20.赤穂浪士って、討ち入りされる側からしたら酷い話だよね。
王都への転移は問題なく行なえた。
お祭りのためのウイスキーとブランデーを仕入れたのが、この王都だったのだ。
蒸留所は神殿が仕切っており、あのときは窓口が判らなくて南国で仕入れたヤシ酒を蒸留所に直接持っていったら、喜んで蒸留酒と交換してもらえたんだよね。今思うと、酒神の神殿ということで、外国の酒が珍しくて喜ばれたんだと思う。
さて、王都に来たわけだが、ちょっと大所帯になってしまった。
殴り込みする気満々で武装した村長さんと、村の戦士衆十五名。
装飾がついた正装らしき衣装に着替えた神官さんと、その助手というか神官見習いが一名。
私を心配してついてきたジョゼットとソフィアちゃん。
そして私の計二十一名が、ぞろぞろと王都のメインストリートを歩いている。
いかにもな怪しすぎる集団に、通り過ぎる人がみんなこっちを見ている。
「久々の王都ですわー」
ソフィアちゃんが楽しそうな声で周囲をキョロキョロと見ている。
おいおい、元貴族令嬢が一番おのぼりさんっぽい動きしているぞ。
「ソフィアちゃん、王都に来て大丈夫なの?」
「何がですの?」
「ほら、追放刑を受けた貴族が、国の中枢部にいるのはなんかまずそうだし……」
私のその言葉の意味が理解できないのか、ソフィアちゃんはキョトンとしている。
そこへ、前を進む神官さんが振り返って言った。
「大丈夫ですよ。その子の家関連は、あくまで地方の領での問題ですからね。ここは王家の直轄地である王都です。地方の問題は持ち込まれませんよ」
「あー、中央集権じゃなくて封建制の地方分権な国なんだっけ」
「その通りです」
私の言葉に、神官さんはそう答えて再び前を向いた。
封建制の国って、領主同士で戦争とか起こしていそうだよね。
他国との戦がなくても、開拓村の領がある地域の領主が他の領と問題起こしたら、村の戦士達が徴兵されたりするのかなぁ。『Lv.8』の集団が戦場で大暴れするとか、ひどいことになりそう。
と、そんなことを考えているうちに、立派な建物の前に到着した。
「ここが中央神殿です。進みましょう」
神官さんが先導して、神殿の中に入っていく。
神殿の外観は、なんというか古代ギリシアの建物っぽい感じだ。小宇宙とか燃えそう。
神殿の中には一般市民が普通にいて、祭壇で祈ったり静かに酒を飲んだりしている。うーん、昼間っから酒を飲むとか、さすが酒の神の神殿だね。
神官さんは、そんな一般市民の横を通り過ぎて、神殿の奥へ奥へと進んでいく。
いかにもスタッフ専用ですよといった通路を通り過ぎ、やがて大きな扉に突き当たった。
その扉の前には、棍を持った巨漢の僧兵が立ちふさがっていた。
その僧兵の前で立ち止まった神官さんは、懐から何やらメダルを取り出すと、僧兵に向けてかかげた。
「どうも、おつかれさまです。バックス様は本日こちらにいらっしゃいますか?」
「はい。……シャロン卿、後ろの方々は?」
「護衛です」
うわ、神官さん、私達を護衛の一言で済ませようとしているぞ。
さすがに無理あるでしょ。村長さん達にいたっては、棒とかの鈍器じゃなくて剣で武装しているし。
「いくらシャロン卿でも、その護衛の数は……」
「いつ私の護衛だと言ったのです。こちらに御座す、なぎっちゃ神の護衛です」
「えっ!?」
予想していなかった言葉なのだろう。僧兵の顔が困惑でいっぱいになった。
「なぎっちゃ様、こちらへ」
神官さんが呼んだので、仕方なく私は前に出た。
「あ、どもー。神様でーす」
「新たに我が国にやってきた神が、バックス様への面会を希望しておられます。お通ししてください」
「は!? えっ、でも神殿長からは何も……」
明らかに想定外の事態で、僧兵はどうしていいのか判らないのだろう。
だが、神官さんは冷たく言葉を放った。
「神と神の都合に、なぜただの人でしかない神殿長を間にはさむ必要があるのですか。不敬ですよ」
「それは……ええと……」
うわー、なんというか、一種のパワハラ現場みたいになってない?
ちょっと助け船を出してあげるか。
「まあまあ神官さん、いじめないであげて。神って証明できればいいんだよね。じゃ、神器を見せてあげるね」
私はその場でアイテム欄を開き、金色の酒杯を取りだした。
そして、もう一つ、それと酒交易中に手に入った、酒用のコップであるロックグラスも出す。
「≪アイスボール≫」
最小の魔力で初級攻撃魔法を使い、コップの中に丸い氷を生み出す。
さらに、神器の酒杯からウイスキーを湧かせる。山崎さん(二十五歳)だ。それをロックグラスに注ぐ。
氷からヒビの入る心地よい音が聞こえる。
僧兵は、目を見開いて私の所作の一挙一動を見ている。
「はいどうぞ、なぎっちゃ製の神の酒だよ」
「え、ええー……神の酒って……」
理解の範疇を超えたのか、僧兵は呆然とした顔をこちらに向けてきた。
「ほら、早く飲まないと氷溶けすぎちゃうよ。ウイスキーのロックは、温度の変化も楽しまなくちゃ」
「あ、はい。ちょうだいいたします」
僧兵はグラスを受け取ると、まずは香りを嗅いだ。すると、緩んでいた表情が一瞬で引き締まった。
ふふふ、山崎さんは二十五歳と年季の入った子だからね。酒神の神殿の者として、そのすごさを感じ取ったかな?
僧兵はおそるおそるロックグラスに口を付ける。
「――!?」
そして、僧兵は驚きの顔を見せた。
次に、満面の笑みを浮かべた。
「ほう……」
溜息をついて、ちびちびとロックグラスの酒を飲んでいく僧兵。
「私は何を見せられているのかしらー?」
「しっ、ソフィア、黙っていろ」
むむ、ソフィアちゃんは、私流のおもてなし風景に飽きた様子。
とがめたジョゼットも、言いたいことは解るがここは抑えろといった感じの言い方だった。
仕方がない。話を進めようか。
「ね、神の酒だったでしょう?」
「はい、これはまさしく神の酒です。身体に神の力が満ちていきます。まさか、ウイスキーの神の酒が飲める日が来るなんて……」
「ここ、通してくれるかな?」
「……お通ししたいところですが、神の御所をお守りするために、この扉の奥にも多数の僧兵が待機しています。私が話をつけてきます」
そうして、僧兵はウイスキーを飲みきり、私にロックグラスを返してきた。
私はそれを受け取り、酒杯と一緒にアイテム欄に突っ込んだ。
「では、少々お待ちください」
僧兵はそう言って、扉を開き奥に入っていった。
待っている間は暇だな、と思っていたら、神官さんがこちらを見てつぶやいた。
「まさかウイスキーの神の酒とは……私も一度は飲んでみたいものです」
「えー、神官さん、バックス神に神の酒をふるまわれたことあるって言っていなかった?」
「バックス様の神器からは、ウイスキーは出ないのですよ」
「あっ、そういう……。えー、じゃあ、あの僧兵さん、めっちゃ貴重な体験したんだね……」
「うらやましい限りです」
「うーん、それなら神官さんにも飲ませてあげたいけど、飲みたいからって際限なく飲ませていたらキリがないんだよねぇ」
「いえいえ、催促しているわけではありませんよ」
神器と神の酒の取り扱い、村ではどうするかなー。
格安でふるまったら、なんか村に神の酒を飲みたい余所者が集まってきて迷惑かけそうだし……。
やっぱり、お祭り限定で一人一杯っていう感じがちょうどいいのかなぁ。
などと考えていると、扉がまた開き、先ほどの僧兵が戻ってきた。
「申し訳ありません。説得に失敗しました。神の来訪など聞いていないし、信じられないと皆が言っております」
えー。ここまできてどうすんの。
「仕方ありません。村長殿」
神官さんが、村長さんに声をかける。
「おう」
「強行突破です」
「おう!」
……ええー。ここにきて力押し?
「神が神に会いに来ているのです。人が邪魔立てをしていい理由にはなりません。不敬です」
言いたいことは解らないでもないけど!
って、うわ、戦士衆のみんな、すごく獰猛な顔してる! これはもう止められないよ。どうにでもなれ!