24.異世界なので民間人でも酒が造れます。
「酒造りの気配を感じた!」
「いや、何やってんの、神様」
木苺狩りの次の日のこと。村の人達にブルーベリージャム用の砂糖を売ったのち、木苺ワインを造ろうと村の神殿に向かったら、なぜかバックス神がいた。
なんで居るの、この金髪美少年。仮にも国の主神でしょ。辺境の村に気軽に来ていいのか。
「いや、辺境って言っても、王都からペガススで三時間だよー。日帰り日帰り」
神殿の建物前で、羽の生えた白馬を撫でながらバックス神が言う。
「三時間って……めっちゃ速いね」
地球の飛行機並とは言わないけど、時速百kmは余裕で超えているんじゃないか?
『当然である。我は偉大な神器ゆえ』
「うわ、この馬喋った!」
『誰が馬か! 我は偉大なるメデゥーサ神の神器ペガススであるぞ!』
「あー、そういえば喋る神器ってバックスが言っていたね。でも、バックスの神器じゃないの? メデゥーサ神の神器なの?」
私がそう聞くと、バックス神がペガススを撫でる手を止めて答える。
「メデゥーサの神器だったけど、メデゥーサは九百年くらい前に死んだね。それで紆余曲折あって、僕のもとに来たんだ」
「あー、神も死ぬんだった、そう言えば」
『メデゥーサ神は戦闘用の神器を有していなかったゆえ、神の戦乱に巻き込まれて死んだのだ』
「何それ怖い。石化の魔眼とか持ってなかったの」
『それは神としての権能だな。神器ではないゆえ、人には通じても神には通用しなかった』
「私の魔法は邪神ファーヴニルに効いたけど」
「君は神じゃなくて超神でしょ。ただの権能が神器並みでもおかしくないよ」
バックス神が呆れたように私に言った。
そっか。確かに、邪神の神器の杖が出す炎は、私の最上級魔法未満だったね。
「で、バックスは何しに来たの?」
「酒造り。と、言いたいところだけど、この村に僧兵を送った人の処罰が終わったので、それの報告だね」
「わざわざ神様自らやること?」
「相手は超神だから、僕なりの誠意ってやつさ。ま、詳しいことは酒造りをしながら言うよ」
というわけで、私はバックス神をともなって村の神殿の中に入った。
神官さんと見習いくんに挨拶をして、厨房へ。
ラズベリーをアイテム欄から出し、準備万端だ。
「で、おばちゃんは?」
私に木苺ワイン造りを教えると言っていたおばちゃんがいない。
「帰りました」
「へ?」
「バックス様が酒造りを手伝ってくださると聞き、一人でお帰りになりました。『失礼があってはいけない』だそうです」
神官さんのその言葉を聞いて、私はバックス神をにらみつけた。
「……ごめんね? いや、僕だって、たまにはこういう素朴な酒造りをしたくて」
「んもう、村人同士の大事なコミュニケーションを邪魔しないでよね。村社会は人間関係を大事にしなきゃ、大変なんだから」
「ごめんって」
仕方ないので私とバックス神、神官さん、見習いくんの四人で木苺ワイン造りをすることにした。
見習いくんがさっきから汗をだらだらと流しているが、強く生きてほしい。ファイト!
「では、まずヘタから取っていきましょう。地道な作業です」
結構乱暴に収穫しているので、緑のヘタが残っている。それを神官さんの指示でちまちまと取り除いていく。
ちまちまちまちま。
ちまちまちまちま。
「で、バックス。処罰が終わったっていうけど、神殿長とかいう人が破門になったわけ?」
ヘタを取りながら、私はバックス神に話しかける。
すると、バックス神は物凄い速度でヘタを処理しながら答えた。
「いや、下手人は神殿長じゃなくて、神殿長の部下の一人だったよ」
おや、神殿長は濡れ衣だったか。
「実は、神殿長はもう歳でね、ずっと引退したがっていたんだ。それで、後継者の選定に入っているんだけど……」
「あー、なんとなく話が見えてきた……」
「次期神殿長候補の一人だけど最有力ではないって立場の者が、功績を挙げようとしていた。それで、神器を手に入れて、僕に献上しようとしたというのが、事の顛末だね」
「ふーん。神官さんは、私が神である可能性を文に書いたとか言っていたけど……。その人は、神が持っている神器を奪えると思っていたのかな?」
「あの文には、村で商人をしているとも書いていた。あいつは、神が商人なんてするわけがないって思っていたんだね。そして、神器が人間の手に渡ることは、まれにある」
「あるんだ……」
「たいてい現地の神が回収しちゃうんだけど、その回収役を自分がやると意気込んだみたいだね」
「馬鹿だなぁ……」
この世界において、神様は自由な存在だ。おおよその無茶は通るので、好きなように生きられる。だから、商人をやる神様がいても、何もおかしくはない。
「馬鹿だよ。だから、破門されたよ。馬鹿な上位の神官は、うちの神殿には必要ないって神殿長直々の判断だ」
「上位じゃなければいいんだ」
「下位の神官は、お酒が造れて、その造り方を他人に教えられさえすれば十分だからね。お酒関連以外は馬鹿でいいよ」
「そうなの? 神官さん」
「いえ、人と神と神器の在り方について説法ができなければなりませんし、冠婚葬祭を取り仕切れなければなりませんよ」
「馬鹿じゃ駄目じゃん!」
私が突っ込むと、バックス神は「あはは」と笑った。
「いや、本当に昔は僕の神殿って、酒造りしかしていなかったんだよ。それがいつの間にか、よその神殿の影響を受けちゃってね。いつの間にかでっかくなっちゃったよ」
「バックス、下々のコントロールできてんの?」
私がそう言うと、バックス神ではなく代わりに神官さんが答えた。
「バックス様は下々の存在など気にせず、自由に生きていただいていいのです。私ども神官は、神を頼りにしてはいけません。私どもは神をあがめている立場なのです」
「その割には、何かにつけて神の酒を出してくれって言われるけどね。あいつに功績があったから与えてくれだの、こいつが病に冒されているから与えてくれだの、しょっちゅうだよ」
あー、村長さんとか、戦で功績あげて神の酒を飲んだ口だね。
「でも、神殿っていう一大組織を率いているんだから、下々にサービスは必要でしょ」
「うーん、僕としては酒造りして、みんなで笑い合ってお酒を飲めさえすれば、それで満足なんだけどなぁ」
神様業は大変ってことだね。
私も、村の人達にいつの間にか祭り上げられていたということがないよう、気をつけよう。
「さて、ヘタ取りは終わりっと」
「うわ、バックス一人で、私の何倍ヘタとりしてるのさ。速すぎ」
バックス神の前だけ、ラズベリーがこんもり山になっている。
負けた。これでも私、料理のスキルレベルMAXなんだけどなぁ。
「あはは、僕が何千年酒造りをしてきたと思っているのさ。さて、次は木苺を水洗いだね」
そんなこんなで談笑を続けながら、私達は酒造りを続けた。
最終的に、潰したラズベリージュース(砂糖入り)がワインの空き瓶に詰められ、あとは発酵を待つだけとなった。
瓶の保管は村の神殿でやるということになり、バックス神は酒が完成したら飲みにくると言って、ペガススに乗って去っていく。
あの様子だと、木苺ワインが完成する前にまた遊びに来そうだなぁ。
もし頻繁に来るようなら、村の人達にも神様慣れしてもらう必要があるかもしれないね。




