30.IT系はファッションセンスがやばい人が割といる。
これまでのあらすじ:
上位の世界(地球)から下位の世界に落下したナギサは、世界の落差で物凄いチートパワーを手に入れ、自分がプレイしていたネトゲキャラのなぎっちゃへと姿を変える。
開拓村に身を寄せたなぎっちゃは、酒の神バックスと出会い、自らが神を超えた神という凄い存在だと知るが、彼女はそれでも構わずのんびりと、村の魔法使い兼行商人として生活するのであった。
この世界の一般市民が着る服は、着心地が悪い。
この世界に来てから、行商の品として古着を扱ったことが少しあるんだけど、木綿で織られた布が主に使われていた。
麻は、服にはほとんど使われていないみたいんだけど、木綿であっても肌触りはいまいち。
ナイロンとかレーヨンとかの化学繊維が使われていないから? いや、それはないね。だって、私、地球に居た頃から木綿の肌着や下着を着けていたもの。
多分、糸のつむぎ方や布の織り方が悪いんじゃないかなぁ。
バックス開拓村では、魔獣の蜘蛛から採れる糸を加工した、蜘蛛絹なる布地が出回っている。でも、村長が集めて貴族間の取引に使っているらしいので、私の服をそれで仕立ててくれとは言いにくいんだよね。
なので、この服装事情をなんとかするために、私の中に残っている『創世の力』を使うことにした。この創世の力は、地球で着ていた私の服が変換された力だ。
開拓村では私は普段、『大賢者のローブ』というMMORPGでのメイン防具を着ている。
行商に行くときは、それを脱いでMMORPGで手に入れたチュニックとかを適当に選んで着ている。
あと、オシャレしたいときは、MMORPGの『アバターコスチューム』を適用している。
アバターコスチュームとは、防具をしっかり装備したうえで、その見た目を変える機能だ。主に課金ショップやガチャで手に入れることができる。ゲーム用語で『スキン』と呼ばれているシステムである。
防御力を確保しつつオシャレができるこの機能は、かなり重宝する。
だが、一つ問題がある。この世界の服をアバターコスチュームに変換できないのだ。防御と見た目を両立できないのはちょっといただけない。
その問題を解消するために、私が考えた神器。
その名も、『クローゼットクロース(仮)』と『ボックスシューズ(仮)』だ!
私はその素敵な神器を作り出すため、まずは仕様書の作成から入ることにした。
仕様書は、とても大事。
私は東京でコンピュータ関連の仕事をしていたが、その仕事でスマホのアプリを作ったことがあった。
その時のことは正直思い出したくないのだが、プロジェクトの日程は延びに延び、残業地獄だったのを覚えている。
その原因は、仕様書が不備だらけの不完全な物だったから。
仕様書とは、その名の通り、作りたい物の仕様を詳細に記したファイルのことだ。
文字で、図で、時には絵で、仕様を網羅する。
仕様書のないプログラミングなど、海図のない航路を行くがごとしだ。
というわけで、私はこんな神器があったらいいなという思いを、仕様書に注ぎ込んでみた。
「イヴ、どうかな?」
『特に問題点はないようです。ただし、専門家の審査を受けるべきでしょう』
「専門家? 神器仕様書の専門家なんている?」
『神器といえば、神官のシャロン様です』
「おお、なるほど。神官さんに見てもらおうか」
早速、私は仕様書片手に、村の神殿までやってきた。神殿は木造で、どこか味のある建物だ。
王都にある中央神殿は石造りだったけど、ここでは木造なんだよねぇ。多分、魔獣の森がすぐ北にあって、木材が豊富に採れるだからだろう。
「神官さーん」
神殿の中に入ると、神官さんは見習いくんと一緒に、礼拝堂の掃除をしていた。
「おや、なぎっちゃ様、よくいらっしゃいました」
「こんにちは! 神官さんにちょっと用事があるんだけど、時間取ってもらっていいかな?」
「はい、我が神殿は村の住人を拒みませんよ」
おっ、神扱いじゃなくて開拓村の一員扱いしてくれるのは、嬉しいね。
そうして私は神殿の奥に通され、品のいいテーブル席へと案内された。そして、見習いくんが飲み物をコップに入れて持ってきてくれた。夏だからか、冷えた麦茶だ。冷蔵の魔道具なんかがあるのかなぁ?
さて、それじゃあ用件を話すとしよう。
「えっとね、前にバックスに、私が持っている服と箸の創世の力を早めに変換しろみたいなこと、言われたじゃない?」
「ええ、中央神殿に参ったときのことですな」
「その服の分の神器を何にするか決めたので、神官さんに仕様書を確認してほしいの」
「仕様書、ですか?」
神官さんは、想定していなかった言葉を聞いたとばかりに、不思議そうな表情を浮かべる。
私はそれを気にせず、一度しまっていた仕様書の束をアイテム欄から出した。
「これ、仕様書。確認よろしく! お礼は神器の酒を一杯でどうかな?」
「おお、わざわざありがとうございます。では、拝見します」
仕様書を受け取った神官さんは、その場で仕様書を眺め、まずはペラペラと流し読みし始めた。
「……詳細な設計書を書いて神器を作るなど、前代未聞ですな。神器の船を作るために、設計図を書いた神は過去にいらっしゃいましたが」
「えー、物作りするときは、企画書から始めて、仕様を詰めて、フローチャートを描くものでしょ。あやふやなまま作って、想定していない挙動起こしたら嫌じゃん」
「悪意や邪念を込めて作らない限り、人に悪い影響を及ばさないのが神器ですが」
神官さんがそう言うと、横に立つ見習いくんもうんうんとうなずいている。
でも、それは甘いよ。
「悪い影響じゃない、想定外の挙動も困るかな。それは、それなりに複雑な動きをする神器だからね」
その私の言葉に、神官さんは「ふむ」とつぶやいて、仕様書を冒頭から読み直し始めた。
その間、私はのんびり麦茶を飲んで待っていることにする。
さて、今回の神器、『クローゼットクロース(仮)』と『ボックスシューズ(仮)』は次のような仕様だ。
この二つの神器は、それぞれ服と靴をつかさどる神器だ。
防御力を確保する防具枠、付与効果を確保する特殊枠、外見を変える服飾枠の三枠に分かれた、クローゼットと靴箱である。
その用意された三枠に、それぞれ服や防具をセットする。その服や防具は、私の『倉庫』に入っているゲーム内アイテムでもいい。
実際の使用例を挙げて、その挙動を確認してみよう。
まず、クローゼットクロースの防具枠に本来大賢者では装備できない『ミスリルアーマー』をセット。
特殊枠に私のメイン防具である『大賢者のローブ』をセット。
服飾枠にアバターコスチュームである『ゴシックメイドドレス』をセット。
すると、ミスリルアーマーの防御力を持ち、大賢者のローブのステータス補正があり、ゴシックメイドドレスの見た目をした服になる。
あと、服飾枠に何もセットしなければ、防具枠か特殊枠のどちらかから見た目を選ぶことができる。
ボックスシューズも同じ仕組みだ。アダマンタイトグリーブの防御力に、ハイエルフのブーツの効果で、一般人が履く木の靴の見た目とかができる。
最初はクローゼットクロースだけを作るだけの予定だったが、創世の力がかなりあまるとイヴが算出したので、その分だけボックスシューズに変えることにした。私が落ちてきたときは、靴を履いていなかったからね。靴を作ろうとすると、創世の力をだいぶ消費するらしい。
ちなみにこの二つを作ってもさらに創世の力はあまるので、この二つの神器とは別に、下着と肌着、靴下の神器を作ることにした。最高の着心地で、けっして汚れず、超頑丈で、サイズが自動調整される品だ。防御性能に関しては、頑丈というだけで、特にこれといった追加能力は付与しない。
この世界の下着って、着心地最悪なんだよね。そして、私がプレイしていたMMORPGは健全なゲームだったので、下着類はデフォルトの一つしか存在しない。ゲーム中で防具を全部外したときに見える、やぼったいやつだ。
ちなみに、下着はないのに水着はやたらと種類がある。ネトゲあるあるである。
「ふむ……普段はネックレスとアンクレットに姿を変える、ですか。デザインが微妙ですかな」
う、気にしていた部分をズバッと言われたな。私は反論するように言う。
「カッコ仮だからね。クローゼットと靴箱の外観もふくめて、デザインはセンスのいい人に任せたいね。名前もこの仮称じゃなくて、いい感じのがないかなぁ」
「神器の名前は、命名専用の神器で名付けすることが可能です。その神器で名付けられた神器は、より効果が高まるのですよ」
「へー、そんなのあるんだ」
「それと、デザインですが、この者に任せてはいかがでしょうか」
と、神官さんが見習いくんの方に視線を向けながら言った。
「見習いくん、装飾デザインできるの?」
「ええ、この者は、商家の出でしてな。装飾品や家具を取り扱っており、幼少時から目利きを仕込まれていたそうです」
「それがなんで辺境の開拓村で、神官見習いをやっているんだろう……」
「兄が跡を継いだので、家に居づらくなって中央神殿に来たところをたまたま開拓村から王都に戻っていた私が、弟子にしました」
私は、見習いくんをまじまじと見つめる。
神官見習いの十五歳前後の少年である。その見習いくん、なぜだかすごく汗をかいている。
「どした? 具合でも悪いの?」
私がそう声をかけると、見習いくんは「いえ!」と大きな声をあげた。
「僕なんかが神器の見た目を決めるなど、恐れ多いです!」
あー、神器って、神殿の教義では普通の神様よりもっと上の存在だからね。そのデザインを決めるとなったら、恐縮して当然だ。
だが逃がさん。
「そこらのデザイナーに頼むよりは、聖職者の人に頼んだ方が、神器の扱いに相応しいと思わない?」
「でも、僕は見習いで……」
「じゃあ、見習いじゃない神官で、デザインできそうな人の名前あげてみ?」
「それは……」
だらだらと脂汗を流しながら、見習いくんがひるむ。そこへ、神官さんが追撃をかけた。
「神を超えし神から直接のお申しつけです。そこは自分を卑下して拒否するのではなく、喜んで拝命するところですよ」
「ううー……」
見習いくんは、観念したのか、うなだれながら「拝命いたします」と声を絞り出すように言った。
うーん、これ、私相手だからいいけど、ちゃんとした神様相手だとすごく無礼な態度だな! でも、私は無闇やたらと神扱いされたくないので、別にこの態度で構わないし、ちゃんと報酬もあげちゃう。
「これ、前報酬の神の酒ね。二人とも、なんのお酒が飲みたい?」
私が神器の酒杯をアイテム欄から取り出すと、見習いくんはガバッと顔を上げ、目に輝きを取り戻した。
そして、身を乗り出しながら言う。
「ウイスキーでお願いします!」
うん、彼もやっぱり、酒の神であるバックスの神殿に所属する一人だってことだね。