23.大航海時代以前の西洋にジャガイモが存在したら歴史どうなるんだろう。
北バックス開拓村の北には、未開の森が広がっている。
この森は魔獣のテリトリーであり、奥地に行くほど強力な魔獣が潜むと言われている。
一方、村の南には草地があり、そこから少し歩くと山に突き当たる。
魔獣は生息していない、村で管理されている山だ。いわゆる里山だね。以前、ジョゼットが自然薯を掘りに行っていると言っていた場所は、この里山である。
本日、私は村の女衆と一緒にその里山にやってきていた。
目的は、山の幸の採取。
山菜採り、というわけではない。今回は木苺狩りだ。
「なぎっちゃちゃんが、こういう作業に参加するとは思わなかったよ」
そう言うのは、女衆のまとめ役的存在のおばちゃんだ。
そんなおばちゃんに、私は答える。
「いや、私こう見えても、北の森には狩りに行っているからね。里山程度なんてことないよ」
「そうじゃないよ。木苺集めなんかより、獣狩りの方が楽しい年頃だと思ったんだよ」
「どういう年頃さ、それ……」
「ジョゼット嬢ちゃんなんて、成人したての頃はずっと北の森に入り浸っていたよ」
その言葉に、私は同行していたジョゼットの方を見る。
話題にあげられたジョゼットは、恥ずかしいのか顔を赤くしながら言葉をつむぐ。
「私も若い頃は、戦士に憧れていたんだ。魔獣を倒して一人前とばかり思っていてな……」
「何を言ってるんだい! ジョゼット嬢ちゃんは今も若いよ! 若くないおばさんっていうのは、あたしみたいなのを言うんだよ!」
ジョゼットの背中を叩きながら、おばちゃんが笑う。
うーん、でもおばちゃんもまだ三十代だよね。
「おばちゃんだって、まだまだ若いよ」
「お世辞はいいよ。もうあたしも三十七だ。私より上は、顔役んとこの奥さんか、村長の奥さんしかいないよ」
「あー、確かに、他の女衆は大半がまだ二十代だよね。寒村の口減らしを引き取ったんだっけ?」
「そうだね。みんなと違って、あたしは傭兵団に昔からついてきていた女だから、ちょっと歳がいっているのさ」
「洗濯婦でもしていたの?」
「いや、娼婦さ」
む、やはりいたのか、傭兵団付きの娼婦。村長さんは言葉をにごしていたが。
「そこで顔を赤くしたり顔をしかめたりしないあたり、初心なねんねちゃんってわけじゃなさそうだね」
いや、娼婦って単語だけで顔を赤くするとか、どんだけ初心な子だよ。
「私、こう見えても二十六歳なんで」
「どう見ても成人したての子にしか見えないんだけどねぇ……」
「そこは神器の不思議って事で一つ」
MMORPGのキャラクターなので、見た目を変更する課金アイテムを使わない限り、おそらく歳を取ることなくこの外見年齢で固定だ。
あと、バックス神を見る限り、寿命も存在しないと思う。
と、そんなことを話している間に、木苺のスポットの一つに到着したようだ。
「おっ、実っているね。青の実」
青の実か。どんな木苺かな。どれどれ……。
「おお、これはブルーベリー」
「なぎっちゃちゃんの国じゃ、ブルーベリーって言うのかい?」
「そうだね。遠い大陸から輸入された木苺の一種だよ」
ブルーベリーは確か、アメリカ大陸原産の木苺だ。
このブルーベリーも緑の神という神様が、この世界にもたらした植物なのかな?
さっそく女衆がブルーベリーを収穫していく。私もブルーベリーを摘み取って、持参したかごに入れていく。
「ふふーん、ブルーベリーと言えばジャムだよね」
と、私が言うと、おばちゃんも同意するように答える。
「この時期のお楽しみだね」
「あ、ジャムは砂糖をたくさん入れると長持ちするよ」
「砂糖! そんな高級品、ジャムなんかに使えないよ。村にある分は、木苺ワインを発酵させる添加物に使うんだよ」
「おやおや、私を誰だと思っておいでで? 行商人だよ。砂糖の原産地で買いつけてきて、格安で販売するよ。みんな、砂糖たっぷりの青の実ジャム食べたいよね?」
私がそう言うと、女衆が一斉に歓声を上げた。
「うんうん、やっぱり女は甘い物が大好きだよねー」
「何を言ってるんだい、甘い物は女も男もみんな大好きだよ」
「あれ? そうなの?」
意外だな、と思っていると、ジョゼットが横から口をはさんだ。
「以前、チョコなる菓子を戦士衆がこぞって食べていたのを忘れたのか? 甘い物は滅多に食べられない贅沢品だ。その好き好きに男女の違いなんてあるわけがない」
あー、甘い物が制限されているとそうなるかぁ。
男は油物が好きな人が多いだとか、女は甘い物が好きな人が多いだとかいう嗜好の偏りは、食が完全に満たされてから出てくる要素なのかもしれないね。
そんな会話をしつつ、ブルーベリーは一通り収穫された。
そして、次のスポットに移動する。赤いつぶつぶの木苺があるらしい。
ラズベリーかな?
そう思いながらみんなについていくと、数分で一面のラズベリー畑に到着した。
「うはー、山によくこんだけ生えているものだねぇ」
私がそう言うと、おばちゃんが得意げに答えた。
「少しずつ増やしたのさ。木苺は挿し木で増えるからね」
「こんだけやるなら、村の隣に木苺畑を作ればいいんじゃ……」
「木苺は野生の獣も食べに来るからね。村のそばに畑を作って獣害に苦労するくらいなら、好きに食べさせればいいってね」
「そりゃまた、気前のいいことで……」
というわけで、みんなで収穫タイムだ。
このラズベリーは村でどう加工されるかというと、自家製ワインにするらしい。
造り方は神官さんに教えられたという。さすが酒の神の神殿だな……。
酒の材料になるということで、ここに来て張り切りだした人が一人いる。
それは、神官さんの助手さん。神官見習いの少年だ。
「頑張るねー、見習いくん」
そう私が話しかけると、見習いくんはピタリと動きを止め、急に背筋を伸ばしだした。
「どったの?」
「は、はい! なぎっちゃ様! 頑張っております!」
「うん、頑張ってね。でも、ブルーベリーに比べて、やる気が違いすぎない?」
「こちらは木苺ワインにしますので!」
「あー、酒の神の神殿だから、神聖な行為とかそういうの?」
「いえ、木苺ワインを自分で作って、なぎっちゃ様の強くなれる魔道具と交換してもらうのを目標にしております!」
「あー、経験値チケット」
そういえば、以前の経験値チケット販売の時、神殿のメンバーは神官さんしか交換していなかったな。自分の分は自分の私財でまかなえということだろうか。
「ほっほっほっ、酒造りにようやく本気になってくれて、ありがたいことですな」
そんなことを言っているのは、ちゃっかり同行している神官さんだ。
「神官さんが今日参加しているのは、同じく木苺ワイン造りが目的?」
「ええ、いつもはその弟子に任せているのですが、なぎっちゃ様に『経験値10000チケット』をいただいて以来、身体の調子がすこぶるよいのです。先日、神の酒をたらふくいただいたのも健康の理由でしょうか」
「あー、そのコンボは腰の曲がった老人も走り出しそうだよね……」
というか見習いくん、神官さんの弟子なのか。
頑張れ、頑張れ、と見習いくんを応援しながら、私もラズベリーを摘み取っていく。
せっかくなので木苺を採取しながら、神官さんと会話を交わす。
年の功と言うべきか、結構面白い話が聞けた。
なんでも、木苺はいつの間にかこの世界に生まれた植物であり、緑の神がもたらした農作物ではないらしい。
収穫の労力に対して木苺は可食部が少なく、緑の神が人に与える実が大きく食べやすい果実とは特徴が大きく異なるという。
この世界の植物や生物という存在は、天上界の影響を濃く受けている。
天上界から降臨した植物が神器化せず世界に広がった結果、天上界と同じ植物が生えてくると考えられているようで、青の実も300年ほど前に突如この世界に出現したらしい。
さらに面白いことが聞けた。
緑の神が持つ神器は、数千年前に狩猟生活をしていた人類へ様々な農作物をもたらしたが、今も天上界と繋がっているようで、ここ数百年になって急に、優れた作物が神器から生み出されるようになったらしい。
これは、きっと地球で品種改良が進んだ結果だね。それならきっと、ここ数十年単位で見ると、さらにすごい作物が取り出せるようになっているはずだ。
「というか、地球から落ちてきた物品って、地球との繋がりが切れてないの?」
『マスターのプレイしていたMMORPGのアップデートデータが、ダウンロード可能です。大型アップデートをお楽しみに』
私の疑問に、イヴがそんな言葉を投げかけてきた。
うわあ、私、バージョンアップ権限あるんだ。
『マスターは確認をおこたっていたようですが、今までも課金アイテムショップやガチャのラインナップが入れ替わっています』
いや、課金ショップ用の仮想通貨とか、二度と手に入らないでしょ。意味ないのに頻繁に確認なんてしないよ。
私は仮想通貨に関して、必要な額を必要なだけクレジットカードでチャージするようにしていた。なので、今、私が所持している仮想通貨スターコインの残高は、ゼロだ。課金アイテムショップのページは今も開けるが、何も買えやしない。
はー、しかし、アップデートがされるのか。この世界から地球に辿り着くことはできないが、情報は質量を持たないからいくらでもアクセス可能とかなのかな。
そういえば、地球上の価値が高い物がより強い神器になるんだよね。つまり、情報にも創世の力が含まれていそうなものだけど……。神器って、地球上から常時情報、すなわち創世の力が注ぎ込まれているとかありそうだ。怖い。
「……あのゲームのサービスが終了したら、私も一緒に消滅したり死んだりしないよね?」
地球とつながっていて情報がダウンロード可能って事は、MMORPGのサービスが終了したら、いったいどうなる?
『情報の更新がそれ以上されないだけで、存在の消滅は起こらないでしょう。この世界には地球由来の生物らしき存在が数多くいますが、地球では絶滅した生物も、この世界では生き延び続けています』
ほっ……。ネットゲームの寿命って短いから、あと数年で死んでしまうとかなくてよかったよ。
『ただ、レベルキャップ解放の大型アップデートが来たら、整合性を取るためにどんな変な挙動を見せるか判断がつきません』
『なぎっちゃ』はこの世界に来てから、ゲームの上限値である『Lv.99』を超えてレベルアップできるようになっていた。邪神ファーヴニルを経験値に変えた瞬間、『Lv.100』に上がったのだ。
これは、『Lv.99』を超えて成長したいという私の願望から生まれたオリジナル要素であり、本来ゲームのデータには存在しなかった要素である。
「……レベルキャップ解放はないんじゃないかなぁ。サービス開始からずっと解放されていなかったし、そもそもカンストしてからが冒険の本番だったし。『Lv.98』まではチュートリアルってね。開発者インタビューでも、レベルキャップ解放は予定していないって言っていたよ」
『ゲームの人気が陰ると、どうなるかは解りませんよ』
「うーん、その時になってから考えようか」
私はそう言って、ラズベリー狩りを再開した。
用意したかごにどんどんラズベリーがたまっていく。
「木苺ワイン楽しみだなー。造り方知らないけど」
私がそんな独り言を言うと、しっかり聞いていたのか、おばちゃんが私に寄ってきて背中を叩いた。
「木苺ワインの造り方が知りたいなら、あたしに任せな! 手取り足取り教えてあげるよ!」
と言ったところで、神官さんが反応した。
「おやおや、その造り方は私が教えたものですよ。より詳しく教えられるのは、やはり我々バックス神殿です」
「それを言われちゃどうしようもないけど、あたしだってたまには、なぎっちゃちゃんの役に立ちたいんだよ」
「そうでしたか。では、共同で教えるということで」
「そうかい! いやあ、神官様は話が解るね!」
なんかそういうことになった。