13.なぎっちゃの大冒険。ただし冒険パートは省略。
村では、先日から住み着いた私の歓迎会を開くことが予定されている。そこでちゃんこ鍋を出すべく、先ほどまで三人で料理をしていた。
料理も終わり、ちゃんこ鍋の用意ができたことを私一人で村長さんに報告しに来たのだが……、なにやらただの歓迎会から規模が大きくなり、村を挙げてのお祭りをするという話になっていると村長さんが言いだした。
狩猟と薬草の栽培で成り立っているこの村は、収穫祭を開くことはない。
つまり、一年のうちの決まった時期にお祭りをするという習慣がないらしく、最後に開いたお祭りも四年前と、すっかりごぶさたらしい。
なんでも、この開拓村ができて十年しか経っていないとのことで、伝統と呼べるものが何もないのだとか。
なので、村を挙げての歓迎会をやるなら、「せっかくだし開いちゃおっか、お祭り」となったわけだ。
「祭りを開くには問題があってな。村人全員に行き渡るほどの酒が用意できねえんだ。麦なんて育ててねえから、エールなんて町までいかなきゃ飲めねえ。村にある酒なんて、各家庭で作っている木苺の自家製ワインか蜂蜜酒くらいなもんだ」
腕を組みながら、村長さんが私に言う。
「木苺ワインも蜂蜜酒も美味しそうだけどねぇ」
蜂蜜酒……ミードか。飲んだことないなぁ。発酵しきっていないはちみつのおかげで、甘い香りがするらしいけど。
「だが、祭りで飲んで騒げるほど本格的には作っていねえ。なので、なぎっちゃには、行商人として酒を仕入れてきてほしい。頼めるか?」
「ん、いいよ。どれくらい用意すればいい?」
「とりあえず、この金で仕入れられる分だけな」
そういって村長さんは、私の前に小さな木箱を持ってきた。
中身を見ると……銀貨がいっぱいつまっている。
「えっ、これすごい額じゃない?」
「おう、祭りをやるってんで、村の衆から徴収した。驚いたか?」
ニヤリと笑う村長さん。
「村人の数を考えると、かなりの金額だよね?」
「がはは! お前、辺境の村だからって、みんな金持っていないとか考えていただろう? だが、そこらの寒村とは違うんだよなぁ。ここは魔獣の森で、魔道具やポーションの材料になる魔石が大量に手に入る。薬草もポーションにすれば高値で売れるし、俺達みんな金持ちだぞ?」
「あー、確かに、窓にガラスがはまっているし、文明レベル結構高いよねこの村。石鹸も使われていて、みんな清潔だし……」
「石鹸は獣脂から作れる村の特産品だな。お前も買い取っただろ?」
確かに、経験値チケットとの交換品で、石鹸は結構な数買い取っていた。あれ、村の特産品だったのかぁ。
私が納得していると、さらに村長さんは言葉を続ける。
「村ができて十年しか経っていないから、村の男達はみんなまだまだ現役の戦士だ。獣も魔獣も日々狩りまくっているぞ」
「みんななの!? 村を作るときにわざわざ戦える人を集めたわけ?」
「あー、この村の誕生経緯は話していなかったか? 実はこの村の男達は全員、同じ傭兵団出身だ。俺達は十年前の戦で功績を立てて、開拓地を任されたんだ」
「傭兵団! あ、だからみんな狩人じゃなくて戦士を自称しているわけね」
「おう。村ができたばかりのころは大変だったぞ。みんな森での狩りなんて全然できなくてな! 狩人の家の出身が何人かいたから、そいつに教えを請うてなんとか森で戦えるようになったんだ」
道理で。神官さん以外、村に老人がいなくて不自然だと思ってたよ。
「はー、すっごいねえ。でも、傭兵団なんていう元男所帯にしては妻帯者多いよね」
「元々飯炊きや洗濯婦が戦場にもついてきていたから、そいつらに声かけたんだが、それでも足りなかったな。だから、戦の功績で与えられた村の開拓費のいくらかは、東方の寒村から身売りされる女の身請けに使ったなぁ。まあ、その金額ももう取り戻せたが」
うへー、身売りとかあるのか。確かに今二十歳くらいの奥さんが村に結構いるんだよね。村ができて十年なら、身請けした当時は十歳か。幼妻じゃん。
あと、傭兵団についてきたのは、飯炊きや洗濯婦以外に娼婦もいそうだよね。
私の見た目がゲームキャラ準拠の若い女の子だから、そこらへんは言葉をにごしたのだろう。中身は二十六歳ですけどー。
「それで、みんな今は、お金持ちの村人をやっているわけだね。確かに、経験値チケットは銀貨で買いたいって人多かったなぁ」
「金持っているって言っても、立地の都合上、馬を何十頭も飼えるわけじゃあねぇから、行商人のお前さんにはみんな期待しているんだぞ。魔法が使えるってことよりも、商品が用意できることの方が注目されているんじゃねえか?」
「ま、私なら転移魔法で、世界中からどんな商品でも集めてこられるからね。じゃあ、今回も世界中から酒を用意してこようか」
私は木箱の銀貨をアイテム欄に突っ込みながら、そんなことを答えた。
うん、いいんじゃないか? 世界を巡って、この周辺では用意できないような酒を手に入れる。楽しそう!
「楽しみにしていて! 本来なら一生飲めないような、珍しい酒を買ってくるよ!」
「お、おう。そこまでしなくていいんだが、まあ祭りで飲める量だけ用意してくれるなら、後は任せるわ」
「まっかせて! ふふーん、世界の酒が私を待っている!」
ウキウキ気分で私は村長と別れ、馬車で村を出てからホワイトホエール号に乗りこんだ。
さて、予算は多いが、種類をそろえるとなると無駄遣いはできないな。産地に直接行けば安く買えるかな?
『わざわざ世界中からお酒を探すのは、お祭りのためというより、マスターの趣味ですよね?』
イヴがそんなことを聞いてくるが、私の答えは決まっていた。
「あったり前じゃん! 酒こそ我が命!」
『お酒を飲むためだけに神器を作り出す人は違いますね……』
神器の酒杯を作り出したことは、一切後悔していないかんね!
◆◇◆◇◆
四日後。世界中を飛び回って酒を買いあさった私は、村へと無事に帰還した。
「村長さん、ただいま!」
「おう、おかえり。首尾はどうだ?」
「ばっちり! 品を確認してもらいたいから、酒樽を出してもいい場所に案内して」
「そんじゃあ、村の倉庫にでも出してもらうか」
というわけで、村長宅の横にある大きな倉庫にやってきた。
中には、様々な道具や毛皮等がたくさん収められている。
「ここなら酒を保管していても問題ないだろ?」
などと村長さんが言うが、とんでもない。
「酒はデリケートだから、こんな倉庫に置いたら味が落ちそう! お酒は当日まで私が責任を持って預かります! 今日は検品だけね!」
「お、おう……」
私のアイテム欄と倉庫機能の中は時間停止していることが確認済みだから、保管場所としては申し分ない。
まあ、時間停止しているから、酒の熟成には全く向いていないのだけど。
「じゃあ、まずは、この国の酒から。ヘリック領のワインね」
「おお、名高い赤ワインか」
アイテム欄から大きなワイン樽を三つ取りだして、倉庫の床に置いた。アイテム欄には重量の概念がないので、まとめて入れてあるのだ。
「こんなにか! こりゃあ、これだけでかなりの銀貨を使っただろう?」
「いや、造っている村に直接行ったら結構安かったよ。たぶん、このあたりの人がこのワインを手に入れようと思ったら、大半が輸送費になるんじゃないかな」
「なるほど……」
樽の焼き印を村長さんに確認してもらい、ワイン樽をアイテム欄に戻した。
「次はエール、と言いたいところだけど、私は上面発酵のビールより下面発酵のビールの方が好きです! なので、エールビールではなくラガービールを醸造している場所を探して買ってきました!」
「お、おう?」
ビール樽を二つアイテム欄から出して床に置いた。
中世風ファンタジー世界の酒場で飲むべきビールと言えば、エールビールだと私は思う。
でも、それは雰囲気の話であって、私がより美味しくビールを楽しもうと思ったら、選択はエールビールではなく冷えたラガービールになるのだ。
「お次が、蒸留酒!」
「蒸留……? どんな酒だ?」
「ありゃ、蒸留をご存じない?」
「知らんなぁ……。酒って、果実酒とビールと蜂蜜酒以外にあるのか?」
そりゃびっくり。
蒸留酒は地球では紀元前から歴史があるし、この国でもしっかり存在していたんだけどね。
「実は酒って、飲むと酔っ払う成分であるアルコールっていう液体と、水が混ざりあっているんだよね。蒸留は、酒からアルコールを抽出する技術のことね。つまり、蒸留酒は普通より強い酒のことを言うんだよ」
「おお、強い酒か! 村にもそういうのが好きな奴がいっぱいるぞ」
「強めのワインとは比較にならないほど強いからね! 一気飲みとかすると死ぬから、一杯あたりの量は少なめに飲んでもらいます!」
私はそう言いながら、ウイスキーの樽、ブランデーの樽、焼酎の樽と出していった。
「さあ、お次はこの国で存在しない酒だよ。まずは、米から造る酒! 米って知っているかな?」
「ああ、南方の穀物だろう。酒も造れるのか」
「穀物は基本的に、どんな物でも酒になると思っていいよ」
米から作る、清酒に似た酒と紹興酒に似た酒。どちらもお値段が高かったので、小さめの樽が一つずつ。
「お次が馬乳酒。馬の乳から造られる酒を西方の遊牧民族から買ってきました。これは稀少なので瓶に一杯」
「乳から酒ができんのか!?」
「すごいよねぇ。お次が、これまた南方で作られている謎の白い液体!」
「白いって、大丈夫か、それ……」
「現地じゃ歴史ある酒らしいよ」
地球ではプルケと呼ばれていたお酒だ。原料はリュウゼツラン。
他にも、ヤシ酒や林檎酒といった果実酒も少量ずつ出していく。
「今回の酒は以上!」
「おう、ありがとな! しかし、あの銀貨の枚数ではとても買えねえような、すげえ量の樽が出てきた気がするんだが……」
「ああ、それね。実は、この三日間で、酒交易をしてきたんだ。あの銀貨を全部ヘリック領のワインに換えて、後は物々交換で世界中の酒とワインを交換してきたってわけ」
「お前さん、すげえことするなぁ……」
「ふひひ、楽しかったよー。まあいくらかの酒樽を私の懐に入れたけど、手間賃ってことでいいよね?」
「ああ、祭りに足りる量の酒さえあればそれでいい」
「やったね!」
酒の用意も無事に終わり、後はお祭り本番を待つだけとなった。
細々とした足りない物資の調達を頼まれることもあったが、隣町に行くだけでそろう物ばかり。
世界を股にかけた商売をした後なので、ちょっと物足りない私であった。