17.魔法金属とか出てきたら、ファンタジー世界に来たなって感じがする。
ある日、ショップ機能を使いに、ホワイトホエール号にやってきた。
一通りの買い物を終えると、ちょっとアイテム欄と倉庫を整理しようと、私は二つの画面を開いてアイテムのやりとりを行なう。
そんなとき、一つの素材が私の目に止まる。
私はアイテム欄からその素材を取り出すと、船内を照らすライトにかざして眺めた。
「ねえイヴ、この金属、この世界で採掘できないよね……?」
虚空に向けてそう話しかけると、私の物ではない女性の音声が船内に響く。
『ミスリルですか。この世界には存在しないでしょうし、おそらくミスリルという単語すら存在しないでしょうね』
「そうなのかぁ」
『ミスリルとは、小説『指輪物語』『ホビットの冒険』の作者が創作した架空金属です』
あー、そんなこと、パソコンを使ってネットの百科事典で調べたことがあったかもしれない。
『つまり、地球で生まれたばかりの概念です。ソーマやアムリタなど地球の神話上の存在が見受けられるこの世界でも、ミスリルはまだ生まれ出でていない可能性が高いです』
「まだ?」
『『指輪物語』の小説本や、ミスリルが描かれた創作媒体がこの世界に落ちた場合、ミスリルが新たにこの世界で生まれる可能性があります』
「へー。そういうものなんだ」
『そういう意味では、マスターとパソコンがこの世界に落ちてきた瞬間、ミスリルはこの世界に誕生したと言えます。産出場所は、マスターのアイテム欄と倉庫です』
「うーん、鉱脈から産出されるようになったわけじゃないんだ」
『マスターがホワイトホエール号を作らず、パソコンの分の創世の力を世界中に広げていればそういう未来もあったでしょう』
「世界に広げる、ねえ」
どういうこっちゃ。私はミスリルを眺めながら、首をかしげた。
『この世界に落ちてきた創世の力が、人の手に長期間渡らず神器へ変換されなかった場合、創世の力が世界に広がり、世界が書き換わることがあるそうです。なお、マスターに混ざっているまだ神器化していない創世の力は、マスターが保有している扱いになるので、世界に広がることはありません』
「マジでー。イヴ、詳しいね」
『世界中にいる聖職者の説法の中から、信憑性がありそうな内容をいくつかピックアップしてまとめた結果、そのような仕組みがあることが推測できました』
イヴは地上の人間達の会話を日々集めているからね。
正直、プライバシーの侵害はなはだしいよね。まあ、そのおかげで多数の言語が収集できて、私も言葉に困らず行商ができているわけだけど。
『ちなみにオリハルコンはこの世界にも存在します』
「これ?」
私は倉庫にミスリルのインゴットを突っ込むと、代わりにオリハルコンのインゴットを取り出した。
私がプレイしていたMMORPGに登場する生産システム用素材の中でも、一番のレア金属だ。まあ、これでも古参プレイヤーだから、そこそこの数が倉庫には存在するんだけど。
『いえ、それとは違いますね。この世界のオリハルコンは魔力を帯びた銅鉱石で、武具の素材として見ると、マスターが所有するオリハルコンほど高性能ではありません』
「えー、オリハルコンと言えば最強武器の材料でしょー」
『この世界のオリハルコンは鋼より軽く、鋼より靱性があります。バックス神殿の僧兵の防具はこのオリハルコンで作られるようです。しかし、マスターが持つオリハルコンと比べたら、武具の素材としての強さははるかに劣ります』
「同じ名前なのにどうしてだろうねぇ」
『オリハルコンはこの世界で幅広く産出される金属です。稀少な金属ですが、世界中からかき集めれば相当な量になるでしょう。つまり、同じ分量、たとえばこの世界のオリハルコン一キログラムあたりに使われている創世の力は、マスターが所有するオリハルコン一キログラムあたりに使われている創世の力よりも少ないのです』
「アイテム欄や倉庫にいっぱいゲーム産アイテムが入っているから、一つあたりのアイテムに使われている創世の力って相当薄まっていそうだけどねぇ」
『世界中に存在するオリハルコンが、それだけ多いということですね』
「あ、つまり、たとえば神器の槍とかがあったら、一本の槍に創世の力が相当量詰まっているってことだよね? 私の持っている防具じゃ簡単につらぬかれそう」
『一般的な神器が内包する創世の力の量は、マスターやホワイトホエール号のそれと比べると、微々たる量です。防具がつらぬかれても、マスターはそこまで大きな被害を受けないと推測します』
「まーじでー。そこまでなの、私達」
『一般的な神器は、天上界ではただの小石や葉っぱ一枚などといった、ちっぽけな存在だったとこの世界では語られています』
「そっか。じゃあこの神器も、実はしょぼいのかな」
倉庫から一つのアイテムを取り出す。それは、私がこの世界に落ちてきたときに出会った邪神が持っていた、神器の杖。
あの邪神は私に攻撃してきたので、ボコボコにしてから魔導書に取り込んで、私の経験値に変えた。そして、ドロップアイテムとしてこの神器を落としたのだ。
『魔法が撃てる、神器の杖ですか』
「そだね。上級攻撃魔法くらいの威力の魔法をばんばか撃てる杖」
私がこの世界に落ちてきたとき、邪神が向けてきたあの黒い炎は、神器から発した魔法だったのだ。
さすが神器だけあって、私のHPがいくらか削れたのを覚えている。まあ、最大HPからすると大したダメージではなかったし、回復魔法一回で治る程度だった。
そのとき、私はダメージを受けてHPが減っても、身体は怪我をしないと判明した。
全年齢対象のMMORPGのキャラクターだからか、攻撃を受けても一切外傷を負わないのだ。痛みもそこまで強く感じない。
多分、私が『なぎっちゃ』というこの神器の身体を作り出したとき、無意識のうちに『そういう身体の構造になってほしい』と願ったのだろう。
なので、こんな世界に一人放り出されても、私はどこか余裕を持って過ごせている。
『その杖が内包する創世の力は、神器の酒杯未満です』
うわあ、しょぼいな、邪神の神器。
うーん、残念。
「上級魔法なんて私だってばんばか撃てるし、この杖いらないよねぇ。そもそも大賢者の装備武器って杖じゃなくて魔導書だし。いらない神器から、創世の力を取り出せないのかな」
パキッと折ったら創世の力が漏れ出したりしないだろうか。
『神器から創世の力を取り出す方法は、まだ見つかっておりません』
うーん、地上を盗聴しているイヴでも知らないのか。人の口に上らないような、秘された手法だとかだろうか……。
「もしかしたら、神官さん経由でバックス神と会う機会があるかもしれないから、会ったら聞いてみようか」
『そうですね。友好的であることを祈ります』
「あはは、神様が相手なのに、神様に祈ってどうするのさ」
神器の杖を倉庫に突っ込みながら、私は笑い声を船内に響かせるのであった。
しかし、なんでもかんでも倉庫に突っ込んでいくと、どんどんいらない物が増えていきそうだね。