38.スチュワーデスとはなんぞや、と会社の先輩に聞いたらすごく渋い顔をされた。
夏も暑さがピークに近づこうとしている、今日この頃。昼ご飯をのんびり食べ終わった私は、村の神殿までやってきていた。
商人として、ヘスティアに世界中から集めた食材を売りつけるためだ。私は神殿の厨房で食材のお披露目会を開いた。
「ふおー! 見たことのない野菜! こ、これはなんという野菜じゃ!?」
「ゴーヤだね。苦いけど、ゴーヤチャンプルにして食べると美味しいんだよねぇ」
「その口ぶり、天上界の料理じゃな! マルの奴め、こんな野菜を生み出していたことを私に黙っておったとは……。して、ごーやちゃんぷるとは、どのような料理じゃ!?」
「うーん、料理スキルじゃゴーヤを使った料理が作れないから、見本は見せられないけど、ゴーヤと薄切り肉と豆腐と卵を醤油で炒めた料理だね。ビールに合うんだよねぇ」
「うむむ、しょうゆか……まさか私の知らないあのような調味料があるとは……」
なんと料理神であるヘスティアは、醤油の存在を知らなかった。
味噌は知っていたから、この世界ではまだ醤油は発明されていないのかもしれないね。
「まあ、醤油は興味があったら自分で醸造してみてよ。桶に入った味噌を長期間放置したら上に溜まる液体があるけど、あれを発展させたのが醤油だよ。多分」
「なるほどなるほど。では、次のこれはなんじゃ!?」
「それはニシンの卵を塩漬けにした物で――」
と、ワイワイやっていると、見習いくんが小走りで厨房へとやってきた。
「失礼します! ヘスティア様、なぎっちゃ様。シャロン様から伝言です!」
なんだろうか。シャロンというのは、神官さんの本名だな。
「村の南方から、マンジェトが近づいてきているそうです!」
「なんじゃと!?」
「まんじぇと?」
私とヘスティアは、同時に言葉を口にしていた。
まんじぇとってなんだ?
「これは、今すぐ逃げるべきかのう……」
「ヘスティア、まんじぇとって何?」
なにやらブツブツと独り言を言い出したヘスティアに、尋ねてみた。
「マンジェトは空飛ぶ船じゃ!」
「空飛ぶ船……飛空艇! 神器かな?」
「豊穣神の神器じゃ! うぬぬ、あやつめ、私が野菜を盗んだことに気づいて、叱りにきおったか……」
あー、あの噂に聞く、緑の神。
でも、叱りに来たって本当かな? この前、野菜の盗難についてバックスが次のようなことを言っていた。
「ヘスティアが野菜を盗むのは、緑の神とのじゃれ合いみたいなもので、緑の神自身はその様子を優しい目で見守っているよ。自分が育てた野菜を美味しく料理してくれるのは、すごく嬉しいらしい」
この言葉を信じるなら、わざわざ叱るためにはるばる国を越えてくることなんてしないだろう。
となると、ヘスティアに何か他の用事があるのかな?
「ヘスティア、豊穣神様に会いに行こうか」
「なんでじゃ!? 私に裁きを受けよというのか!」
「大丈夫、大丈夫。私が取り成してあげるから」
「本当じゃな!? 約束じゃぞ!」
私は「解った解った」とヘスティアをなだめながら、展開していた食材をアイテム欄にしまって厨房を出る。
そして、神殿を出て広場から村の南を眺めると、空の上に船が一隻浮いていた。
巨大な木製の船だ。帆は張られていない。
「か、かっけぇー。本当に飛空艇じゃん!」
私は思わすそんなことを叫んでいた。私の周囲では、同じように子供達が集まって騒いでいる。
『マスター。木造の船より、金属製の宇宙船の方が格好良いとは思いませんか?』
と、私の言葉に反応して、宇宙船ホワイトホエール号の管理AIイヴが、そのようなことを通信してきた。
面倒くさっ。だが、私はイヴのご機嫌なんて取らないよ。
「宇宙船と飛空艇は、ジャンル違い! スペオペとファンタジーは違うの! そしてここはファンタジー全開の世界!」
『まことに遺憾です』
などとやりとりをしている間に、船は村の南にある草地へ着陸した。船の底は平らだったので、陸の上にも降りられるのだろう。
しばらく子供達と一緒にはしゃいでいると、村の入口方面から、きらびやかな鎧を着た集団が並んで歩いてきた。
集団の先頭には村長と村の神官さんがいて、彼らを先導しているようだ。
そして、集団が広場に到着すると、鎧の人達は整列して横に並び出す。
綺麗に並んだ集団の中央には、これまたきらびやかな服を着た一人の女性が優雅にたたずんでいた。
あれが豊穣神だろうか。豊穣神の名に相応しく、女性なのか。
というか……。
「おっぱいでっけぇー……」
私が思わずそんなことをつぶやくと、横にいたヘスティアに頭を叩かれた。
「何を言うておるのじゃ、おぬしは」
「いや、豊穣神の名に相応しい見た目をしているなぁと」
「豊穣神と乳のでかさが、何か関係あるか?」
そんな馬鹿なやりとりをしている間に、女性は一人、広場の奥へと歩いてくる。
すると、広場に集まっていた村人達がさっと左右に分かれた。分かれた中心にいるのは……私とヘスティアだ。
その私達に向かって、女性は真っ直ぐと歩いてくる。
そして、私達の前へと立つと、女性は鈴を転がすような声で言葉を放った。
「お初にお目にかかります、神を超えし神よ。私、農業をたしなんでいる神の一人、マルドゥークと申します」
「へっ?」
神を超えし神。私のことだ。
豊穣神の視線は、ヘスティアではなく私に真っ直ぐ向いている。
もしかして豊穣神の用事って、ヘスティアに関してじゃなかったのかな?
◆◇◆◇◆
豊穣神マルドゥークに挨拶を受けた私は、改めて神殿内に移動した。
鎧を着た彼女の従者達は神殿へと入ることなく、マルドゥークが一人でやってきて、ヘスティアもそれについてきた。
応接室のテーブル席にヘスティアと隣同士で座り、マルドゥークは私の正面に座る。
緊張した見習いくんが冷えた麦茶を持ってきたところで、彼女の用件を聞くことになった。
彼女の用件。それは、野菜泥棒を叱りつけることでも、私に天上界の農業事情を聞くことでもなかった。
「あなた様に、この神器を使わせていただこうと思いまして」
マルドゥークは、腰に吊り下げていた一枚の板を私に掲げてみせた。
それは、緑色に輝く、A4サイズほどの板だ。
「む、むむむ。その神器の名前を当ててあげる」
ふっふっふ。ちょっと、今回は名前当てに自信があるよ。
「エメラルドタブレットでしょう!」
「いえ、この神器は命名の神器『トゥプシマティ』と言います」
欠片もかすってなかったわ。
「命名の神器ね。確か以前、神官さんに、神器は専用の神器を使って名付けできる、とか聞いたような気がするけど」
「このトゥプシマティのことでしょうね。わざわざ命名をするためだけに存在する神器の話は、他に聞いたことがありません」
はー、命名用の神器ねぇ。なんでそんなものがあるのやら。
「なぜそのようなことに貴重な創世の力を使ったのか、とでも言いたげですね。しかし、これはなかなか強力な神器なのですよ」
「へえ、そこまで強調されると詳細が気になるねー」
「はい。この神器は、かつて天上界に存在したときは、神の名を記した粘土板の欠片だったのです。それがこの地に創世の力として降臨した際、私の手で『天上界から名前を授かる神器』として作り直しました。天上界の力ある言葉で何かを命名すると、その対象の力がより強まるのです」
天上界……地球から名前を授かる? どういう意味だろう。
「なぎっちゃ様は、天上界の出身でいらっしゃるとか。天上界に存在した名前をこの世界で聞いた覚えはありますか? もしありましたら、この神器が正しく作動していたと判って、嬉しいのですが……」
「あー、あるある。めっちゃある。たとえば、ヘスティアとか」
私がそう言うと、私の横に座ってぼんやりとしていたヘスティアが、ビクッと肩を跳ねさせた。
「ヘスちゃんは、天上界では、どのような存在でしょうか?」
ヘ、ヘスちゃん……。
まあ、二人の仲を詳しく探るのはまたの機会にして、私はなけなしの知識を絞り出す。
「ヘスティアは、ギリシア神話っていう伝説に登場する、かまどの神様だね。十二いるすんごい神様の一柱で、処女神だったかな」
「あらまあ、ヘスちゃんは、天上界でも初心なのですね」
「なんじゃと!?」
どうどう、ヘスティア、殴りかかろうとしない。
他にも私は、この世界に来て聞いた神や神器の名をあげて、地球でどのように扱われていたかを語っていった。
バックス、ペガスス、アイギス、ファーヴニル。マルドゥークはごめん、なんの神様かは知らない。
「ファーヴニルは邪悪な竜の名前で、あの神は人間に敵対する邪神だったみたいだけど、邪神もあなたがわざわざ会いに行って命名したの?」
私は、ふと気になったことをマルドゥークに尋ねた。
「いえ、この神器に距離の制限はありません。この神器は正確には名付けをする神器ではなく、名前を押しつける神器なのですよ」
「押しつける? 勝手に名前をつけちゃうってこと?」
「はい。もとは四千年前に存在した邪神に対し、倒されるべき存在としての名前を押しつけ、弱体化させるために作り出した悪意ある神器なのです」
「あー、なるほど」
バフ用アイテムとして運用しているが、本当はデバフ用アイテムだったわけだ。悪意ある、というのは、神器は本来そのままだと、人に悪影響を与えない存在だからだろうね。
納得する私に、マルドゥークは続けて言う。
「そして、邪神ファーヴニルが所持していた杖の神器には、名前をつけていません。杖として相応しい名前をつけて、威力を高めることがないよう、あえて命名していなかったのです」
へー、なるほどねぇ。
今は私の手元に来たんだから、改めて名前をつけてもらうのもいいかもしれないね。黒い炎が出る杖だから、レーヴァテインとかさ!




