」
「寿司を作ります!」
「すし。聞かぬ料理じゃな」
うん、この国の言語に刺身はあれども寿司ってないから、日本語で〝寿司〟って単語をしゃべりました。そりゃあ、聞き覚えないよね。
「実物は完成してのお楽しみ。それじゃあ、港町に魚を買いに行こうか」
「もう朝市の時間は過ぎておるぞ? 新鮮な魚を買いたいなら、早起きせぬと」
「大丈夫、大丈夫。今、早朝の港町に行けばいいんだよ。なにせ、世の中には時差ってものがあるからね!」
「むむむ?」
南半球との季節の違いは解っても、時差は解らなかったかな?
私は、とりあえずその場で簡単な時差の説明をしてから、港町へ出かける準備を整えるのであった。
◆◇◆◇◆
「へい、らっしゃい!」
次の日、私は自宅へジョゼットとソフィアちゃんを昼食会に招いていた。
ヘスティアと二人で寿司を食べてもよかったんだけど、せっかくなので女子で集まってわいわいやりたかったのだ。
「ああ、お呼ばれしたぞ。今日はごちそうになる」
「お腹をすかしてきましたわー」
自宅のダイニングに、ジョゼットとソフィアちゃんがやってくる。
服装は、特によそ行きといった様子は見られない。まあ、普段の遊びの延長だと思っているのだろう。これが、神様であるヘスティアもいると知ったら、どういう反応を示すかな?
「とりあえず、二人とも、キッチンで手を洗ってきて。置いてある薬用石鹸、使っていいから」
「了解した」
「あの石鹸はいいものですわー」
そう言いながら、二人はキッチンへと向かっていく。この家には洗面所なんて上等な設備はないからね。水回りは全部キッチンに集約されているのだ。
そして、少し経つと、キッチンから人が戻ってくる。その数、三人。
「なぎっちゃ! あの石鹸はいいものじゃの! 手がスベスベピカピカになったのじゃ!」
ヘスティアが満面の笑みでキッチンから戻ってきた。
その後ろに、微妙な表情のジョゼットとソフィアちゃんがついてきている。うん、神様相手で緊張しているかもしれないけど、その人、気さくだから普通に接してあげた方が喜ぶよ。この前、神殿の見習いくんに態度が硬いって、からんでいたし。
「それじゃあ、座って座ってー」
ダイニングに用意した四人がけのテーブルに、三人を座らせる。
そして、私はテーブルの上に携帯料理セットと籾米、水ボトル、神の酢を出した。
「まずは精米しまーす」
料理スキルで完成!
「次にご飯を炊きまーす」
料理スキルで完成!
「酢飯を作りまーす!」
料理スキルで完成!
「はい、最低限の準備は整ったよ!」
「相変わらず、見ているだけで頭がおかしくなりそうな光景じゃの」
「……うむ。本当にこれを食べてよいのか心配になる」
「不思議ですわー」
カンストレベルの料理スキルさん馬鹿にすんなー。
ま、戯言は聞き流すとして、一品目だ。
酢飯、醤油、ワサビ、白身魚の切り身をそれぞれ料理スキルの画面に突っ込んで、スキル発動!
「へい、お待ち! 一品目、タイ寿司でえ!」
完成した四貫の寿司、アイテム名『白身魚の寿司』をテーブルの上に展開する。
今回使用した白身魚は、タイである。
その料理を見て、ジョゼットがぎょっとした顔になる。
「……なあ、なぎっちゃ。この料理……もしかして魚が生のままじゃないか?」
「そうだよ?」
「生で魚なんて食べられるのか……?」
「異世界人のテンプレ発言ありがとうございます」
「てんぷ……?」
まあ、普通は、生魚なんて食べないよね。このあたりは川しかないし。
だが、ソフィアちゃんはと言うと。
「これはお刺身の仲間かしら? 仲間かしら?」
刺身のことを知っていた。この国の言語に刺身が存在するんだから、元貴族なら知っていてもおかしくないか。偏見だけど、貴族って美食に走っていそうだし。
「刺身を小さい酢飯のおにぎりの上に載せた料理かの? 一口サイズの変則おにぎりじゃな」
と、ヘスティア。
寿司を知らなかったら、そんな感想になるよね。
「刺身を載せただけの単純な料理じゃないよ。食べてみて」
「ふむ……?」
ヘスティアは、自分の前に置かれた一貫の寿司が載った皿と醤油が入った皿を見て、どう食べようかと迷いだした。
一応、箸は食卓の上に人数分用意してあるので、彼女は箸を手に取ったようだが、そこから進まない。
「こうやって食べるんだよ」
私は、自分の前に置いた寿司を一つ素手でつかみ、醤油皿にちょいちょいっとつけて、口へと運ぶ。
……うん、久しぶりの寿司だ! めっちゃ美味しいわぁ。
この美味しさは、神の酢効果なのか、カンストレベルの料理スキル効果なのか、どっちだろうね!
「ほう、一口で行くのじゃな」
ヘスティアが箸を置こうとしたので、私は「待って」と声をかける。
「素手じゃなくても、箸を使ってもいいよ。こういう風にね」
私は、テーブルの上にあらかじめ用意しておいた濡れ布巾で手をふくと、箸を手に取り、寿司をつかんで醤油皿につけた。
そして、そのまま口へ寿司をIN! うーん、美味しい!
すると、食べ終わりの判定を受けたのか、目の前の寿司が載っていた皿と醤油皿が虚空に溶けてなくなった。皿や土鍋といった料理スキルの副産物は、料理を食べ終わると消え去るのだ。
「なるほどなるほど……」
「私はその棒を使えないから、素手だな……」
「箸は貴族のたしなみですわー」
ヘスティア、ジョゼット、ソフィアちゃんがそれぞれの方法でタイの寿司を口にする。
そして、皆、一様に笑顔を浮かべた。
「うはは、これは確かに、ただの刺身を載せたおにぎりとは、ひと味もふた味も違うのじゃ! 調和を感じる一品じゃの!」
「生の魚がこれほど美味いとは……」
「味の決め手は、この黒いソースですわー」
おっと、ソフィアちゃんは醤油に注目したね。
今回の醤油は、私が醸造スキルで造った一品だ。
私がプレイしていたMMORPGの生産システムには、酒を造る醸造スキルがあるのだ。その醸造スキルでは、酒だけでなく醤油も造り出すことができる。
「ソフィアちゃん、お目が高い。寿司という料理は、いかに合理的に醤油をなめるかという要素が少なからずとも存在する料理だよ。醤油は美味しいけど、そのままなめるとしょっぱいから、他の料理を経由して楽しむんだ」
「奥が深い料理ですわー」
ソフィアちゃんにトンデモ知識を植え付けるが、醤油がない世界なので突っ込みを入れられる人はいない。
さて、三人とも一貫食べ終わった。寿司は無事、みんなに受け入れられたみたいだね。
では、二品目。
「次は、タコです」
アイテム欄からタコを取りだし、携帯料理セットのまな板に載せる。
「うむ、我ながら、よいマダコじゃな」
「なんだその奇怪な化け物は!?」
「久しぶりにタコを見ましたわー」
はい、ジョゼット、お約束の反応ありがとう。
「これを寿司にしまーす」
「食べるのか!? それ、食べるのか!?」
ジョゼットの全力の突っ込みに、ヘスティアとソフィアちゃんがクスクスと笑い出した。
まあ、こんな定番の反応したら、笑うよね。
でも、大丈夫。きっと美味しいから。料理スキル発動!
「へい、タコの寿司、お待ち!」
「美味しそうじゃの!」
「食べるのか……」
「早速いただきますわー」
ジョゼットが諦めたようにがっくりときている。ちょっといじめすぎたかな?
「ジョゼット、食べたくないなら無理に食べることないよ。でもね」
私は箸で寿司をつかむと、醤油皿に軽くつけて口へと入れる。
「んぐ……。うん、うん、タコは……美味しいんだよねぇ」
「くっ……美味しいのか……!」
ジョゼットは、おそるおそるといった様子で寿司を素手でつかむと、醤油皿にちょんとつけてから、ゆっくりと寿司を口へと運んだ。
そして、そのまま咀嚼を続ける。
「……美味しいな、これは!」
ジョゼットの表情が一転し、笑顔になった。料理はやっぱり美味しさが正義だよね。
そして、ジョゼットがうだうだやっているうちに、ヘスティアとソフィアちゃんが一貫食べきっており、二人で味の感想を交わしていた。
うんうん、仲よくなったようで何よりだね。
さて、次行こうか。
「アワビの寿司、お待ち!」
次。
「ブリの寿司、お待ち!」
次。
「ここらで箸休め、玉子焼き、お待ち!」
その後も寿司三昧の昼食会は続き、私達は美味しく料理を平らげていった。
ヘスティアはすっかりジョゼットとソフィアちゃんの二人と打ち解け、これも美味しい、さっきの方が好き、あれをもう一度食べたい、などとワイワイと楽しく盛り上がっていった。
神様と人って問題なく仲良くなれるんだなぁ、などと思いながら、私も楽しく昼食を続けたのであった。




