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104.村人と神様とそして祝い酒。

 目まぐるしく変わっていく状況の中で、時間は着実に過ぎていく。

 光陰矢のごとしとはよくいったもので、気づけば恐竜人の一件から四年の月日が経過していた。この世界に落ちてきてから数えると、おおよそ六年だ。

 村は大きくなり、人口は二千人を超え、村長さんは予定通り男爵になった。村長さんの姓をとってアルベールと名付けられたこの村は、今ではちょっとした科学の町になりそうな兆候を見せている。


 冷凍睡眠から復活した恐竜人達は例の創世の力が降りてくる原初の惑星への移住は選ばなかった。植物もない惑星で一からテラフォーミングなんてしたくなかったようだ。

 代わりに彼らはこの村に住み着いた。まあ、事前の話し合い通りだね。しかし彼らは、この世界に合わせて文明レベルを下げるということはしなかった。

 八千万年前の高度な機械を月から持ってきて生活に使い、元々いた村人達もそのおこぼれに与った。人は楽をする生き物なのだ。恐竜人も人間も、その性質は共通していたようだね。


 だけど、この機械の持ち込みに黙っていられなかった者がいた。魔道具職人のタナー兄妹だ。二人は恐竜人の言語を学び、月に残された技術資料を片っ端から読みあさった。

 高度な文明の弊害か、恐竜人の生き残りは機械を一から作ることはできなかったが、代わりにタナー兄妹がその機械の再現に成功。月光の魔力を蓄積して動く新しい魔道具をいくつも世に送り出した。


 それによって、世界中の学者達がこの村に注目した。魔法都市の研究者や職人もタナー兄妹に一目置き、村への移住希望者が続出した。

 さらには恐竜人が残していた知識により、ハーバー・ボッシュ法の研究も早期に実績を上げ、窒素肥料の生成に目処が立った。すると、豊穣神であるマルドゥークが真っ先に新しい肥料があるのならば使いたいと表明した。

 まだまだ肥料の生産には至らないので気が早いが、豊穣神が率先して肥料を使ってくれるなら、農家の人達も忌避感を持たないだろうから助かるね。


 世界の文明水準をずいぶんと進めてしまった気がするが、別に問題はないと私は思っているよ。

 だって、恐竜人の技術って、元々この世界にあったものだからね。それを広めたところで、知識が正しく拡散しただけ。私が異世界の知識を持ちこんで現代知識チートだとかはしゃぐよりは、ずっと健全だと思う。


 さて、そんな大きく変わったアルベール村で、私はどうしているかというと……相も変わらず雑貨屋を営んでいた。


「なぎっちゃ様ー。砂糖! 砂糖売って!」


 店のカウンターで物思いにふけていた私に、エルフが複数人飛びついてくる。

 この雑貨屋も、この数年間で一度改築した。扉を異種族対応にしたのと、店内を広く使いやすく変えた。今でもこの店は村の中心である広場の前にあり、様々な人々が買い物に訪れている。


「ギュルル。この小説、面白そうですね。なぎっちゃ様、これはどちらで書かれた作品ですか?」


「西大陸の本を魔法都市の人が、この国の言葉に翻訳したやつだね。オススメだよ」


 もちろん、恐竜人も買い物客に混じっている。心配していた人間による迫害は起きず、すっかりこの村に馴染んだ恐竜人達。まあ、私とアププという二柱の超神に喧嘩を売ってまで、迫害や差別を実行する勇者はいなかったということだね。


「我が神よ! 魔石を! 魔石を売ってくれ!」


「はいよー。経験値チケットあげたんだから、たまには自分で魔獣を狩りに行ったら?」


「狩りはいいが、解体は二度とごめんだ!」


「やっぱり都会出身だとこうなるかぁ……」


 魔法都市からの移住者も、私の店の常連客だ。

 村の住民が増えて狩られる魔獣の数も増加し、私に卸される魔石の数が多くなった。だから、魔石を使って新しい魔法を覚えたい魔法都市の人達が、この村へ旅行に来ることも増えてきた。

 そして、中にはこの村にそのまま居着く人なんかもいて、村の人口は着実に増加していた。

 もちろん、最初から移住目的でこの村へやってくる魔法都市の人もいるよ。いやあ、バックスが魔法都市のある国のお偉いさんから苦情を言われていそうだよね。今度、酒の席で愚痴でも聞いてあげよう。


 そんな感じで雑貨屋の客を相手していると、店の扉が開いて新たな客がやってきた。


「いらっしゃーい」


「こら! なぎっちゃ! いつまで遊んでいるのよ! 仕事よ、仕事!」


 おおっと、マリオンが怒って店に入ってきたぞ。

 すっかり大人になったマリオンは豪奢(ごうしゃ)な服を着ていて、動きづらそうに店のカウンターに近づいてくる。


「あんた、これから大事な儀式なのに忘れたんじゃないでしょうね」


「いやー、ごめんごめん。そろそろ時間だね」


 私はそう言って立ち上がり、その場で『天女の羽衣』を使い立派な服に着替えた。ガチャで新しく当てた衣装だ。まだ私がプレイしていたMMORPGはサービス終了していないらしい。


「じゃあ、店番よろしくー」


 私はこの数年間で新しく雇った店員に後を任せ、マリオンと一緒に店を出ていった。

 向かう場所は村の中央広場。そこには人が何人も集まっており、私達の登場を今か今かと待ち受けていた。


「来たか、なぎっちゃ」


 初めて会った時からいくらか老け込んだ村長さんが、私を迎えた。だが、まだまだ背筋は伸びているし、男爵として現役は続けられそうだ。まあ、曲がった背骨はポーションや回復魔法で治るのだけども。

 そして、村長さんは集まった人々に高らかに告げた。


「これより、成人の儀式を始める!」


 今の季節は春。新年を迎えたばかりのこの村では、毎年この時期に成人の儀式を執り行なう。

 新しく成人を迎えた子供達は、十八人。今までで最大の数である。


「村で初めて生まれた子供達が、とうとう成人になる日がやってきた。大変喜ばしいことである」


 そんな言葉で、村長さんの長話が始まった。

 そう、今日ここにいる新成人は、村で生まれた子供達だ。

 村ができて十六年。そして、この子達は十五歳。まさに、村の子供の第一世代なのだ。


「成人の儀式はこれまで何度も行なってきた。だが、村ができてから生まれた子が成人するのはこれが初めて、お前達が最初の世代だ。これは、この村がようやく次世代に命を繋ぐことができるようになったということ。つまりだな、村長と男爵の座も次世代に繋ぐべきだと思わんか? え? まだ早い? そう言うな、ジョゼット!」


 ちなみにソフィアちゃんは、何年も前に成人しているよ。ジョゼットは紆余曲折あって魔道具職人のクレランスと結婚したし、年月と共に村の人々も少しずつ変化していっている。

 ちなみにジョゼットは次期村長で、村長を継いだら女男爵となる。本人は嫌がっているが、二人しか姉妹がいない中での長女なので、自然とそうなる。


 村長さんは最近ずっと引退のことを口にしているね。村長という立場は気苦労が多いのだろう。だからこそジョゼットは嫌がっているんだけど。

 そんな村長さんの長話が終わり、マリオンの進行で経験値チケットの下賜へと移る。私の出番だ。

 ここで、私は新成人達へ簡単なお告げという名のコメントをしておく。


「村の人口がもっと増えたら、こうして成人全員にこのチケットを渡すこともなくなると思う。君達、今の世代に生まれてラッキーだよ」


 経験値チケットは入手手段が限られる。なので、村が町になった後も全成人に経験値チケットを渡す、なんてことはできなくなるだろう。そうなると、なぎっちゃ神殿に入信した人のうち、功績がある者だけに渡すということになるんだろうね。


「では、一人ずつ名を呼ぶので、なぎっちゃ神の前に進み出るように!」


 マリオンがそう言って、儀式を進行させていく。

 ジョゼットがクレランスと結婚したのは先ほども述べた通りだ。村長さんの家にはクレランスが住み着き、代わりにマリオンが独り立ちしろと言われて家を追い出される形となった。

 魔法使いとしての稼ぎで、村に家を建てるお金は余裕であるマリオン。そんな彼女の行き先は……神殿だった。


 バックス神殿の所属になったわけではない。

 マリオンは、どういうわけかなぎっちゃ神殿の神殿長に就任した。村の神殿は、バックス神殿となぎっちゃ神殿の合祀となったので、私の信徒となったマリオンは神殿に住み着く権利があるのだ。

 見事に住処をゲットしたマリオンだけど、そもそもこの子、私を敬う気持ちとかあるのだろうか……? 未だに私に対してタメ口なんだけど。いや、敬語とかいらないけどさ。


 そんなことを考えているうちに経験値チケットは全員に行き渡り、新たな村の戦士が生まれた。バックス神殿の元見習いくんである神官補佐くんが、新成人達に飲みやすいカクテルを振る舞う。

 こうして今日この日、十八人の子供は大人に変わった。

 この後は、村を挙げての成人祝いだ。


「今日は美味しいウサギ肉がありますわー。私が狩ってきましたわー」


 すっかり大人びたソフィアちゃんが、早速とばかりにやってきて、祝いの準備に混ざり始める。

 この子も、もはや貴族令嬢だった面影はない。口調は未だにエセお嬢様調だけど、仕草はずいぶんとワイルドになった。でも、そんな妙ちくりんなところが、村の若い衆に人気なんだよね。

 しかし、ソフィアちゃんはまだまだ恋愛には興味がない様子。愛を持たない生き方もありだとは思うんだけど、彼女の場合、単に根が子供なだけの気もする。


「今日はお祝いじゃな! 腕を振るうのじゃ!」


 ヘスティアは、いつまでこの村にいるつもりだろう……? もう料理スキルのレシピは全部見せたんだけどなぁ。

 まあ、居たら場が明るくなるので、いつまでも居てくれていいんだけどね。


「さあさあ、祝いだ。酒杯を持て! だが新成人は飲み過ぎるなよ!」


 村長さんからバトンタッチして、祝いの進行を任されたジョゼット。彼女のそんな号令に、集まってきた村人が沸く。

 その中には恐竜人の姿もある。恐竜人って、酒をたしなむんだよね。割と食性は人間に近い。

 アププもやってきていて、村人に酒を注がれている。さすが神の存在に慣れきった村人がいる村なだけあって、恐竜人を率いて移住してきたアププらもすぐに溶け込めた。

 アププの性別は男のようで、村の男衆とよくつるんで騒いでいるのを見かける。うーん、デジャヴ。ベヒモスのポジションに代わりに収まった感じ。


「なぎっちゃ様ー。神器の酒杯出して! 酒杯!」


 祝いの最中、エルフ達が集まってきて、私にそんな要求をしてきた。

 おっ、出しちゃう? 秘蔵の神器を出すときかな?


「はいはい、神器の使用はなぎっちゃ神殿を通しなさい。でも、神器の恩恵にそうそうあずかれるとは思わないこと」


 と、そこでマリオンが割って入り、エルフを追い散らす。


「えー。ちょっとくらいいいじゃん」


 エルフがマリオンに言いよるが、マリオンは涼しい顔で受け流す。


「神様が優しいからって、つけあがって神器の恩恵をねだるのは駄目よ」


 おおっと、ここは私もその場のノリで神器を出さない方がいいね。

 私は好きなように生きると決めているが、だからといって好き勝手しているわけではない。神様の立場を揺るがさないように、マリオンに助けられながら日々過ごしているのだ。

 マリオンがさっき言ったとおり、ホイホイ神器の恩恵を信徒達に与えるのは控えている。だって、人ってすぐ調子に乗るからね。神器を普段から見せていたら、信徒達も神に恩恵を与えられて当然みたいな考えになってしまう。


「そういうことだね。今日は世界の酒で我慢しておいて」


 私がそう言ってアイテム欄から酒樽を出していくと、エルフ達はそれでも構わないのか歓声をあげて群がってきた。うーん、エルフ達も酒豪だよね。蜂蜜酒造りが趣味なんだから、当然のことではあるけど。


「もう、また甘やかして」


 マリオンにそう叱られるが、ちょっとしたサービスくらいは許してほしい。

 信徒を調子に乗らせるのはいけないが、ほどよく甘やかすのが愛され神様の秘訣なのだ。

 よし、マリオンも甘やかそう。


「いいから、いいから。マリオンも一杯やりなよ。祝い酒だ」


「そうね。じゃあ、村の未来に乾杯しましょう」


「そうだね。村人と私の未来に乾杯」


「ちゃっかり自分を混ぜてるし」


「いいんだよ。私だって、この村の村人だよ」


 そう言って、私は手に持った酒杯をマリオンの酒杯に軽くぶつけた。

 すると、知り合いがどんどん私の周りに集まってきて、何度も乾杯をすることとなった。


 地球から異世界に落ちてきた私は、こうして今日もこの世界を満喫している。

 村はやがて町となり、都市となる。そんな中、私はずっと自由気ままに過ごしていくのだ。愉快な仲間達と楽しい日常を送りながら。




<完>


『なぎっちゃの異世界満喫生活~ネトゲキャラになって開拓村で自由気ままに過ごします~』は以上で完結です。

あとがきは2022年11月9日の活動報告に掲載しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。もしよければ、画面下の☆☆☆☆☆を押して評価を入れていってくださると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです [気になる点] イヴが好きだったのでエピローグに出てこなかったのが残念でした
[良い点] 完結おめでとうございます。 [一言] なぎっちゃはどうあがいても、いつかは周囲に取り残される運命でもあるし、神となるのは既定路線でしたね。 雑貨屋は神殿ではありませんが、村が街へとがこれ…
[一言] 遅れましたが完結おめでとうございます。 長い間楽しませて下さってありがとうございます。 感想としては、恐竜人が誰も新惑星に行こうとしなかったのは残念です。 恐竜人惑星を作り上げて欲しかった…
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