4.村社会は怖いとよく聞くけど異世界ではどうなのか。
木の柵に囲まれた村に到着した戦士団と私。転移魔法で日程を短縮したせいであまりに早い帰還だったのか、村の門番が何かあったのかと騒いでいた。
門番とかいるんだね。魔獣がたくさんいる、人類勢力最前線の開拓村ならそういうものか。
村の中へと馬車を進めた私だが、ジョゼットに「父に会ってくれ」と言われた。
なんじゃらほいと思ったら、ジョゼットのお父さんは村長さんらしい。
ジョゼットさんに案内されて、村の中心部へ。
戦士団と他の馬車もぞろぞろと付いてくる。
「話を通してくる」と言ってジョゼットが一人、他の家より立派な木造の家へと入っていった。
どれくらい待たされるんだろう、と思って馬車の中で伸びをしたりしたのだが、何やら周囲の戦士団も解散しない。
「どうしたの、みんな? こんなとこでぼんやりして」
私は適当に近くにいた人を捕まえて事情を聞く。
「ああ、町から仕入れた品の分配は村長の仕事だからな。個人の買い物じゃなくて村の共有財産なんだ」
「はぇー、さすが村社会。資財は共有なんだ」
「さすがに個人での持ち物はあるぞ。ただ、町まで行くには時間がかかるから、村でまとめて買ってそこから個人に分けるんだ」
「ふーん。村に行商が来たりはしないの?」
「魔獣の巣窟に好き好んで来たがる行商人はいないさ。だから、ジョゼットさんがお前さんに声をかけたんだ」
「なるほどねー」
しかし、ジョゼットすぐに来そうにはないな。しかたない、何か食べてるかな。
「あ、お菓子食べる? チョコが山ほどあまっているんだ」
私はそう言って倉庫から、MMORPGのバレンタインイベントでアホみたいな量配られたチョコレートを取り出した。
「お、おう。なんか今、その四角い枠から取り出さなかったか?」
戦士の彼は、私の倉庫画面を指差して言った。これ、他人に見えるんだねぇ。
「あ、これ、魔法の倉庫ね。中の時間が止まっているっぽいから食品の保管に便利なんだー。はい、チョコ」
「魔法すげえな……んー、チョコってお菓子は初めて聞くが、嗅いだことない匂いがするな……」
そんな匂いを嗅いで警戒しなくても、と思うが、まあ魔法で取り出した食べ物なんて警戒するか。私もチョコを一個取り出して包み紙を解き、彼の目の前で一個食べて見せた。うーん、甘い。
そうすると、彼は私の真似をして恐る恐る包み紙を解く。
「……な、なんだこれ美味え!? 甘ぇ!」
チョコを一口食べてもぐもぐと味わった後に出た、彼のその叫びに、ちらちらこちらを見ていた他の戦士達の視線が凝視に変わった。
へいへいへい。欲しいのか? 欲しいんだろ。あげるよ。約3スタック(999個×3)あるし! 限定アイテムと交換できるポイントを稼ぐクエストをクリアするたび、おまけでチョコを10個渡されるバレンタインイベントで、寝る間を惜しんで周回したからね!
私は気前よく、戦士団にチョコレートを配っていった。
うん、甘いものは笑顔になるよねぇ。
「……なんの騒ぎだ?」
「あ、ジョゼットもこれあげる。チョコってお菓子」
「あ、ああ。ありがとう? それよりも、父に会ってほしい。準備はできている」
私にそう言ってから、ジョゼットはさらに周囲に向けて言った。
「みんな、父上と私はなぎっちゃと話をするから、荷物の仕分けは母上が担当することになった」
なるほど、隣に居る青い髪のお姉さんが、ジョゼットのお母さんね。若いなー。この国は早婚だったりするのかな。
あ、チョコを凝視している。どうぞどうぞ、お一つ持っていきなされ。
『有限のアイテムを気軽に放出するのはいかがかと思われますが』
「イヴはみみっちいねえ。私の故郷には引っ越し蕎麦って文化があってね。東京もんだからか、目撃したことないけど」
私がそう通信を入れてきたイヴに言葉を返すと、ジョゼットが怪訝そうな顔で私を見ていた。
「なぎっちゃ、今の声は?」
「あー、イヴっていう、私のー、なんだろ」
『使い魔のようなものと、お考えください、ジョゼット様』
「そう、使い魔だよ。今もこの上空を飛んでいるんだ」
私が上を指さすと、ジョゼットはそれにつられて空を見上げる。だが、何も見えないだろう。上空(雲の上)だからな!
◆◆◆
村長さんは赤髪のゴリマッチョで、その見た目とは裏腹にとても腰の低い人だった。
今、私と村長さんは、品の良いテーブルに向かい合って互いに座っている。ジョゼットは村長さんの斜め後ろに立ってじっとしていた。
「魔法使い様はどちらの学派出身で?」
「学派?」
自己紹介を交わした後、そんなことを村長さんは聞いてきた。
「学派をご存じない?」
「知らないねー」
この世界の魔法使いは何かの学問の学派に所属するものなのだろうか。
「そんなまさか。魔法使い様ともあろうものが、魔法都市の学派を知らぬなどと……」
「私、この辺の魔法使いじゃなくて、遠い場所出身なんだ。ソールジアン島って島の出身だよ」
ソールジアンとは、MMORPGでなぎっちゃがマイホームを持っていた島だ。
大賢者の転職クエストが受けられる場所でもある。
「遠い島で魔法使いになれるですと!?」
あ、驚く部分なんだそれ。イヴも情報収集しているんだから、そのあたりの知識は教えてくれれば良いのになぁ……。
「その島ではどのようにして魔法使いになるのですか……?」
「ん? 一次職の魔術師は、魔術師ギルドで試練を受けたらなれるね」
「なるほど、魔術師ギルドなる場所に、未知なる神器が……」
あれ? もしかしてこの世界の人って、神器を使わないと魔法使いになれない感じ?
うーん、意外。
しかし、この村長さんも抜け目ないな。神器のある場所を聞きだそうとしている感じだぞ。
次は、ソールジアン島の場所でも聞いてくるか?
「遠い場所とおっしゃいましたが、ソールジアン島なる場所はどの国にあるのですかな?」
ほらきた。
「国家に所属していない島だけど、本当に遠いよ。私が転移魔法を使えるって聞いただろうけど、それでも無理だねぇ」
なにせ、上位の世界である地球のデジタル空間の中だ。地球にすら行けない私が、電脳の世界に辿り着けるはずもなく。
「そうですか……」
「で、移住は問題なさそう?」
「転移という伝説の御業が使えるのなら、是非とも! で、実際のところ、他にはどのような魔法が使えるので?」
「うーん、大賢者の職業は、いろいろできるからねぇ。敵を攻撃する魔法、傷を治す魔法、毒を消す魔法、水を出す魔法、石を作り出す魔法、腕力や素早さを上げる魔法、食事を作り出す魔法」
なんでもできる万能型職業は、一般的なMMORPGでは微妙な職業らしい。
だけど、私のやっていたMMORPGは、PT組んで、ボスやインスタンスに挑戦して、職業に割り振られた役割を担当して……という特化型職業が尊ばれるタイプのゲームではない。十数人、数十人、百数十人で集まって、一斉にわっと強敵と戦うタイプのコンテンツが多かったから、万能という名の器用貧乏型の大賢者でも活躍の機会は多かった。
そして、その万能性は、異世界生活をするにはすごく頼もしかった。
「おお、そんなに! しかし、食事を作り出す魔法ですか……?」
「うん。見ててよ」
私は≪クリエイトフード:リラックスティ≫の魔法を三回唱えて、テーブルの上にお茶の入ったティーカップを三つ作りだした。
「どうぞ。魔法で作ったお茶だよ。精神を落ち着かせる作用と、魔法の力を回復させる作用があるよ。ジョゼットもどうぞ」
私はそう言って、ティーカップを一つ手に取り、先にお茶を飲んだ。毒味毒味。
「おお、魔法のお茶。ではいただきましょう。……これは、ほっとする味ですなぁ」
躊躇なく飲んだな。信頼を示したいのだろうね。
ジョゼットは恐る恐るという感じなのに、肝がすわった人だ。
私は失笑しそうになりながら、リラックスティを飲み干した。すると、私の手元のティーカップが空気に溶けてなくなる。
それを見て、村長さんはぎょっとした顔になる。
「ああ、気にしないで。永続化をしていないからティーカップは使うとなくなるの」
「それは、お茶を飲んでも腹に溜まらないということですかな?」
「それは大丈夫。≪クリエイトフード≫の魔法は、ちゃんと満腹度と潤い度……いや、食べても腹に溜まるよ。栄養がどれくらいかは知らない」
「しっかりと糧になるならば、頼もしい魔法ですなぁ!」
ニコニコ顔の村長さん。うん、好感触だな。
ちなみに≪クリエイトフード≫で作れる料理の種類はそこまで多くないので、お役立ち度としては無限におつまみが出てくる神器の皿の方がはるかに上だ。
「じゃあとりあえず、開拓村への移住は決定ということで?」
私がそう村長さんに言うと、彼はにっこりと笑ってうなずいた。
「ええ、行商人もされているということで、移住が制限されている地域の住人でもないようですし、歓迎しますぞ!」
「ありがとう。これ、引っ越しのお祝いとしてお茶請けにどうぞ」
チョコレートを進呈。
「これも魔法の食事ですかな?」
「いや、単なる普通のお菓子。それよりも村長さん、一つお願いしたいことが」
「なんですかな?」
「私、別に偉い人間じゃないから、敬語とかいらないよ。私も敬語使わないけどね」
私がそう言うと、村長さんは笑みを深くし、さらに「がっはっは!」と声を上げて笑った。
「それはよかった! 敬語とか堅苦しくてかなわん!」
「父上……」
ジョゼットが呆れたように言うが、ジョゼットだって私に敬語使ってなかったじゃん。
まあ今は、しっかりチョコレートを食べてくれているようなので気にしないが!
そんなわけで、私は、こころよくこの開拓村に迎え入れられたようだった。