21.変なキャラメイクをしていなくて本当によかったと思う。
勝負は一瞬でついた。
私を除く二十名による強行突破は、扉の奥にある詰所のような場所へ待機していた二十名ほどの僧兵を全てなぎ倒した。
まあ、こうなるよねえ。『Lv.8』の集団が、『Lv.1』相当の人達と戦うんだもん。相手にならないよ。
ただまあ、みんな手加減をしていたようで、死者は出ていないようだ。
骨折したのか、足を押さえてうめいている人がいるようだが、ポーションで治るよね? 無理そうなら、帰りにでも回復魔法をかけていくことにしよう。
「物足りないですわー」
真っ先に飛びこんで僧兵を投げ飛ばしまくっていたソフィアちゃんが、興奮したように私のもとへとやってくる。
どうやら私に褒めてほしいようだが、ここは褒めるべきなのか?
なんか私まで脳筋組の仲間入りするようであれなんだけど。
「ソフィアも手加減が上手くなってきたな!」
おおっと、常識人枠だと思っていたジョゼットもこんなこと言いだしたぞ。
いや、手加減できなくて人死にを出していたら大問題なんだけども。いくら私が蘇生魔法を使えるからって、神殿内で死者とかシャレにならない。
「さて、この者達は放っておいても構わないでしょう。先に進みましょう」
村の戦士達に交じって暴れていた神官さんが、そう言って私達を詰所の奥へと案内する。
詰所の奥には、精巧なレリーフが彫られた大きな扉があり、その扉に神官さんが先ほどのメダルを取りだしてかざすと、扉は誰も触れることなくゆっくりと開いた。
魔道具製の扉かな?
「この先にバックス様が御座します」
そう私達に告げると、神官さんは扉の向こうへと進んでいった。
神がいる、と聞いて村の戦士達に緊張が走る。まあ、しょうがないか。バックス傭兵団を名乗っていた集団が、バックス神に会うというのだ。
だが、私としては、超常の存在ではない生き物としての神なんて、あんまりありがたみのある存在だとは思えてこない。なので、気にせず神官さんのあとを追うことにした。
扉をくぐったその先。
そこは、酒場だった。広間にテーブル席が複数存在し、部屋の奥にはカウンター席が用意されている。
そして、その酒場の中央に、この場に似つかわしくない年齢の少年がいた。
背の低い金髪の少年。顔は整っているが、格好良いというよりは可愛らしいと言った方がしっくりくる容貌だ。
「いらっしゃい、待っていたよ!」
そんな金髪美少年が、一人で私達を迎えた。
「バックス様、私どもの到着にお気づきでしたか」
神官さんがそう言葉を返す。むむむ、この少年がバックス神なのか。
「うーん、ちょっと違うかな。この建物で、新種のウイスキーを出したよね? 香りがここまで届いていたよ。もう、飲みたくて飲みたくて! 新しいお酒なら、きっと僕のところに持ってきてくれるだろうと信じて待っていたんだ!」
ええー、バックス神、遠い部屋で出したウイスキーの香りを嗅ぎ取れるの?
本当だとしたら、さすが酒の神様と言うしかないよ。
私がそんな驚きの顔を浮かべていると、神官さんがこちらに振り返って言った。
「なぎっちゃ様。このお方が我らの主神、酒の神バックス様です」
「あー、どうも、なぎっちゃです。よろしくお願いします」
神相手なので、念のため敬語を使っておく。神官さんが怒ったら気まずいからね。
「よろしく!」
こちらに近づいてきたバックス神が手を前に差し出してきたので、私はその手を握り、握手をする。
この国では、地球と同じように握手の文化があるんだよね。
「で、で、ウイスキー持ってきているんだよね?」
握った手を勢いよく上下に振りながら、バックス神が言う。
「……ありますよ。なんだか酒を飲ませるには抵抗がある年齢に見えますが、神ということは見た目通りではないのでしょうし」
「ああ、この見た目? 結構損するんだよねぇ。僕の名前が知られていない地方に一人で行くと、お酒を飲ませてくれないことが多くて。これでも二千歳超えているのにね?」
庇護欲をそそられるこの可愛らしい見た目は、やはり年齢相応に見られず苦労が絶えないらしい。いや、二千歳の年齢相応ってなんだって話だが。
私は『なぎっちゃ』のキャラメイクをロリキャラとか男キャラにしていなくて、本当によかったよ。今の私は、十五歳程度の見た目なんだけど、この国では成人年齢だからね。
「で、シャロン。このヤバイくらいの力を持つ神様、いったい何者?」
握手を解いたバックス神が、神官さんに問うた。
「おや、その辺の内容をしたためた文をこちらに送ったのですが、目を通しておりませんか?」
「見てないねえ。どういうことかな?」
「こちら、送った文の写しです」
「ん、相変わらずそつがないね。辺境に行かせるには惜しい人材だよ」
「辺境の村に酒造技術を伝えるのも、立派な神官の役目ですから。それと、その文には書いてありませんが、彼女の正体は天上界で人間として生きていた、神を超えし神です」
「うっわ、本当? いや、ビシビシ感じるオーラの強さは、それくらいじゃないと説明が付かないんだけど」
そんな会話をした後、バックス神は神官さんに渡された文書を読み始めた。
そして……。
「世界中の酒を集めた祭り! 僕も参加したかった! ずるいよ、シャロン! そんな楽しそうな祭りを一人で楽しむだなんて」
「ははは、辺境の小さな祭りですよ」
「辺境の祭りで、南方の酒なんて出るもんかい!」
あー、注目するところ、そこなんだ。私が神を超えた神だとかは、酒の神的にはどうでもよかったりするんだろうか。
「それに、無限に神の酒が湧き出す酒杯とか、僕のやつに匹敵する神器を持っているあたり、見所あるよね。なぎっちゃ、君はなんで神器を作るときに、武器じゃなくて酒杯を作ったんだい?」
「ん? そりゃあ、酒は命の水だからですよ。酒がなきゃ私はとても生きていけないですからね」
「あはは、こりゃあ、すごく気が合いそうなお嬢さんだ」
私より年下にしか見えない子にお嬢さんって言われるなんて……いや、二千歳からすれば二十六歳の私なんてお嬢さんでしかないんだろうけど。
「バックス様、そのことなのですが、今日の朝に、村へ僧兵が差し向けられまして。なぎっちゃ様から神器を奪い取るのが目的だったようで、吐かしてみたところ神殿長の命令だというのです」
「うわ、それ本当だとしたらあいつ破門だよ。友好的な神に喧嘩売るとか、信じられない」
「もちろん、何者かが神殿長に罪をなすりつけている可能性も考えられます。詳しく調査した方がよろしいでしょう」
「うん、そうするよ。ところで、今日の朝に村にいたなら、どうして今ここに君達がいるの?」
バックス神の言葉を受けて、神官さんがこちらを見てくる。ああ、私の能力をこの場で勝手に話すつもりがないのか。
「私は魔法使いで、転移魔法が使えるんですよ」
「転移魔法!」
バックス神が驚きの顔を見せる。
「それって、世界中を好きなだけ巡れるってこと!?」
「ええ、そうですが……」
「うわー、すごいよ。世界酒巡りだよ! 今度僕も連れていってよ!」
「まあ、それくらいなら構いませんけど」
「うっわー、楽しみだなー」
うーん、なんというか、愉快な神様だな。二千年生きた老人の深みみたいなのを感じないというか……。
「あ、ウイスキーも楽しみなんだった! ねえ、後ろにいる人達にも僕の神の酒をふるまうから、ウイスキー、飲ませてよ」
「ええ、構いませんよ。みんなも、いいよね?」
後ろを振り返って村の戦士達を見てみると、皆、感動に打ち震えていた。
「バックス神から直接、酒をふるまっていただけるなんて……」
バックス神の神の酒を一口飲んだことあるはずの村長さんまで、そんなことを言って感極まった顔をしている。
やれやれ、せっかく酒宴を開いてくれるというのに、この調子じゃ楽しめないぞ。
いや、そもそもよく考えたら、私達の目的はバックス神と酒宴を開くことじゃない。村に僧兵を差し向けられないよう、不可侵の宣言をしてもらうことが目的だ。酒を飲んで仲よくなればいいってことかな?
私は思わぬ展開に苦笑いしながら、神器の酒杯と、ついでに無限におつまみが湧き出る神器の皿を取り出すのであった。