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31.旅客機で飲むスープはやけに美味しく感じる。

「これより新魔法を覚えます!」


 夏の青空の下、私は高らかにそう宣言した。

 天気は雲一つない快晴で、これから覚える飛行魔法を試すにはちょうどよいだろう。まさに魔法日和。


「なぜ私はこの場に呼ばれているのだろうか……」


 腕を組んで困惑しているのは、村長の娘であるジョゼットだ。

 なぜ呼ばれているのかって?


「私一人でこんな面白そうなこと試すのは、もったいないじゃん! 一緒に魔法で遊ぼう!」


「私はもう成人していて遊びにかまけるような歳じゃないし、村での雑務もあるのだが……」


「えー。いいじゃん。大人だって遊んでいいじゃん。ねー、ソフィアちゃん」


「貴重な体験ですわ! 貴重な体験ですわ!」


 元男爵令嬢のソフィアちゃんは、今日も元気だ。全身から魔法が楽しみで仕方ないという様子を見せている。見ていてほっこりするね。


「ま、たまには息抜きくらいしないとね」


 私はもう一度ジョゼットに念を押すように言った。


「なぎっちゃは、いつも息抜きばかりしているように見えるが」


「そりゃあ、生活に困っていないからね。スローライフってやつ」


「すろー……?」


 あくせく働かなくちゃやっていけない開拓村の人達には、ほど遠い概念ですよ。

 この村、神殿が定時で鐘を鳴らすので、割と時間に縛られた生き方をしているんだよね。時間に縛られない解放された生活がスローライフってやつだよ。

 不動産の不労所得で東京スローライフとかやってみたかった。地球に戻れぬ今となっては、叶わぬ夢である。


「で、話を戻して、魔法を覚えるよ」


「楽しみですわー。なぎっちゃは、どの学派に属しているのかしら?」


 ソフィアちゃんが心底楽しみという表情で、そんなことを言った。

 学派か。この世界の魔法使いが集まるという魔法都市での、派閥か何かだったかな。


「残念。私は、魔法都市出身の魔法使いじゃないから、学派はないんだよね」


「はっ、そうでした。なぎっちゃは神でいらっしゃるのでした」


「うん、根本的に、この世界の魔法とは違う魔法を使うよ。この世界の魔法って見たことないけど」


「私も魔法使いの方とは、一度しかお目にかかったことがありませんわー」


「そうなんだ。男爵令嬢でも会う機会がないんだねぇ」


 もしかして、魔法使いって結構な特権階級だとか?

 いや、でも魔道具っていう不思議アイテムがそれなりに広まっているから、そこまで魔法使い本人の魔法は重宝されない気もするんだけど。


 まあ、それは今度、村長にでも尋ねてみることにして。本題の新魔法である。


「こちら、十一連ガチャのおまけで手に入れた、重力魔法の魔法習得書になります」


 私は、アイテム欄から一冊の本を取り出した。

 革張りの分厚い本である。


「どうやって覚えるのかしらー?」


 ソフィアちゃんが、その習得書に鼻先を近づけながら、尋ねてくる。


「経験値チケットと同じだね。使用すると念じるだけで覚えられるよ」


「ということは、私も魔法を覚えることができるのかしら? できるのかしら?」


「この習得書は、魔術師系統の職業(クラス)についていないと使えないねぇ。そして、この世界で職業(クラス)の概念があるのは、私だけ」


「残念ですわー」


 言葉通り心底残念といった感じで、ソフィアちゃんは習得書から距離を取った。

 一方、ジョゼットは腕を組んだまま難しそうな顔をしている。


「経験値チケットと同じ手順で、本を使うだけで新しい魔法を覚えられるのか……妹が聞いたら憤慨(ふんがい)しそうだな」


「あれ? 妹さんいるの?」


 思わぬ新情報を受けて、私はジョゼットに問うた。


「ああ、魔法都市に留学しているぞ。なぎっちゃが今、住んでいる部屋は、妹の部屋だ」


「あー、あの部屋、客室じゃなかったんだ」


「客室は今、物置になっている」


「駄目じゃん。あの家、村長宅なのに客室使えないの駄目じゃん」


「耳が痛いな……」


 急に村へお偉いさんが来たらどうするんだよ。神殿関連は神官さんが受け持ってくれるとはいえ。


 さて、話が飛んだが、魔法の習得だ。

 私は習得書を手に持ったまま、『習得書を使用する』と頭の中で強く念じた。


『魔法習得書≪グラビティゾーン≫を使用しますか? はい いいえ』


 目の前に、日本語で書かれたウィンドウが開く。

 私はそのウィンドウを見つめ、『はい』を選択すると念じる。


『魔法≪グラビティゾーン≫を習得しました』


 そんなメッセージと共に、私の足元から光の柱が立った。


「うわっ」


「はわー」


 突然のエフェクトに、ジョゼットとソフィアちゃんが驚きの表情を浮かべた。

 うん、大丈夫大丈夫。今の光はただの演出で、なんの効果もないから。


「さて、新魔法≪グラビティゾーン≫を覚えたよ。物理属性の上級魔法で、単体攻撃だね」


「なぎっちゃの魔法は上級と下級に分かれているのか?」


 ジョゼットが聞いてきたので、私は答える。


「初級、下級、中級、上級、最上級の五段階に分かれているね。それぞれ詠唱時間が異なるよ」


「なるほど。狩りに行ったときに使っていた矢を撃つ魔法は、詠唱の類をしていなかったように見えたが」


「あれは初級だからね。詠唱なしでぶっぱできるのが売り」


 詠唱中に攻撃を受けると、一定確率で詠唱が中断されちゃうんだよね。ノックバックを受けたら、確定で中断だ。

 なので、最上級魔法を確実に当てたいときは、敵から離れたところで詠唱して≪チャージマジック≫の技能を使い、敵に向けて走って近づいて≪リリース≫で魔法を解放する、みたいな運用も結構やっていた。


「さて、とりあえず、普通に魔法を使ってみるよ。こちら、的になりまーす」


 アイテム欄から、ドカンとその場に的を出した。


「……的? ずいぶんと立派な全身鎧に見えるが」


 うん、その通りだね。鍛冶スキルで作った『アイアンプレートアーマー』である。


「はわー、騎士様の鎧ですわー」


「この世界の騎士も、プレートアーマー着ているんだね」


 作るには、結構板金加工技術が必要だったはずだけど、あるんだねぇ。


「オリハルコンのプレートアーマーは、全ての騎士が憧れているというな」


「ああ、魔力で変質した銅だっけ、オリハルコン」


 銅で軽いから、プレートアーマーが抱える重量問題を解決できそうだね。


 さて、そんなプレートアーマーを木工スキルで用意した鎧飾り台にセットして、私達は距離を取る。

 そして、魔法を発動した。


「≪グラビティゾーン≫」


 すると、半透明のドームが鎧を覆い、派手な音を立てて鎧のパーツが地面に向けて落ちていき、独特な音と共に金属がひしゃげていく。数秒の間ドームは現れ続け、やがて消えた。

 魔法の跡を見ると、鎧はぐしゃぐしゃに潰れており、木製の鎧飾り台は粉々になっていた。なお、地面には一切の被害がない。


「恐ろしいですわ! 恐ろしいですわ!」


 うーん、まあ、確かにすごい光景だね。ゲームでは魔法を敵にかけても、エフェクトが出るだけで、潰れたりバラバラになったりなんかしなかったからね。


「上級魔法だから、ソフィアちゃんにかけたら即死だろうね」


 私がそう声を低くして言うと、ソフィアちゃんは「ひいっ!」と言って飛び退いた。いや、冗談だって。


「しかし、なぎっちゃの魔法は無詠唱に見えたが、詠唱を省略する技術でもあるのか?」


 ジョゼットが、潰れた鎧のパーツを手に取りながら、そう尋ねてきた。


「声で詠唱していないだけで、発動前の精神集中みたいなのは必要だよ」


 私の魔法はゲームの魔法だから、詠唱は無言で数秒間待機するだけ。なので、ぱっと見では、無詠唱に見えるようだ。


「不思議な紋様が足元に出るのが、素晴らしいですわー」


 距離を私から取ったまま、ソフィアちゃんが称賛してくれる。


「かっこいいでしょー。多分、あの魔法陣はエフェクトでしかないから、魔法的意味は何も存在しないけどね」


「ただの演出なのか……」


 呆れたようにジョゼットが言う。


 ゲームの設定的にはあの足元に出る詠唱魔法陣にも何か意味があったのかもしれない。

 でも、創世の力で魔法を発動しているこの世界だと、その意味はおそらく失われているだろう。


「さて、次は、空を飛ぶために重力の方向を上に向けるよ」


「なあ、なぎっちゃ、そもそも重力とはなんだ?」


 えっ、そこから?

 ジョゼットにどう説明したものかと迷っていると、ソフィアちゃんが得意げに言った。


「地面が物を下に引っ張る力ですわー」


「えっ、ソフィアちゃん知ってるの?」


「貴族のたしなみですわー」


 この世界の貴族、ニュートン力学勉強すんのか。

 あれ、待てよ。


「ジョゼットも準男爵令嬢だよね。貴族のたしなみは?」


「……勉学は、妹に任せている」


 おおい、この脳筋娘! そりゃあ、辺境の開拓村では高等な知識なんて必要ないかもしれないけどさ。

 まあ、剣と魔法のファンタジー世界に物理学なんて、求めるものではないか。


「重力はそういうものなんだよってことで。次の的は、これ」


 私はアイテム欄から薪を一つ取り出した。

 それを地面に置き、距離を取って魔法を発動。


「方向変換して……≪グラビティゾーン≫!」


 すると、薪がものすごい勢いで、半透明ドームの天井にぶつかって粉々になった。


「おお、方向も変えられるね。じゃ、次」


 薪をもう一つ取りだし、地面に置く。


「魔力を調整して……≪グラビティゾーン≫」


 すると、薪がポンと軽く跳ねて、ドームの天井にくっついた。


「おお、いけたいけた!」


「成功ですの? これで空中散歩に一歩近づきましたわー」


 私は、ソフィアちゃんと一緒にキャッキャとはしゃいだ。

 一方で、ジョゼットは何やら難しい顔をして考え込んでいる。


「なあ、なぎっちゃ」


「なんだい、ジョゼットくん」


「この魔法、あの半透明の空間内しか、重力とやらの影響がないんじゃないか?」


「そうだね」


「もし飛行できても、空間の範囲内でしか動けないとしたら、自由に移動はできないのでは?」


「…………」


「…………」


「…………」


 うん、魔法の名前、≪グラビティゾーン≫だもんね。ゾーンの外に出たら、魔法の効果が切れて落ちちゃうよね。

 結論。重力魔法では空を飛べない。


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― 新着の感想 ―
[一言] グラビティゾーンごと移動できれば……
[一言] ゾーンの境界に衝突しないのなら、ただの発射台として使って飛び回れたかもしれないが……駄目だしなあ。
[良い点] 更新乙い [一言] ぐ、グラビティゾーンちゃんを対象指定とか設置魔法と認識して、PCを中心に半径xmとかでいけないか……いけないかなぁ……
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