25.課金にクレカを使うのは際限がなくなるので危険。
ある日の夜、村長宅で夕食を食べた後のこと。私はホワイトホエール号に転移してシャワーを浴び、のんびりアイスティーを飲みながらソファーに座っていた。
風の攻撃魔法を上手くコントロールしてドライヤー代わりに使い、髪を乾かす。私が使える魔法の多くは攻撃魔法だが、最近では攻撃性のないただの現象として魔法を起こせるようになってきた。
さて、髪が乾ききるまで、ちょっと先送りにしていた事柄の確認をしよう。
私は自身のMMORPGキャラクターとしての能力であるシステムメニューを呼び出し、『スターショップ』という項目を選択する。
すると、目の前に課金アイテムを取り扱うショップページが開いた。
「うわあ、本当に更新されてる」
ショップページには、新規のガチャを告知する画像がでかでかと載っていた。ガチャとは、アイテムがランダムで当たるクジ引きのことだ。
私はそのまま、新規ガチャのページを開く。
新規ガチャには、いつものように多数のアバターコスチュームが並んでいた。
アバターコスチュームとは、見た目のみを変更する装備品のことで、ステータスが上昇する通常装備とは別枠で存在している。ゲーム用語で『スキン』とか言われる要素だね。
たとえば、戦士職が鋼鉄の鎧を装備していたとして、アバターコスチュームの枠にシルクのドレスを装着した場合、見た目がシルクのドレスで防御力は鋼鉄の鎧のままという状態になる。
そして、アバターコスチュームは職業に関係なく装着が可能で、オシャレを楽しむ目的で皆がガチャを回し、ゲーム内通貨のゴールドでトレードが盛んに行なわれていた。
他のプレイヤーにアイテムを販売する『プレイヤーショップ』という機能があったんだよね。そこで課金アイテムも販売ができた。まあ、今の私にはその機能が使えないみたいなんだけど。
「って、うわ、新ガチャ十一回目のおまけ、魔術師用の新魔法だ! 欲しい! この魔法欲しい!」
重力魔法の魔法習得書だって! これ絶対、この世界で使えるようになったら、すごく便利になる!
十一連ガチャに必要な金額は、日本円に直すと三千円分だ。ゲームをプレイしていた頃なら、迷いなくガチャを回している。
なにせ、魔法習得書は、レベルアップ時に貰える技能ポイントを消費せずとも魔法を習得できるのだ。
欲しい! 重力魔法欲しい!
『マスター、仮想通貨のスターコインですが、少しおかしくないですか?』
と、物欲を爆発させていたら、突然イヴが私に話しかけてきた。
「ん? スターコイン?」
『アイコンの形状が違います』
日本円を払って購入できる、課金アイテム購入用の仮想通貨であるスターコイン。単位はSC。現在の残高は0なのだが……。
「あれ、ホントだ。虹色のコインのはずが、宝石みたいなのにアイコンが変わっている」
『このアイコンのアイテムを用意すれば、もしかするとスターコインをチャージできるかもしれません』
「マジでっ!? え、集めなきゃ。この宝石はいったい何!?」
宝石!? 宝石を探せばいいの!?
『マスターは、このアイコンのアイテムを見たことがあるはずです』
「えー……あ、確かに見覚えある。でも、どこで……?」
『これは、魔石です』
魔獣のドロップ品か!
それなら、この前、森へ狩りに行ったときに手に入れたので、倉庫に入れてある。
私は急いで倉庫画面を開き、魔石を取りだした。
「ええと、どうやってチャージするのかな。とりあえず、SCチャージのボタンを……」
おっ、魔石を投入してくださいって出た!
よし……。角狼の魔石を一つ、目の前の画面に押しつけて……。
おお、ズブズブと飲み込まれていったぞ。
『スターコインがチャージされました』
そんなメッセージが目の前の画面に表示された。増えたスターコインの額はというと……。
「『5SC』か……。ええ、魔石一個でたったの五円分?」
十一連ガチャ分の『3000SC』稼ぐには、魔石が六百個必要ということになる。
『角狼の魔石は、魔獣が持つ魔石の中でも小さいようです。魔獣の森の奥地には強大な魔獣がおり、より大きく純度の高い魔石がドロップする可能性があります』
肩を落とす私に、イヴがそんな言葉を投げかけてくる。
「はー、マジかー。魔石ってなんなのいったい」
『魔石は世界に満ちる魔力が固形化した物体。魔力は変質した創世の力です』
「あ、なるほど。そりゃ、創世の力をぶっこめば課金アイテムも買えるわけだ」
強力な宝物である課金アイテムは、さすがの神器でも無から作り出せないんだね。
『ホワイトホエール号のアイテムショップでは、魔石の買い取り査定が著しく低かったことを疑問に思っていましたが、これが理由でしたか』
「うーん、どういうこと?」
『スターショップ側に魔石の使い道があったので、マスターと連動しているアイテムショップが魔石の買い取り拒否をしていたのでしょう』
「買い取り拒否て……」
『スターショップとホワイトホエール号のアイテムショップにそれぞれ意思があったとしたら、魔石の取り合いをして喧嘩にならないようアイテムショップ側が引いた、というニュアンスでしょうか』
「でも魔石の加工品のポーションはアイテムショップだと高値で売れるよ?」
『魔石の加工品は、おそらくスターコインにはならないでしょうからね』
「んー……」
私は以前、砂糖と交換で開拓村の村人から買い取ったポーションを倉庫から取り出すと、SCチャージ画面に押しつけてみた。
「あ、確かに入らない」
ポーションだって、傷につけたら一瞬で治るくらいには魔力がこもっているはずなのだ。
だが、魔石という形でないと受け付けはしてくれないと。
ポーションはホワイトホエール号のアイテムショップだと高値で売れるので、お互いのショップが住み分けしているってことか。
「それなら、これはどうなのかな?」
そう言いながら私が倉庫から取り出したのは、一本の木の杖。
邪神ファーヴニルが持っていた、神器の杖である。
以前の酒宴の際バックス神に聞いたのだが、神器から創世の力を取り出して、好きな神器に作りかえる方法は存在しないらしい。
もし神器から創世の力を取り出す方法があるとしたら、物質に宿る創世の力を取り出して糧とすることを目的として作られた、専用の神器を使うしかないのだと言っていた。
物質に宿る創世の力を取り出す。ホワイトホエール号のアイテムショップ機能は、そんな挙動をしているかもしれない。
「とりあえずアイテムショップでは、神器はすんごい高値で売れるみたいだけども」
『アイテムショップの通貨は、神器を用いなくても稼ごうと思えばいくらでも稼げますので、神器を消費するまでもないかと』
「となると、課金アイテムを手に入れるための手段にできれば、使い道のない神器が手に入ったときの処分方法としては、最高なんだけど……」
そう言いながら、私は神器の杖をおもむろにSCチャージ画面に押しつける。
すると、ズブズブと杖の柄が画面に飲み込まれていく。
「うおお、入った!」
私はあせって画面から杖を抜いた。
飲み込まれていた部分は、どうやら消滅はしていないようで、しっかり画面から取り出せたようだ。
「危ない、うっかり貴重な神器を消滅させるところだった。魔石と違って神器は二つのショップで住み分けしていないんだね」
『スターコインに換金しないのですか?』
イヴが不思議そうに尋ねてくる。
「いや、まだこの杖、深く検証していないでしょ。私の魔法の弱点を補えるかもしれない」
『マスターの魔法の弱点ですか……?』
「範囲だよ。私が使えるのはMMORPGの魔法だから、範囲魔法で一度に巻き込める人数は、せいぜい十人程度。でも、神が武器として使っていたこの杖なら、もしかしたら千人規模を巻き込める大規模魔法を撃てるかもしれない」
『大規模攻撃なら、ホワイトホエール号の地上爆撃がありますが?』
「選択肢は多い方がいいでしょ。なにより、地上爆撃は威力がありすぎる」
ゲームの通りなら、地形が変わってもおかしくない威力のはずだ。まだ試してはいないけど。
『では、重力魔法は諦めるのですか?』
「いや、絶対に重力魔法は手にしてみせるよ。明日は、魔獣を狩って魔石集めだ!」
拳を強く握り、天に突き出す。
重力魔法は絶対に手に入れる。そして、重力を自在に操ってみせる。MMORPGをプレイしていた頃は不可能だった、召喚獣に頼らない『高速飛行』を実現するんだ!