2.異世界転移の導入テンプレといえば馬車との遭遇。ただし私は操縦する側。
「はいまいどー。塩はその量で大銅貨20枚ね」
「助かるわー。きめ細かい粒の塩がこんなに安いだなんて!」
「ここだけの話だけどねー、それ岩塩じゃなくて海の塩なんだよ」
「ええー! 海ってあの海? さすが行商人さんね」
「うん、行商人だからね」
異世界エルトミナールに来て一週間後。私は商売に勤しんでいた。
この世界での生活基盤を整えるため……ではない。ホワイトホエール号のとある機能を使うためだ。
ホワイトホエール号の中には、アイテム販売ショップがある。これはゲームとしてのメタな機能なのだが、それがどういうわけか有効になっていて、物の売り買いができるのだ。
エルトミナールの価値ある物をホワイトホエール号のショップで売れば、ショップで使える通貨が手に入る。
そのショップでは、ゲーム内アイテムが買える。
ゲーム内アイテムと言っても、あのホワイトホエール号の出てくるゲームはなかなか生活面が凝っていたSFRPGだったので、武器や防具、回復アイテムだけではなく生活に必要な雑貨などが購入できるのだ。
料理システムがあったから、食材も買える。
キッチンはホワイトホエール号にある。じゃあどうするか? 快適な生活と豊かな食生活のために、ショップを活用するしかないでしょ!
そりゃあ、無限におつまみが湧き出る神器の皿なんてものはあるけどね?
でも、作るときに設定をミスってしまったのか、おつまみしか出ないのよ。一度神器にしたら、創世の力に変換し直しとかできないみたいだし。早まったなー。
そういうわけで、地表を探査して平和そうな地域をピックアップした私は、人工知能のイヴに現地の言語を探らせた。
そして、ホワイトホエール号の学習装置という脳に情報を直接叩き込む機械で、私はとうとう日本語以外の言語を話せるようになったのだ! コンピュータ関係の仕事をしていた理系人間だけど、私、馬鹿だから英語とか話せないんだよね。
「行商人さん、麦との交換でもいいかい」
「いいよいいよー」
今の私はどこからどう見ても行商人である。倉庫に入っていた布のチュニックを着て、二頭引きの馬車に荷物をたくさん積んでいる。
チュニックは私の身体であるMMORPGのキャラクター『なぎっちゃ』に付随していた機能である、ゲーム内倉庫の中に入っていた。
多分、初心者時代に着ていた防具。
チュニックの防御力は低いが、今の私はゲームのレベル上限に到達したキャラクターだ。後衛である魔法職の大賢者と言えどステータスは高く、そこらの暴漢に襲われたところで傷一つ付かないはずだ。
馬車は、普通に買った。私のプレイしていたMMORPGのゲーム内通貨単位はゴールドで、一ゴールドという最低金額でも金貨一枚である。
なので、ゴールドの金貨を幾枚か取り出して、外国との交易が盛んそうな港町の両替商に持ち込んで、現地の通貨をゲットした。その通貨で馬車と馬と交易品を購入したのだ。
金貨さえあればショップ機能と併用して生活環境を余裕で整えられないかとは思うのだが、現地の人間に触れて世界に慣れていくべきとイヴに提案され、私は行商人という職をひとまず選んだ。
ちなみにあのMMORPGは、金鉱石が露天掘りで簡単に手に入れられる世界観だった。なので、倉庫に生産システム用の金インゴットが山ほど入っている。
もし金貨がなくても、この金インゴットがあれば、金の価値が地球並に高いらしいこの世界で何十年でも暮らしていけそうである。
でも、金インゴットはホワイトホエール号のショップでの価値が低いんだよなぁ。基準が解らないけど、工芸品とかの方がショップで高く売れる。
だから商売なり換金なりして、高品質なアイテムが買えるショップの通貨を稼ぐ必要がある。
今居るのは、港町から遠く離れた内陸の町である。
馬車ではるばると旅をしてきたわけではない。移動はホワイトホエール号にお任せである。あの宇宙船には光学迷彩機能があるので、人に見つからずに地上で使い放題である。
そして、さっそく現地の商人ギルドに許可を取って露店を始めたのだが、海の塩が売れる売れる。
私が馬車を買ったことで解る通り、この世界の交通は地球ほどには発達していない。エルトミナールはいわゆる剣と魔法のファンタジー世界で、魔法はあれども科学技術はさほど進んでいないのだ。
まあ、ギルドとかがあることから、原始的というほどの文明レベルの低さではないようだけどね。
しかし、塩が国の専売とかじゃなくて助かったよ。
国を敵に回しても、神器が出てこない限り大賢者の力とホワイトホエール号があれば、怖くもなんともない。だけど、商売が難しいのは困るからね。
買い込んだ塩は三時間で半分も売れた。
値段設定がそこまで高くなかったのがよかったのだろう。そのあたりはイヴに任せて良かったよ。
「それじゃあ、今日はこれで店じまいー」
まだ日は高いが、私は露店を閉め、馬車に荷物をしまうと見せかけてアイテム欄にしまった。一日八時間労働とか、やってられないよね。一日の労働は、三時間もやれば十分だよ。
まあ、露店なんてせずに、適当な商会にまとめて塩を卸せば一番楽なんだけど……。商売に慣れたかったからさ。イヴにせっつかれたとも言う。
そして私は予約していた宿に馬車を移動させた。操縦方法も習ったからね。なんちゃって行商人じゃないよ。
「それじゃあ、商売の成功を祝して、かんぱーい!」
宿にチェックインし、併設された酒場でさっそく一杯やる。
「うーん、仕事の後のビールは格別だね!」
ここのビールは上面発酵、いわゆるエールビールってやつだ。香りが高く常温でも美味しいお酒である。
エールといえば、いかにも剣と魔法のファンタジーって感じだ。このエールには、ホップの味がしっかりと利いている。この国はいかにも中世的な文明レベルの低さとは裏腹に、酒造りのクオリティが高いんだろうね。
別の国で飲んだエールはホップじゃなくて、何かの薬草っぽい味がして美味しさはいまいちだった。そういう差を楽しむのもまた面白いね。
きっと、この世界には魔法で作るお酒とかもあるんだろうなぁ。アイテム欄にしまっている無限に酒の湧き出る神器の酒杯も、魔法で作るお酒みたいなものだけど。
「こんな日が高いうちから酒なんて、景気がいいね」
そう言って店員の若い娘が、おつまみをテーブルの上に並べてくれた。
へへっ、今日の私は御大尽さ。飲むぞ飲むぞ。
そんな感じで一人盛り上がっていたときのことだ。
突然、私の正面の席に一人の女性が座った。青い髪をポニーテールにした二十歳ほどの美女だ。何を生業にしているのか、革鎧なんぞを着ている。
その女性が、私に向けて口を開く。
「すまない。塩の行商人でよかったか?」
「今日はもう店じまいだよー」
売るもんはねえ! 物理的にな! 盗まれないよう、塩や雑貨は全部アイテム欄にしまってある。
「いや、今すぐ買いたいというわけではないんだ。ちょっと商談をしたくてな」
「んんー、まあ、話くらいは聞きましょか。おねえさーん、この人にエール一杯」
「あ、その……」
私が女性用に酒を注文すると、彼女は何か口ごもった。
「ん? お酒嫌いだった?」
「あ、いや、嫌いではないが、こんな日の高いうちから飲むのもな……」
「いいじゃん。おごりだよ」
「そうか。すまないな……」
そうして、エールビールがなみなみ注がれた木のジョッキがテーブルに運ばれてくる。
「乾杯ー!」
「か、乾杯」
互いに木のジョッキを掲げて、エールを飲む。
うーん、美味い。酒造に関してはなかなかレベルの高い国のようだから、しばらくこの国にいるのもいいかな! すっぱいビールは苦手なんだよなぁ。
「で、商談って?」
私は木のジョッキをテーブルに置いて、女性にそう話を振った。
ちびちびとエールを飲んでいた女性は、真面目な顔に戻って同じくジョッキをテーブルに置き、話し始めた。
「私はとある開拓村の住民なんだが……その開拓村まで塩を運んでもらえないだろうか。塩以外の商品も、運んでくれるならば買おう。代金は、主に魔獣の素材だ。毛皮に、牙、魔石だな」
「へえ、開拓村。距離はどのくらい?」
「この町から徒歩で五日ほどだ」
「魔獣、出るの?」
「魔の領域と接した最前線だ。だが、身の安全は保障しよう。この町にも戦士達を連れて来ているから行き帰りは安全だし、村も防備は万全だ」
魔獣。邪神のヘルプ情報によると、魔石という魔法の源を体内に含む動物のことだ。獰猛で、人を好んで襲う。
魔の領域は、そんな魔獣で溢れた危険地帯だ。
「ふーん……」
「どうか頼めないだろうか。我が村には馬車が足りていないのだ」
「いいけど、ねえ。その村って魔法使いの需要ある?」
「は? 魔法使い?」
「あるの?」
「そ、そりゃあ、魔法使いなんて滅多にいない存在、来てくれるのならば我々もずいぶんと助かるが……」
「了解。じゃあ、世紀の大魔法使いが一名、開拓村に移住させてもらうね」
「はあ?」
私はキャラクターの機能であるメニュー画面を目の前に表示させながら、移住の宣言を女性にした。
そのメニューには、『Lv.100』という文字と、そして次のレベルまでの必要経験値が表示されていた。
レベルが上がると、新しい魔法や技能を覚えるためのポイントが入手できる。
邪悪な神を吸収し、ゲームにおける上限値である『Lv.99』を突破しても、それは変わらなかった。それどころか、見たこともない新魔法が、ポイントで習得可能な魔法として、新しくメニューに生えてきた。
でも、レベル上げのためだけに、ファンタジー小説の中に出てくるような大冒険を繰り広げるつもりは毛頭無い。行商のついでに聞き及んだところによると、この世界の冒険というものは、リアルでやると汚いし辛いし苦しいみたいだからね。剣と魔法のファンタジーは泥臭かった。
では、どうするか。経験値の源になる魔獣がたくさん出てくる場所に移住してしまえば、それで解決だよね?
私は、指先に魔法の火を灯してみせながら、ジョッキ片手に笑みを浮かべるのであった。