35.ゲームキャラだから太らない。甘味も油物も食べ放題。
美味しいサラダは見る見るうちになくなり、皿は空になった。
「うむ、しっかり食べているようでよろしい。次は、魚に小麦粉で衣をつけて揚げた物に、酢で味をつけた餡をかけた料理じゃ」
両手に皿を四枚つかんで食堂にやってきたヘスティアは、席に座る四人の前にそれぞれ魚料理の皿を置いた。
「おー、揚げ物かー」
「うむ。この村はさすが、魔獣との最前線じゃの。獣脂がたんまりあって、普段はなかなかできない揚げ物をさせてもらったのじゃ」
「村長さんの家でも、結構、揚げ物は出るからね。それに、獣脂を使った石鹸がこの村の特産品なんだ」
「ほう、石鹸か。それはよいことを聞いた。帰るときは大量に買い込んでいくこととしよう」
私が村の特産品アピールをすると、ヘスティアが食いついた。
ヘスティアって料理人だものね。身を清潔に保つのは大事だよね。
また上機嫌でヘスティアが去っていき、私達は魚料理を食べる。
うーん、餡がほくほくの魚の身に絡んで、すごく贅沢な味だね。それに、ワインと合うこと合うこと。
「お待たせしたのう。甘くした酢のソースをかけた魔竜のステーキ、焼きたてパンつきじゃ」
メインきた! しかもパンつき!
美味い! これは美味いぞー!
一皿ペロリと食べ終わると、神官さんと見習いくんも同時に食べ終わっていたようだ。唯一、ヘスティアの料理に慣れているであろう、バックスが一人のんびりとワインを飲みつつステーキを食べ進めていた。
私はじっとバックスを見つめるが、彼は「あげないよ?」と一言言って、スローペースでステーキを食べていった。
仕方ないので、私は天国のワインをちびちびと飲む。うーん、このワインも相変わらず最高だね。
「最後のデザート、甘い酢のソースをかけたプルプル透明餅じゃ」
ヘスティが最後に運んできたのは……わらび餅? うっわ、懐かしい。
透明感のある餅は、暑い夏にふさわしい清涼感が満ちていた。
これも、当然のように美味しい。
「うーん、私がいた日本っていう国は、料理文化が発達していたから、文明が後進的なこの世界では、そんじょそこらの料理では満足しきれないと思っていたのだけど……」
席について、私達がわらび餅を食べる様子をニコニコとしながら見守っていたヘスティアに、私は言う。
「うむ、どうじゃった?」
「見事にしてやられたね! これが千五百年の研鑽! これは天上界の高級料理店にも劣らない味だよ」
高級料理店って、数回しか行ったことないけど。
「それは嬉しいのう。しかし、天上界の料理か。興味あるのう……なぎっちゃは料理を作れるかの?」
「一人暮らししていたから、料理くらい作れるけど……あ、待って、私、能力で料理作れるんだった」
「料理を作る権能とな?」
「うん、作ってみるから、厨房からコップ一杯くらいの神の酢持ってきて」
「了解したのじゃ!」
「ああ、使いっ走りなら、僕が……いっちゃった」
わらび餅を食べ終わった見習いくんがヘスティアに向けて言うが、すでにヘスティアは厨房に向けて早歩きで去っていくところだった。
さて、ヘスティアが戻ってくる間に、材料を取り出す。
テーブルの上に、MMORPGで使っていた携帯料理セットを置く。
そして、生産システムの料理スキルを発動し、レシピを確認。
まな板に、豚肉、タマネギ、ピーマン、塩、オリーブオイルを倉庫から取り出していく。
すると、厨房からヘスティアがコップを持って早歩きで戻ってきた。
「持ってきたのじゃ。……本気でテーブルの上を使って料理するのか。簡単に作れるような料理の材料には見えぬが」
「大丈夫、大丈夫。材料をスキル画面にセットして……」
「せっかく出したのに仕舞うのかの?」
「ああ、これは仕舞っているんじゃなくて、材料を投入しているんだ。アイテムを出し入れする能力とはまた別だよ」
倉庫やアイテム欄を使っていると思われたみたいだね。
残念、これは料理スキルに食材をセットしているんだ。
「それじゃあ、料理開始!」
「ぬわわー! いきなり料理が目の前に!」
料理スキルの挙動を見て、驚きのリアクションをするヘスティア。見習いくんも、同じく驚愕の表情だ。
ただバックスと神官さんは「なぎっちゃってそういうことするよね」とでも言わんばかりの余裕の表情で、みんなを見守っている。
くっ、自慢の宴会芸なのに、半分しか驚かせられなかったか。残念。
「というわけで、私の神としての権能、レシピ通りの材料を投入すると一瞬で何かを作り出してくれる、生産スキルシステムだよ」
「これはまた、神器に匹敵するすごい能力じゃのう……して、この料理は、どのような料理かの?」
「天上界の料理の一つで、酢豚!」
「すぶた」
「酢の豚って意味の料理だね。揚げた豚を野菜と一緒に炒めて、酢と片栗粉と一緒に炒めたものだよ」
「材料に片栗粉はなかったように思うのじゃが……」
「大雑把なレシピだからね。片栗粉が材料になくても、片栗粉が使われたかのような料理として完成します」
「それはまた、創世の力で足りない材料を補っておるのじゃろうが、また面妖な……」
「とりあえず食べてみて」
「ふむ……」
私から酢豚の皿を受け取ったヘスティアは、腕輪の神器をフォークに変形させて、酢豚を食べ始めた。
ヘスティア以外の三人から「食べたい」という視線を感じるが、残念ながら料理スキルで完成する料理は一皿あたり一人前なのだ。
「これは……ううむ、私も精進せねば。まさしく、天上に昇るかのような味じゃ」
ヘスティアからお褒めの言葉を頂きました。
ふへへ、私の料理スキルのレベル、最大値だからね。めっちゃ美味い料理がいくらでも作れるよ。
「うむ、作り方はだいたい理解したのじゃ」
食べ終わり、消えた皿に驚きつつも、ヘスティアはそんなことを言った。
すごい。私の適当な説明を受けて料理を食べただけで、作り方を把握するとは。
「よし、決めたのじゃ。私、しばらくこの村に住む」
「えっ」
今度は、私がヘスティアに驚かされる番だった。まさかの神様による移住宣言。
「なぎっちゃに、いろいろと天上界の料理を作ってもらうのじゃ。そして、その調理法を覚えて、世界中に広めてみせようではないか」
「そんな壮大な話か……」
異世界間の文化ハザードしちゃわない? 現地世界の料理神による監修が入るから問題ないのかな?
「ヘスティア、村に迷惑かけるのはいけないよ」
バックスが、やんわりとヘスティアを止めようとする。
だが、ヘスティアはそれに対し拒否の構えだ。
「迷惑はかけぬ! 幸い夏じゃから、外にテントでも張れば十分過ごせるじゃろ」
「神殿に滞在していただいて構いませんが……」
神官さんが、恐る恐るといった感じにヘスティアに告げる。
「おお、そうか。この村の神殿はバックスの神殿じゃったな。それなら、多少は無理も言ってよいか」
「神殿にも迷惑かけないでね!」
ヘスティアの言い草に、語気を強くするバックス。だが、ヘスティアはどこ吹く風だ。
「というわけで、なぎっちゃ、しばらく世話になるのじゃ」
「ああうん、私の能力でコテージとか出せるから、必要なら言ってね」
「おぬし、なんでもありじゃの……」
ヘスティアが呆れたように言うが、なんでもありなのは自覚しているので、私は気にしない。
というわけで、北バックス開拓村に、新しい仲間が加わった。
神という大物だが、村長さんの胃は大丈夫かな? 今度、状態異常回復ポーションでも差し入れてあげることにしよう。




