39.私はゲームのキャラクター名に本名を平気でつけるタイプ。
しばらく私は、この世界にどのような神器があるのかをマルドゥークに教えてもらった。
それらの神器の中には、聞き覚えのある名前がちらほらあった。そこで、地球ではどのような扱いだったかを私からも教えると、彼女はたいそう喜んでいた。
「人類に対し友好的な神のようですので、安心しました。さて、最初にした話に戻りますが……」
一息つき、おかわりとして運ばれてきた冷えた麦茶を飲んだタイミングで、マルドゥークがそのように切り出してきた。
私は、居住まいを正し、話を聞く姿勢になる。私の横に座っていたヘスティアは、こっくりこっくりと頭をゆらして眠りかけていた。
「本日は、新しき超神に、私からよき名をお贈りしようかと参った次第です」
「名前ねぇ。別にいらないけど」
地球の神様の名前を名乗るって、地球出身の私がやるにはちょっと……。
と、その時、眠りかけていたヘスティアが急に顔を上げ、こちらに向けて話し出した。
「受けておくべきじゃぞ。目に見えて権能の力が高まるからの」
へえ、それはそれは……。
「名前を変えるだけでそんな効果があるんだ」
ふーむ、パワーアップしちゃうのか。
「なぎっちゃって名前にこだわりはないし、魔法が今より便利になるなら、名前を変えるのもありかなー」
なぎっちゃって、当然ながら本名じゃなくて、MMOPRGのキャラクターにつけていた名前でしかないんだよね。
いまさらそれが地球の神様の名前に変わったからって、困ることって何もない。恥ずかしいだけで。
そんな私の言葉に、マルドゥークは嬉しそうな顔をして、神器の板を両手に握ってかかげだした。
「では、ふさわしい名前を探しますので、差し支えない範囲で権能をお伝えいただければと」
権能、私の権能ね……。
「魔法。魔石を対価とした宝物の購入。神や魔獣を倒すと強くなれる。神や魔獣を倒すと、死体を残さずアイテムに分解する。内部の時間が停止した、現実に存在しない倉庫。装備の瞬時切り替え、などなど?」
「さすが超神ですね。複雑な権能を持っているようです。では、その中で特に強化したい権能は?」
「んー、魔法かな」
「では、魔法の神に相応しき名で探します」
マルドゥークは左手に神器の板を持ち、その大きな胸の前で構えると、右手の指で板を触り始めた。
彼女のその所作に、私にはものすごく見覚えがあった。まるで現代的なタブレット端末を扱っているみたいだ……。
「さて、いかがでしょうか」
そうしてマルドゥークが差し出してきた板には、光り輝くこの国の文字で、様々な神様の名前が書かれていた。
「いろいろ出てきているね。見たことのある名前から、全く見たことのない名前まである」
私は板の表面をススッと触って、文字をスライドさせていく。
その中で、私は一つの見覚えがある名前を見つけた。それは、スクナヒコナ。
「おっ、日本の神様だ。確か、温泉と酒の神様だよね」
「検索して出てきたということは、魔法の神のようですが……ふむ、確かに酒造をつかさどる神でもあるようですね」
「酒造かぁ……飲む方ならいいけど、造る方はわざわざ専用の名前をつけるほどの興味はないかなぁ……」
「うふふっ、バッちゃんと被りますものね」
バックスのことだろうか……。愉快な呼ばれ方しているなぁ。
とりあえずスクナヒコナは保留にしておき、他の魔法神の名前を検討することにした。
イシスとかいいかなと思ったけど、どうやら豊穣神らしくて、同じ豊穣神のマルドゥークの前でこれを選ぶ度胸は私になかった。
ふーむ、決まらないな。
『ニギハヤヒなどは、どうでしょうか』
と、イヴが突然、そんな提案をしてきた。
「!? 今の声は?」
虚空から聞こえてきた声に、マルドゥークは驚いて周囲を見回している。
「あー、驚いたよね。今のはイヴっていって、私が所有している空飛ぶ船の神器に宿る人格の声だよ」
「なぎっちゃ様は、空飛ぶ船まで所有しておられるのですか……」
うん、ごめん。あなたが持っている飛空艇より、多分スペック上です……。
「で、イヴ、そのニギハヤヒっていうのはどんな神様?」
『十種の宝物を持ち、天磐船という空を飛ぶ船に乗って、天から降臨したという神です。マスターのネット百科事典の閲覧履歴にありました』
「うわ、それっぽい! 確かにそんなの深夜のテンションで調べたかもしんない」
『別名を天照皇御魂大神と言います』
「アマテラスなんだ!」
『ちなみに男性神です』
「えー、男性神の名前かー……うーん」
『日本人のマスターにとって、男性の偉人や神が実は女の子、という事態は慣れているのでは?』
えー。いや、そう言われると、ありだな……。
この一覧にあるってことは、魔法の神なのだろうし。
「よし、私、アマテラスになる! 愛称はアマ公! わんわんお!」
私がそう宣言すると、マルドゥークは神器の板で何やら確認した後、にっこりと笑って私に向けて言った。
「なるほど、では、アマテラススメミタマノオオカミで命名してよろしいですか?」
「長くてごめんね」
「いえいえ、問題はありませんよ。これだけ名前の長い神も珍しいですけれども」
そう言いながらマルドゥークは神器の板を操作すると、『承認しますか?』とこの国の文字で書かれた画面を私に見せてきた。
「では、よろしければ承認を」
「……何か、それっぽい儀式とかはしないんだ」
「面倒臭いでしょう?」
「まあ、確かに」
私はマルドゥークの言葉に心の底から同意しながら、『承認しますか?』の下に書かれていた『はい』『いいえ』の文字のうち、『はい』を指先で押した。
すると……。
『名称を変更できません』
そんな画面がタブレット端末……否、神器の板に表示された。
「おや?」
「……おかしいですね。このようなことは初めてです」
マルドゥークは、神器の板を高速でいじって、再び承認画面を出現させた。
私は、再び承認のタッチをする。しかし。
『名称を変更できません』
「今まで、複数の超神にすら命名してきた、力ある神器なのですが……」
困惑したように、マルドゥークが言った。
そして、画面を眺めていると、追加で文字が表示された。それは、日本語の文字。
『〝プレイヤーID:nagisa_chabashira〟及び〝プレイヤーネーム:なぎっちゃ〟はデータ保護されているため、名称を変更できません』
オイオイ。このID、MMORPGで使っていた私のIDじゃん。
どういうこと?
疑問に思っていると、イヴの声が再び響いた。
『マスターは今、地球のゲームサーバと繋がっています。ガチャのラインナップが定期的に変わるのもそのためですね。ゆえに、〝なぎっちゃ〟こそがマスターの正しい名前で、この世界の神器による干渉程度では、名前を変更できないのでしょう』
な、なるほどー。
困惑するマルドゥークに、私は説明をしてあげた。
天上界では、本の中の登場人物を動かして遊ぶような遊びがあったこと。
私もその遊びをやっていたこと。
この世界に来た私は、本と繋がっていたイヴを通じて、その登場人物の姿に変身したこと。
私の権能は、全てその登場人物が本の中で使っていた能力だということ。
今もその本とはつながりがあって、登場人物の名前は神器では変更不可能なこと。
「なるほど、つまり、なぎっちゃ様は、すでに強力な命名をされているわけですね。天上界の本に登場する英雄の名で……」
「そういう解釈は、できないでもないかなぁ……」
というわけで、マルドゥークの目的は失敗に終わった。
用事が終わったので帰ると彼女は言いだしたが、ヘスティアが食事を取っていけと引き留め、その日は神殿で食事会となった。
私はヘスティアにゴーヤチャンプルを作らされ、ついでに食事をごちそうになった。
そしてその日、マルドゥークは神殿に一泊していき、一夜明け……。
「さ、ヘスちゃん、帰りますよ」
「いーやーじゃー! 私は、しばらくここに住むのじゃー!」
「まあ、放浪癖のあるヘスちゃんが珍しいですね。でも、あなた、自分の神殿を数十年放置しているでしょう」
「ちゃんと旅先からレシピ集は送っておる!」
「高度すぎてレシピを見ただけでは作れない料理が、たくさんあるのですよ」
「そこまで面倒は見きれないのじゃ!」
何やら朝から二人が揉めていたが、私はスルーして、雑貨屋の品出し作業へと戻った。
飛空艇が村から飛び立った後もヘスティアは村にいたままだったので、どうやら無理やり連れ帰るということはなかったようだ。
マルドゥークか。彼女のあの神器の板は、ちょっと面白そうなアイテムだった。
私の手元に神器がそろったら、対価を払って命名に使わせてもらうのも悪くないかもしれないね。




