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15.昔の人は生水の代わりに酒を飲んでいたというけど、開拓村の井戸水は清らかで美味しい。

 金色に輝く酒杯をジョゼットに見せる私。


「ん? 何も入っていないではないか」


「ふっふー、そう見えるでしょ。でも、こう念じてみると……」


 じわっと酒が酒杯の内側に染み出してくる。

 酒が湧く速度は念じ方によって変わるが、今回は解りやすいよう少しずつ湧いてくるようにした。


「!? 酒が湧いてきただと!」


 驚くジョゼットが持つジョッキに、酒杯の酒を注いでいく。


「まあ、飲んでみて……」


「なんなのだいったい。……!? なんだこれは、先ほどの酒とは比べ物にならんほど美味いぞ!」


「うんうん、私の出身国の純米大吟醸だからねえ」


 一升瓶で一万円を超える日本酒だ。ボーナスが入ったら必ず買っていた、大好きな酒である。


「酒が湧いてくる酒杯……魔道具の類か?」


「いやいや、そんなんじゃないよ。これは、上位世界から落ちてきた酒と酒の器がもとになった、神器だよ」


「なんだと?」


「神器ですと!?」


 私の説明に、どこからともなく驚きの声が上がった。この声は……神官さんかぁ。


 私のもとに、神官さんが小走りでやってきた。どことなくふらついていたあたり、酒を飲んでいたのだろう。

 先日、高級ワインを経験値チケット代にしてきたあたりも考えるに、この国の聖職者は酒を飲んでも問題はないらしい。


「神器と聞きましたが、まことですか!?」


「う、うん。そうだよ。好きな酒が好きなときに、好きなだけ湧いてくる酒杯」


「おお……まさしく神器……なぎっちゃ様、あなたはやはり……」


 なにがやはりだよ。思わせぶりな態度やめてよね。

 神官さんは、頭を横に振って小さく言いよどんだ言葉を止めると、再び明瞭な声で言葉を発した。


「その酒、私にもいただけますかな。なに、ただとは言いません。なぎっちゃ様は商人なのです。いかほどの値をつけられますかな?」


「うーん、酒の販売かぁ。この杯から出てくる酒はどれもすごく美味しいから、高値をつけたいところだけど……今日はお祭りだしね。一杯だけならただでいいよ」


「……そのご慈悲、ありがたく受け取らせていただきます」


「どんな酒がいいかな? ビールでもワインでも清酒でも、なんでも出せるよ」


「では、ワインを」


 注文を受けて、私は一度≪アクアボール≫の魔法を最小限に使って水を出現させると、杯の内側を水洗いした。

 この酒杯、酒は湧くけどただの水は湧かないから、違う種類のお酒を湧かそうとすると、一度水を注いで洗う必要があるんだよね。

 まあ、飲み終わった杯に残った程度のちゃんぽんくらい気にしないっていうなら、洗わなくていいんだけど。


 洗い終わった酒杯にワインを湧かせ、神官さんの持つ木のジョッキに注ぐ。

 注ぎ終わったジョッキを神官さんは両手で持ち、頭を下げて天にジョッキを捧げるような姿勢をとった。

 神官さんの宗教での聖なるポーズなのだろう。その姿勢を十秒ほど維持したあと、姿勢を戻しジョッキを片手で持ち直した。


「それでは、ご相伴にあずかります。……ふむ、これは素晴らしい」


 神官さんがワインを一口飲むと、そんな感嘆の声をあげた。


「ふふん、美味しいでしょ、この酒杯のワイン」


 私も飲みたくなったので、酒杯にワインを湧かせ、私の分のジョッキに注ぎながらそう言った。

 だが、神官さんの言いたいことは違ったらしい。


「日頃の痛飲で悪くなった臓腑が癒される感覚があります。これぞ、まさしく神の酒です」


「うん? どういうこと?」


「イヴ様にはお伝えしたのですが、通常の神器は人に悪い影響を与えません。それは酒も同じく、悪酔いもしなければ臓腑を悪くすることもありません」


「えーと、つまりいくら飲んでも肝臓を悪くしないってこと?」


「ああ、酒で悪くなる臓腑は肝臓でしたな。まさしくその通りです。さらに、この酒はそれだけでなく、心身の悪いところを癒す効果もあるようです。歳を取って痛んでいた身体の節々が、すっかりよくなりました。ポーションでは治せなかったのですが、一口でこの通り」


「まーじでー」


 普段から飲んでいたけど、そんなすごい酒杯だったのか、この神器……。


『その神器のもととなった缶ビールは、この世界に落ちてくる物品としては相当大きなサイズです。通常の神器は、上位の世界では小石一個程度のエネルギーしかないようです』


 今日はずっと大人しかったイヴが、そんなことを告げてきた。

 うわあ、普通の神器ってその程度の存在なんだ。普通が小石一個なら、じゃあ人間丸ごと一人の私とか、タワーケースの高性能パソコン一個のイヴは、どれだけのすごさを秘めているのか……。


「ふむ、イヴ様はその神器の来歴をご存じのようだ。しかし、生み出される酒については詳しくないご様子。神器の杯から生み出される酒は、神の酒……神の薬とも言いますな」


 薬かぁ。酒は百薬の長とかいう戯言(ざれごと)ではないんだろうな。


「アムリタ、ソーマ、ハウマ、アムブロシア、ネクタルとまあ、世界中で様々な呼ばれ方をされております。悪意を持たぬ神器は、人に悪影響をもたらさないため、それらの神の酒は、いくら飲んでも心身を悪くすることはないとされています。むしろ、神器として様々な効能を与えるとされておりますな」


「へー……まあ、ソーマはソーマで持っているよ。私の居た国でソーマって呼ばれていた薬。これね」


 酒杯をアイテム欄にしまい、代わりに小さな小瓶を一つアイテム欄から左手に取り出す。


「ほう、それがソーマですか」


「この周辺で言われるソーマとはまた別の物だと思うけどね。効能は四つ。一つ、一時間以内の死者蘇生。ここでいう死者は外傷か毒で死んだ者に限る……と思う。二つ、生命力(HP)精神力(MP)の完全回復。つまり、どんな怪我でも瞬時に治り、魔法を行使できる力も戻る。三つ、状態異常の完全回復。あらゆる病気や毒といった身体の異常が治る。四つ、あらゆる能力(ステータス)が上昇する。三十分の間だけ、経験値チケットを使った人の数倍強くなれる」


「……そこまで効果が重複するとなると、神の酒の力を大きく超えております! 神器の杯から生まれる酒や薬ではなく、もしや、それそのものが神器なのでは……!」


 神官さんは、驚きのあまり手からジョッキを取り落としそうになる。そして、まだ酒が入っていることに気づき慌ててジョッキを両手で持ち直した。

 その様子に笑いそうになりながら、私は言葉を返す。


「んにゃ、あくまで神器の副産物だよ。材料があれば、私がいくらでも作ることができる。ただし、材料がこの周辺地域に存在するかは怪しいね」


「なぎっちゃ様、あなたはいったい……」


『やはり』から『いったい』に変わったよ。いったい何者だってか?


「ちょっとだけ神器を所有している、ただの魔法使い兼行商人だよ。それ以上のことは、もっと村に馴染んでから開示するよ」


 私の正体は、神器を形作る力、創世の力で構成された知的生命体だ。

 上位の世界から落ちてきた創世の力を身に宿した生物をこの世界では、神様として定義している。つまり私は、この世界では神様なのかもしれない。


 だが、その事実をまだ村人達と親しくなっていない現状で、公言するつもりはない。私は村人と普通に交流したいのであって、神様として敬われたいわけではないのだ。

 まあずっと隠すというのも面倒臭そうなので、そのうち言うけどね。


 これ以上私が答えることはないと悟ったのか、神官さんはこちらに祈りを捧げると、再びジョッキのワインを飲み始めた。

 私も右手に持ったワインのジョッキを口元に運び、飲み込む。


 うーん、やっぱり神器の酒杯から湧くワインは、お祭りのために用意したワインよりも美味しいな。

 以前神官さんに経験値チケットと交換してもらった高級ワインは、どうしようかな。自分で飲むか、ホワイトホエール号のショップで売るか、この行商の取引材料にするか……。


 と、そんなことを考えていたら、いつの間にか私達の周囲に村人が集まっていた。

 なんだ? 囲まれている?


「なに? どうかした?」


 私は周囲の人々にそう呼びかける。

 まさか、この場で私に襲いかかろうってわけでもあるまい。手には武器ではなく、ジョッキを持っているからね。


 いぶかしんでいると、私を囲む村人から一人の男が進み出てくる。

 確かこの人は、ソフィアちゃんの裁判の時にいた、村の顔役の一人だ。


 赤ら顔になったその顔役さんは、意を決したように言った。


「なぎっちゃちゃん、頼む! その酒を俺達にも飲ませてくれ!」


 ……まあ、そうなるよねえ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うーんこれはいいチート。これまでの流れはとても好み
[一言] 普通に神官さんなぎっちゃさんの正体に若干気付いてるような( ˘ω˘ ) 杯から樽にダバダバ入れて熟成させたらさらに旨いのでは?
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