11.冒険者の初仕事で薬草採取は定番だよね。
ちゃんこ鍋パーティーをするということで、私はまず村に使える食材がないか見て回ることにした。
開拓村は魔獣との戦いの最前線。それでも、畑はしっかりと存在している。畑の区画は村と森の中間位置に存在していて、木でできた塀に囲まれている。
ただし魔獣にかかれば木の塀など簡単に打ち壊せてしまう。魔獣が森から村に侵入してこようとしたときは、この畑の区画を防波堤にして村に立てこもることになっているのだとか。
本日も私に同行してきてくれたジョゼットが、そう説明してくれた。
「狩猟生活かと思っていたら、しっかり農業やっているんだねー」
「食べる分の作物は本当に一握りだけれどな。村で消費する野菜を少量作っているだけで、麦などは栽培していない」
私が感心していると、ジョゼットがそう答えた。
「あれ、そうなんだ」
「わざわざこんな危険な場所で農業などしなくても、この領には立派な穀倉地帯がある。麦は野菜と違って長期保存が可能なので、買って保管しておけばいい」
「じゃあ、畑にめっちゃ生い茂っているのは野菜……?」
瑞々しい葉っぱがもっさりと畑一面に広がっているのだが、これは全て村で消費する野菜ということだろうか。
「このあたりは全て薬草だ。ここは魔獣の森の内部で魔力が濃いから、いい薬草ができるのだ」
畑の一角で地面を指さしながら、ジョゼットがそう言った。
なんと、野菜ではなく薬草!
「薬草って、普通に栽培するんだね……」
当然と言えば当然の事実に、ちょっとショックを受けながら私はそうつぶやいた。
すると、ジョゼットはしゃがみ込んで、葉っぱに触れながら答える。
「ああ。この薬草など、五百年以上前から使われてきたという薬草だが、栽培できるようになったのはここ数十年の話だと聞く。農業は日進月歩だな」
「そうかー、栽培しちゃうのかー。依頼された冒険者が森に分け入って、薬草採取とかしないんだー」
「私もたまに村の者から依頼を受けるぞ? 向こうの山での自然薯掘りを」
「子供が折らないで採ってくると、大人が高く買い取ってくれるやつ……!」
しかし、近年栽培できるようになった作物か。日本でもキノコの多くがそうだって聞いたなぁ。
菌類なんていう集まらないと目に見えない存在を自在に扱うとか、地球人類すごいね。
発酵とかも、ほとんど目に見えないのによくやるものだよ。おかげで今日も酒が美味い。
「ところで、薬草ってどうやって使うの? すりつぶして傷口に塗るとか?」
疑問に思ったことをジョゼットに尋ねてみると、彼女は立ち上がり、声を上げて笑い始めた。
「ははは、それではほとんどの薬効が発揮されんぞ。魔石と調合してポーションにするんだ」
「ポーション! えっ、それって飲むと傷が治ったりするやつ?」
「ああ、そのポーションだ。魔石の力で薬効が高められ、たちどころに傷が治ったり特定の病が癒えたりするのだ。なんだ、なぎっちゃは、ポーションの材料を知らなかったのか」
「あー、私がスキルで作れるポーションは、魔石がいらないレシピだからねぇ」
私がプレイしていたMMORPGでは、全キャラクターが戦闘職に就き、生産職という概念が存在しなかった。その代わり、生産スキルシステムという仕組みがあり、プレイヤーはレベルや職業とは関係なしに、生産に関するスキルを好きに育てることができた。
料理スキルとか調合スキルとか鍛冶スキルとかがあったね。私は古参プレイヤーなのでいろいろな生産スキルに手を出していた。
「魔石を使わないと、即効性がないただの薬にしかならないのではないか?」
ジョゼットが不思議そうにそう尋ねてくる。
いやあ、即効性はあるよ。なにせ、ゲームのポーションだからね。
私はアイテム欄から一つのポーションを取り出してみせた。
「これ、魔石を使わないで作ったリザレクトポーション」
「聞き覚えのないポーションだな。薬効は?」
「傷を負って死んだ人が蘇るポーション」
「んなっ!? ……さすがに冗談だな?」
「うーん、まだこっちの人に試してないけど、多分死んですぐの人ならちゃんと蘇ると思うよー。寿命で亡くなった人は無理だと思うけどね」
あとは、ゲーム的に考えると、毒で死んだ場合も蘇生できると思う。
「冗談じゃないのか……? しまってくれ。そんなものが存在すると知れたら、それを巡って戦争でも起きかねん」
「さすがにこのポーションはほいほいと他人に渡せないけど、私、同じ効果の魔法をいくらでも使えるから、村の戦士が森で魔獣に襲われて死んだとか起きたら、蘇生するから覚えておいてね」
私が笑いながらそう言うと、ジョゼットは両手で頭を抱えだした。
「そんなこと村の外に知れたら、国中の遺体が村に集まってくるぞ……!」
「あー、死んで一時間経ったら蘇生できないと思うから無駄だね。人が傷を負って死ぬって解っていて、都合よく私を用意できるシチュエーションって、病院か戦場かくらいしかないんじゃない?」
死んで一時間というのは、MMORPGでの仕様だ。プレイヤーが死ぬと『セーブポイントに戻る』を選択するまで一時間、その場で他者からの蘇生待ちをすることができる。選択せずに一時間が経ったら、自動でセーブポイントに戻って復活する。
ちなみにこの世界でも一時間という単位は通じる。ホワイトホエール号の人工知能イヴの話によると、『世界時計』という世界の時間の運行を司る神器が存在するらしい。地球から時計でも落ちてきて、それが神器になったのかなぁ?
「なぎっちゃは徴兵されたいのか?」
「私は行商人としての仕事の時以外は、あまりこの村から動くつもりはないよ。もし私を無理やり徴兵しようとしたら、滅ぶのは軍の方だろうね」
「いや、いくらなんでも多勢に無勢だろう」
「私には神器の恩恵があるからね。神器持ちの神様でも来ない限り、どうということはないよ」
私より創世の力の総エネルギー量が高くてかつ、戦闘や捕縛に特化した神器がこちらに向けられれば私もやばいかもしれない。
でも、イヴの調査によると近隣国の危険な神様は、私がこっちの世界に来て最初にぶち殺した邪神以外には存在していないとのことだ。他は全て善良な神様らしい。
なので、神器持ちの神様をいちいち恐れるのは、外を歩いていて突然隕石が落ちてきて死ぬのが怖いと心配するようなものだ。
「なぎっちゃが無事だったとしても、村が無事では済まないかもしれない」
「うん、なので、私が蘇生魔法を使えるのをどこまで知らせるかは、この村の人達の判断に任せるよ。私はただ、村の役に立てる魔法の存在を教えるだけ。情報を活かすも殺すもあなたたち次第。これって、経験値チケットも同じ扱いなんだけどね」
「……確かにそうだ。人が無条件で強くなれる神器由来の魔道具など、他所に知れ渡ったらどうなるか」
ジョゼットがわずかに顔を青くしてそう言うが、まあ心配しなくていいんじゃないかな。
「村長さんと神官さんが村に広めてもいいと判断したんだから、そこは上手くやっているんじゃないかな」
私がそう言うと、ジョゼットは安心したように息を吐く。
「そうか……そうだな」
ま、『Lv.8』の村人が百人以上もいる村なんて、数千単位の軍勢で攻められでもしないと落ちないと思うけどね!
そんな薬草から始まった雑談は終わり、私は野菜を育てている区画を見せてもらった。
しかし、ちゃんこ鍋に使えそうな野菜はなかったので、結局私は村の外に食材探しをしにいくこととなるのだった。