34.一人暮らしが長いと、にぎやかな食卓が恋しくなる。
「では、これから私が料理を振る舞ってやるのじゃ。なぎっちゃ、おぬしの出した材料は使ってよいのか?」
「うん、他に足りない物があったら出すけど」
「では、遠慮なくいくのじゃ。これは海の魚じゃな? これを人数分、一人一匹で――」
ヘスティアが料理を始めると言ったので、美味しい料理を食べるため倉庫から食材を放出する。
倉庫の中は食材が腐らないので、生活を豊かにするため地方に行商へ行くたび買い込んでいたのだ。ゲーム時代に手に入れた食材ももちろん入っている。
「おぬし、便利じゃなぁ。私の旅についてこぬか?」
「いやあ、私はこの村でのんびり過ごすのが合っているよ」
この村から北側じゃないと、ほとんど魔獣が出ないみたいだし。レベル上げとガチャ回しをするため、魔獣の森に近いこの村から長期間離れるつもりはない。転移魔法があるといっても、旅に出ている最中に何度もこっちへ戻ってくるというのは、なにかが違う気がするからね。
「残念じゃ。さて、メインは肉料理にするとして、ここにあるのは鶏肉と、なぎっちゃの出した謎の肉じゃが……」
「あ、それ? 魔竜の肉だよ」
「ああ、この前、バックスが狩って、この国の王都まで運び込んだという大物の魔獣か。私も料理役に招待されたのじゃ」
「それとは違って、この肉は私が狩った方だね。多分、バックスのやつより、私のやつの方が、血抜き処理とか完璧なんじゃないかな」
なにせ、ゲームシステムさんがバラしてくれた肉だからね。血合いなんて全くない。
「あんな大きな生物の血抜きなんて、完璧にできるわけがないじゃないか」
と、バックスが少しふてくされた様子なので、私は諭すように言う。
「バックスの方は、解体ショーで盛り上がって、王都でお祭り騒ぎができたんだから、別にいいじゃない」
その経済効果に比べたら、血抜きが不十分な程度なんだというのか。
「まあ、そうだけどさ」
「あの祭りは楽しかったのう!」
ヘスティアが楽しそうに笑いながら、素早く食材を取り分けていく。
「よし、これだけあれば十分じゃ。なぎっちゃ、残りは仕舞ってよいぞ」
「あー、私が出したやつ、どれがどれか判らなくなっちゃったね。神官さん、あまった食材は神殿に寄付するよ」
私がそう言うと、神官さんは「ありがとうございます」と礼を述べて、見習いくんと一緒に食材を厨房の隅にある箱に仕舞い始めた。
なんだろう、あの箱。ふたを開けられた箱に近づいてみると、夏だというのに涼しい。
「もしかしてこれ、冷蔵庫?」
私がそう言うと、神官さんは中に野菜を仕舞いながら言う。
「冷蔵の魔道具ですな。貴重品です」
「すごいね、村長宅にもこんなものなかったよ」
「その村長殿を通じて、魔法都市から仕入れた品です。バックス神殿は魔法都市との関係が薄いものでしてな。村長殿の伝手はありがたいものです」
ああ、この前、村長の娘のジョゼットが言っていたけど、彼女の妹が魔法都市に留学しているらしいね。その伝手か。
魔法都市って、魔法使いを輩出するだけじゃなくて、魔道具も作るんだなぁ。
そうしてヘスティアがよけた食材は全て箱の中に仕舞い終わり、ヘスティアは調理台の上で右手を掲げた。
彼女の右手の手首には腕輪が巻かれているが、それが突如、光り出す。
すると、次の瞬間、腕輪が消えて、代わりにヘスティアの右手に一本の包丁が出現した。
「おお!」
その様子を興奮気味に見守る神官さん。
「ヘスティアの神器、『千の剣』だね」
部屋の隅に陣取ったまま、バックスが言う。
包丁の神器か。
「神器の皿や酒杯なんて持っている私が言うことじゃないけど、わざわざ包丁を神器にするだなんて、すごいことするね」
「いや、あれは、あらゆる武器に姿を変える、戦闘用の神器だよ。今は包丁の見た目をしているけど、数多の魔獣や人間、神の血を吸ってきた危険な神器だ」
バックスの解説に、なるほど、と納得する。わざわざ食材を切るためだけの用途で神器を作るわけがないか。
「さて、これから料理を始めるのじゃが、厨房にこれだけ人がいても邪魔じゃな。順次、料理を運んでいくので、食堂で待っているのじゃ」
そう言いながらヘスティアは、シュバババと機敏な動きをし、なにやら一品料理を作り出した。
「酢の物じゃ。これでも食べて、のんびり待っておるがよい」
皿に盛られた数種の野菜の酢の物を渡されると、私達は厨房を追い出された。
うーん、料理風景見てみたかったんだけどね。
仕方なく、私達は神殿内の食堂へと移動し、テーブル席に着く。
小腹が空いていた私は、早速とばかりに、酢の物を食べることにした。アイテム欄からマイ箸とマイ皿を取り出しテーブルに置き、酢の物を皿に取り分ける。そして、一口食べてみると……。
「な、なんじゃこりゃ。ただ野菜を酢で和えただけなのに、美味しすぎる……」
「どれどれ……」
見習いくんが追加で皿と食器を持ってきたので、バックスも料理を口にする。
すると……。
「おおう、確かにこれはすごいね。僕の神器のワインや林檎酒を使った酢とも、また違った味わいだ」
「神官さんと見習いくんも食べてみて!」
どうやら神と同席するのに見習いくんがものすごく緊張していたみたいなので、神官さんとセットで誘ってみた。
「では、失礼しまして……」
「ぼ、僕なんかがいいんでしょうか……」
二人はトングで自分の小皿に酢の物を取り分け、スプーンで器用に口へと運ぶ。
そして、もぐもぐと咀嚼すると、至福の表情を浮かべた。
「これは、なんのお酒が合うかな? どっちの神器を出す?」
バックスが、真っ昼間から酒の提案をしてきた。まったく、昼間から酒なんて、私はそんな不謹慎なこと……やろうぜ!
「酢の物に合うかは判らないけど、メインは魔竜の肉だよね。天国のワイン開けちゃおっか」
「ヒュー、なぎっちゃ、やるう!」
バックスが嬉しそうに私をもてはやす。
天国のワインは、私が持つガチャ機能から産出したワインだ。創世の力が込められた、ものすごく美味しいワインである。数が有限なので、滅多に飲むことはないのだが……。
と、神官さんがワイングラスを四つ持ってきた。
遠慮なく自分達も飲むつもりだな? 神相手でも酒には妥協しないのか。よかろう、許すぞよ。
私は神官さんに天国のワインの瓶を一本渡す。
すると、神官さんは瓶を上に掲げて頭を下げ、数秒間、動きを止める。それを見たバックスが「うむ」とうなずいてみせる。うーん、何かの宗教的儀式かな?
そして、神官さんはコルク抜きで天国のワインの栓を抜いた。この世界って、コルク栓がすでに発明されているんだよね。おかげで、瓶入りのワインの品質が高い。嬉しいかぎりだ。
神官さんがワイングラスに天国のワインを注いでいき、さあ、乾杯しよう、といったところで、食堂にヘスティアが入ってきた。
「なんじゃ? 料理を私に任せて酒盛りか? いいご身分じゃのう。ほれ、一品目、神の酢を使ったドレッシングの贅沢サラダじゃ。生野菜じゃが、寄生虫の心配も、腹を壊す心配もしなくてよいぞ」
ああ、この世界の農業って未発達だから、野菜の生食での寄生虫の心配なんてあるんだな。
私の身体はゲームキャラだから魔法一発で状態異常がなくなりそうなので、寄生虫とか気にしなくてもいいとは思うんだけど……一応気をつけておこう。
「しかし、見たことのない銘柄のワインじゃな」
テーブルの中央にサラダの大皿を載せたヘスティアが、テーブルの上に置かれた天国のワインを見ながら言った。
「ああ、これ? ガチャ……私の権能で生み出した特製ワインだね」
「むっ、バックスが言っていた天国のワインか。ぜひ私に――」
「貴重だから、酢にはしないよ」
「それは残念じゃが、そうではない。私にも飲ませてほしい。料理が全て終わった後に飲むからの」
「それくらいなら在庫はまだあるから、了解だよ」
私がそう言うとヘスティアは、ルンルン気分で厨房へと戻っていった。うーん、十二歳くらいの見た目の子に酒飲ませるのって、抵抗あるなぁ。まあ、私も今の姿は十五歳くらいの見た目で、バックスも見習いくんもそれと同じくらいの年齢層に見えるんだけど。違和感ないの神官さんだけだな。
さて、サラダを食べよう。これもトングで取り皿に取り分けて、箸でいただく。
「うっわ、これも美味しー。しかも、野菜がすごく新鮮! こんな新鮮なサラダ、こっちに来て初めて食べるよ」
この村には野菜畑があるが、今のところ村長宅の食事でサラダが出たことはない。だいたい酢漬けか温野菜だ。
「緑の神の畑から奪ってきた野菜を僕の権能で冷やしながら運んだからね……大変だったよ」
バックスが、げっそりといった表情でサラダを口に運ぶ。
緑の神は、神器の力でこの世界に地球の野菜をもたらした豊穣神だっけ。
そんな神様の野菜を奪ってくるとか、ヘスティアってロックだなぁ。




