27.ドラゴンステーキって憧れるよね。
私は大賢者の武器である魔導書を構え、ドラゴンらしき巨大生物と相対する。
魔法の準備をしようとしたところで、ドラゴンはその場で息を吸い始めた。
『マスター、ブレスです!』
「≪プロテクション≫!」
炎の息が私を襲う。だが、防御魔法が間に合った。今度は盾ではなく、全方位を守るドーム状の防御壁だ。
ブレス攻撃はそれほど威力がないのか、防御魔法を抜いてこちらにダメージを与えてくるということはなかった。
ふう、驚いたが安心した。私がプレイしていたMMORPGでは、防御魔法って基本破壊されるもので、避けられない強力な攻撃のダメージ軽減として使うのが普通だった。だから、ダメージ覚悟だったんだけどな。
ドラゴンのブレスは、どうやらただ火を吹いているだけらしい。魔法的な攻撃力が付与されていないなら、このブレスは中級攻撃魔法程度の威力しかない。
それなら、最初にやってきた、体重と落下の勢いを乗せたぶちかましの方が、はるかに威力がありそうだ。
さて、ブレスを吹いている間に、攻撃の準備だ。
「≪手加減攻撃≫≪マキシマイズマジック≫」
『≪手加減攻撃≫ですか?』
イヴが私の使った技能をいぶかしむが、これにはちゃんと理由がある。
「モンスター図鑑送りにしてやる。食らえ、≪カオスフレア≫」
≪マキシマイズマジック≫の技能で最大威力を超えて強化された最上級攻撃魔法をドラゴンに叩き込む。
轟音と共に紫色の火柱がドラゴンの足元から噴き出した。
ドラゴンは全身を混沌の炎で焼かれ、その場に倒れ込む。≪手加減攻撃≫の技能を使ったので、死んではいない。
そんな死にかけのドラゴンに向けて、私は右手に持った魔導書を突き付けた。
「≪収録≫」
私がそう技能を宣言すると、手に持っていた魔導書が自動的にめくられ白紙のページが開いた。
そして、ドラゴンの下に光る魔法陣が現れ、ドラゴンは魔法陣の中に沈んでいく。うん、しっかり≪カオスフレア≫一発で瀕死にできたようだ。
ドラゴンは魔法陣に完全に飲まれ、やがて白紙のページに文字と絵が浮かんでくる。魔導書に取り込んだドラゴンの情報を吸い取ることに成功したのだ。
「どれどれ、ええと、『魔竜』か。本当にドラゴンだったね」
魔導書に記されたモンスター情報によると、こいつは魔獣のドラゴンであり、幻獣である知性持つドラゴンとは違う存在らしい。なるほど、このドラゴンとは別に、知性あるドラゴンがいるのか。さすが異世界。
知りたいことは知れたので、このドラゴンは私の糧になってもらうことにする。
「≪吸収≫」
そう宣言すると、何かが私の中に取り込まれていく感覚を覚えた。≪吸収≫は、≪収録≫で魔導書に取り込んだモンスターを倒して、経験値とドロップアイテムに変える技能である。
「ドロップアイテムは……と、うわ、またドラゴン肉がアホみたいな量ある」
先ほどの陸王獣の数倍、肉が手に入った。まあ、あのサイズのドラゴンだもんね。
だが、今重要なのは肉ではない。魔石だ。
私はアイテム欄からドラゴンの魔石を取り出すと、メニューを操作してSCチャージ画面を呼び出した。
そして、SCチャージ画面に人の頭ほどもある巨大な魔石を押しつけていく。
「チャージ金額は……うおお、SCが二百も貯まった! すごい! 魔狼四十匹分!」
『それでも、ガチャ一回分に満たない金額ですけれどね』
「『200SC』もあれば、死んでも全回復して復活できる消費アイテムが一つ買えるよ。奇跡一回分買えちゃうよ」
『そう考えれば、価値は高いですね……』
「『Lv.1』相当の強さしかないこの世界の人類じゃ、軍団規模でもあのドラゴンには勝てないだろうから、納得の価値だよ」
そんな魔獣が、この草原にはごろごろ存在しているんだ。
これは、頑張れば今日中に十一連ガチャの分のスターコインが貯まるかもしれない。
私は気合いを入れて、魔石狩りを再開させるのであった。
◆◇◆◇◆
「ただいまー」
狩りを終え、転移魔法で村に戻ってきた私は、お世話になっている村長宅に帰宅した。
村の大工が作ってくれている私の家は、そろそろ完成するらしい。店舗も兼ねた広い家なので、ここまで一ヶ月以上かかった。
家に移るとなると、この家での生活も終わりだ。
家賃は前払いしてあるが、村長一家三名にはお世話になったので、恩返しがしたい。
なので、恩返しすることにした。具体的には、ドラゴン肉を無料で進呈だ。
「おかえりなさい」
キッチンから村長の奥さんの言葉が聞こえる。夕食の準備をしているのだろう。ちょうどいい、ドラゴン肉を調理してもらおう。
「奥さん、お土産ー」
そう言いながらキッチンに入ると、奥さんはかまどの前で煮炊きをしていた。
スープを作っているのだろうか。お玉で鍋をかきまぜながら、こちらに振り返る。
「あらあら、また珍しいお酒でも持ってきてくれたのかしら」
「いや、今日はお肉だよ」
「狩りでも行ってきたの?」
「うん、魔獣の森の奥地まで行ってきたから、この村の人でも食べたことがない魔獣の肉だと思う」
「あらー、それは気になるわねー」
「大きな肉の塊だから、まな板の上に出していい?」
私がそう聞くと了承してくれたので、アイテム欄からドラゴン肉を十キログラムだけ取りだしてまな板の上に置いた。
「本当に大きな肉ねー。どんな魔獣だったの?」
「ドラゴン」
「ドラゴン? 聞いたことのない名前ね」
「ああ、ドラゴンは地球での言い方だった。この国だと――」
魔竜だとこの国の言語で伝える。すると、奥さんはその場で動きを止めた。
「魔竜って、あの魔竜?」
「どの魔竜かは知らないけど、魔竜だよ」
「魔獣のテリトリーの奥深くにしか生息していなくて、竜神様しか狩れないっていうあの魔竜?」
「竜神様をそもそも知らないけど、魔竜だよ」
「…………」
問答を続けていたら、奥さんがフリーズしてしまった。やっぱりドラゴン肉は珍しい食材なのかな。
『マスター、竜神とは神を超えた神、超神の一柱です。知性を持つドラゴンの親玉である、神のドラゴンです』
「そんなのもいるんだねぇ」
『ちなみに名前はベヒモスです』
「ベヒモスってあんまりドラゴンのイメージないなぁ。あっ、でもバハムートって呼ぶと、急にドラゴンな気がしてきた。メガフレア撃ちそう」
と、そんな会話をイヴとしていると、奥さんが再起動した。
そして、肉の前で困ったように言った。
「なぎっちゃさんのことだから嘘ではないのだろうけど、うちで食べるにはちょっと多いわねー。最近、お父さんもジョゼットもお肉を狩りすぎてるから、保存食にするにしてもすでにあまり気味だし……魔竜の肉は、とても美味しいらしいのだけど」
「ごめんね。そのサイズでしかお肉はないんだ。ご近所さんにでも配る?」
「美味しいお肉をご近所だけしか配らないのは、不公平になってよくないわ。私達は村全体を考えないと。うちだけで食べるなら、村長の特権にできるけれどね」
「そっか。じゃあ、必要なだけ切って、あとは私がしまっておくよ。私の倉庫は時間が経過しないからね」
村人全員にドラゴン肉を配っても問題ない量があるのだが、一応私は商人だ。
無料で施しをしすぎるのは問題がある。格安で売るくらいがちょうどいい。
方針が決まったので、奥さんに肉を切り出してもらい、残ったお肉は倉庫に突っ込んでおく。残りの肉塊は、いつでも無料で渡すと言っておいた。
そして、しばらくしてから、夕食の時間になる。
村長さんとジョゼットも家に戻ってきており、四人そろっての食事だ。
「おっ、今日はステーキか! ジョゼット、今日は大物を仕留めたんだな」
「いや、私は里山に山菜採りに行っていたから、肉は狩っていないぞ。なぎっちゃか?」
「そうよ。今日はなぎっちゃさんが狩ったお肉でステーキよ」
辺境の村に魔道具製の冷蔵庫なんてものはなく、低温でお肉を熟成するなんてことはしない。
なので、ドラゴン肉は即日でステーキになった。
分厚く切ったステーキが、皿の上でいい香りを周囲に振りまいている。
「なんの肉だ? 鹿か? 猪か?」
「魔竜よー」
村長さんの疑問に、奥さんが答えた。
その瞬間、ステーキを切り分けようと動かしていた、村長とジョゼットのナイフがピタリと止まった。
私は気にせず、銀のナイフとフォークを使ってステーキを切っていく。さすが裕福な村だけあって、カトラリーや食器は良い物使っているんだよね。
「魔竜って、あの魔竜か!?」
ウケるー。村長さん、奥さんと同じこと言ってる。
「そうだよ。鱗があるけど、見る?」
「あ、ああ。いや、食卓で出されても困るな。あとで見せてもらうぜ」
「なぎっちゃのことだから嘘ではないのだろうが、まさか魔竜を狩るとは……それなら大量の肉が出ただろうな。どうするんだ?」
ジョゼットが呆れたような表情で尋ねてくる。
「どうしようねえ。村人に売るとしたら何十年分だって量だから、一部を残してよそで売り払っちゃうかな」
なにやら、いわれのある肉のようだから、信用のない個人で売るのには苦労しそうだ。やはり、予定通りホワイトホエール号のショップに未加工のまま売るしかないかな。
バックスに進呈すれば喜んでもらえるかな? 燻製肉とかおつまみの定番だし。
と、会話もいいが、ドラゴンステーキの味を確かめないとね。≪鑑定≫技能のテキストによると、非常に美味と書かれていたが。
ナイフで切り分けた肉をフォークに刺し、口へと運ぶ。
…………。
なにこれめっちゃ美味しい! 固すぎず、それでいて歯ごたえもある。噛むたびに肉から味が染み出してきて、口の中が幸せになる。
ドラゴンといっても爬虫類の仲間だろうから、哺乳類である牛のステーキの味にどれだけ匹敵するだろうかと思っていたのだけど、日本で食べたお高い和牛のステーキよりも味が深い。
「うはー、今まで食べたお肉の中で一番美味しいよ!」
「なに!? 本当か!」
村長さんもようやく手を動かし、ステーキを切り始めた。
そして、ステーキを咀嚼すると幸せそうな顔になった。
ジョゼットと奥さんも口に入れたステーキを飲み込み、口角をあげている。
「これは赤ワインと一緒に食べたいね。そうだ、神官さんから買った高級ワインを出そう。みんなで飲もうよ」
「おお、そりゃあいいな!」
私の提案に村長さんが「がはは」と笑うと、奥さんがワイングラスを取りにキッチンへと向かった。
私はアイテム欄からワインの瓶を取り出すと、コルク抜きで栓を抜き、コルクの匂いを嗅いだ。
……うん、やってみただけ。コルクに染みた匂いなんかで、ワインの良し悪しなんて私じゃ判らないよ!
そんな馬鹿なことをやっている間に、奥さんがグラスを持って戻ってきた。
グラスにワインを注ぎ、それぞれグラスを手に取る。
そして、私は言う。
「それじゃあ、美味しい魔竜のステーキに乾杯!」
そうして食卓は大いに盛り上がり、皆で高級ワインを一瓶全て飲み干し、ステーキをおかわりしてお腹いっぱいになるまで食べた。
夜やろうと思っていたガチャは翌日の楽しみに取っておくことにして、その日は幸せに包まれたまま眠りにつくのであった。